魔物と人

暗心暗全

魔物と人

 大きな黒い塔の最上階に勇者キズは辿り着いた。部屋全体は白い大理石が敷き詰められている。冷たく静かな場所だった。物音ひとつしない。キズの心拍音は徐々に速くなる。

「居ないわけがない」

 ――ここが、戦いの末の場所。

 一階の入り口にいた大型犬のような魔物。中程にいた透明な剣士。最上階へと昇る階段前に鎮座している炎に包まれた竜の魔物。手ごたえのなさそうな魔物たち。

 キズはその全てを通り過ぎた。戦う必要はない。不老不死。それがキズの能力。

 人と魔物との戦いの数百年。多様な立場から様々な書物が書かれた。その全てが、黒い塔を魔物の始まりの場所としている。

「いないのか……そんな、ここまで来て――」

「哀れ戦士」

 静寂を冷たく針のような鋭い声が刺す。

「あっ」

 まるでカーテンが開くように、部屋の真ん中から左右に空間が裂かれて、奥に赤く大きな玉座が現れた。

 魔物を凝縮したような気が目の前からした。

「どうした? こちらにきたらどうだ? 用があるんだろう? 不死の勇者様」

 その声は透き通っていて、柔らかい風のようだった。

 玉座へと向かうキズの足は重く、進むほど足が氷つくような冷たさを感じる。それは、少女の存在こそが魔の頂点であることを体が知らせるように。王座の前に、ギズはひざまずいた。吐く息は白くなる。

 大きな玉座には、7、8歳の少女が腰かけている。その表情は大理石よりも冷たい。

「不思議な気分だ。勇者のこんな姿を拝むとはね。私と戦わないのか?」

「戦いに来たわけではないのです」

「勇者が私と戦わない? 人の苦しみ、悲しみ。その全ての母だぞ。この私は! 剣を抜け。剣先で我が喉を、目玉を狙え。それがしたくてここまできたのだろう」

 その言葉に籠る純粋な憎しみと放つ魔のエネルギーはキズのたましいを貫いた。

「……きました、お願いがあってここまで」

「今、頭の中で反すうしたのだろう。襲われた村々のことを。それでも、そのことよりも、お前は自分の願いを優先するのか?」

「……はい」

「お前の願いは知っている。なんせ、襲われた村の中心で這いつくばうようにお前は叫んでいただろう。村人の血を雨が叩きつけるその日、血だまりに身を漬けて叫んでいたっけな」

「幾度もそのたび、あなたに祈りました」

「まあ、ちゃんといってみよ。聞いてみたい。目の前で跪く勇者から」

 キズはさらに深く、身を伏した。

「私を、私を殺していただきたい」

 少女は笑う。欲しかったおもちゃ渡されたように。静かな最上階に反響する魔のほほ笑み。

「おいおい。泣いているのか。笑って悪かったな。魔物だから許してくれ。人の感情の高まりが愉快でなあ」

「お願い……します」

「理由を述べよ。お前の口から聞きたい、弱った勇者」

 勇者は背を向けて、マントを見せた。

「これが私の故郷の紋章です」

「赤い三重の丸。最近、盛況な村じゃないか」

「魔物退治で稼いだ報奨金によって村は裕福になりました。ですが、私が魔物から解放した村々は、村は……。そのあと、私の生まれ故郷の村によって焼かれたのです。討伐で手に入れた報奨金で軍を整え、近くの村々を蹂躙しているのです」

「情けない、不死なのだから村の長を殺せばいい」

「村の長は父、補佐は母。兄は軍団長です。殺せないのです。どうしても」

「だから自分を殺せと? 人と魔物の違いはなんだ。どうして、魔物は殺して人は殺せない。お前が殺した魔物は殺されなければいけなかったのか? いえよ。お前はまだ本当のことを隠している。私が知らないと思っているのか?」

 キズは床に向かい、涙と鼻水を垂らし、大きく叫んだ。そして、話始めた。

「森に暮らしていただけ魔物を殺した! 別の日は魔物の三人家族を殺したんだ。男は妻と子供は見逃してくれといったが殺した。医者のいない小さな村で魔力で診療をしていた魔物を殺しました。父と母に言われるがまま殺したんだ」

 キズは泣き伏せた。

「森を他の村への奇襲のさいの抜け道にするため魔物を殺した。人間とうまく暮らしていた魔物は村を襲う時にじゃまだからあらかじめ殺した。医者の真似事をしてた魔物は村を弱らせるために殺した。立派な戦果だな」

 少女の足元へ勇者キズは泣きながら這う。

「なんの真似だ」

 足にしがみついた。

「もう殺されるしかないんだ。出来るんだろう、魔の始まり、あなたはそう呼ばれいる。やってくれ」

 少女は鋭い眼光を掴む手に向けると、紫の火がキズの手を焼いた。仰け反り絶叫を挙げながら転がる。

「本当に哀れだ」

 そういうと火は消えた。

「でも、信じてくれ、人は殺していない」

「つくづく、心というもの知らん奴だ。お前は。魔物を殺された私にその言葉はどんな意味を成す? 心を知れ」

 少女は横たわるキズに近づき、キズの顔を小さな手で覆う。

「孝行息子よ、さらば」


 ***

「くるぞお!!」

 闇夜。監視をしていたやぐらにいた村人が大声で叫ぶ。鐘を目一杯つく。村には火が迫る。

「なんだ、火事か?」

 ドスン、と揺れる。

 また、ドスンと揺れた。

「来たか。ついに」

 村長は家を出て、近づく燃え上がる森を見た。

 村の幹部が走ってきた。

「犬のような魔物に透明な騎士、炎に包まれた大きな竜が迫っています。村長、お逃げください」

「わしはいい。君は逃げなさい」

「あなた、何をいっているの。私たちの息子。説得できるわよ」

「母さん、速く、逃げよう」

「あんたの弟でしょう? お兄さんがそんなんでどうするの?」

「もう。俺の軍団の奴らは逃げた民家を襲ってる。それから、逃げるつもりだ」

「これがすんだら、そいつらは死刑にしな――」

 村長の妻は言い終わる前に、斬撃が音もなく顔半分を両断した。

 横たわるそばには男の姿があった。三重の丸が描かれたマントは揺れる。

「お父さん。兄さん。ごめん、死ねなかった。だから、生きることにした」

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