第26話
翌朝、俺たちはアークライトの街を出発する準備を整えていた。
巨人の背骨山脈は、この街から北へ馬車で一週間ほど行った場所にある。
まずは、山脈の麓にあるドワーフたちの集落を目指すことになった。
そこで装備を整えてから、本格的な山登りに挑戦する計画だ。
俺たちのパーティは、俺とリック、ミリア、リナ、そしてセレスティアの五人である。
セレスティアは、王都の騎士団に長期休暇を申請してきたらしい。
その行動力には、俺も少しだけ驚かされた。
「準備は、よろしいですわね、皆さん。」
セレスティアが、凛とした声で皆に問いかける。
リックたちは、緊張した面持ちでこくりと頷いた。
「おう、いつでも行けるぜ。」
リックは、新しく買ったばかりの立派なロングソードを腰に差している。
ボルガとの特訓で、彼の体つきは以前よりも一回り大きくなったようだった。
ミリアとリナも、新しいローブと革鎧に身を包んでいる。
二人とも、少しだけ大人びて見えた。
俺は、バルガスさんにもらった剣とボルガに教わった採掘用のツルハシを背負う。
これで、準備は万全だった。
俺たちは、ギルドマスターに挨拶を済ませると街の北門へと向かった。
ギルドマスターは、俺たちに「絶対に生きて帰ってこい」と力強く言ってくれた。
俺たちのことを、本気で心配してくれているらしい。
北門では、一台の大きな馬車が俺たちを待っていた。
セレスティアが、手配してくれたものだ。
さすがは、貴族といったところだろうか。
俺たちは、その馬車に乗り込んだ。
御者の合図と共に、馬車はゆっくりと動き始める。
アークライトの街が、だんだんと遠ざかっていった。
これから始まる長い旅のことを思うと、俺の胸は少しだけ高鳴る。
馬車の中では、リックがセレスティアに質問攻めにしていた。
どうすれば、そんなに速い剣が使えるようになるのか、とか。
普段は、どのような訓練をしているのか、とか。
セレスティアは、そんな彼の質問に一つ一つ丁寧に答えていた。
意外と、面倒見がいい性格なのかもしれない。
ミリアとリナは、そんな二人の様子を微笑ましそうに眺めている。
俺は、馬車の窓から流れていく景色をぼんやりと見ていた。
どこまでも続く、広大な平原が広がっている。
遠くには、青い山々が連なっていた。
この世界の、美しさと厳しさを改めて感じる。
旅は、順調に進んでいった。
道中、何度かゴブリンやオークの群れに襲われた。
だが、今の俺たちの敵ではなかった。
セレスティアの剣技は、まさに神業と呼ぶべきものだった。
彼女が一度剣を振るうだけで、数匹の魔物が同時に切り裂かれていく。
リックたちは、その圧倒的な強さを目の当たりにして呆然としていた。
俺も、彼女の戦いを間近で見るのは初めてだった。
その剣筋には、一切の無駄がない。
美しく、そして恐ろしいほどに洗練されているのだ。
「どうですの、アッシュ。わたくしの剣は。」
戦闘の後、セレスティアが少しだけ得意げな顔で俺に尋ねてきた。
「ええ、素晴らしいものですね。まるで、舞を見ているかのようでした。」
俺が、素直な感想を言うと彼女は満足そうに微笑んだ。
「あなたに褒めていただけるとは、光栄ですわ。」
俺たちは、野営をしながら旅を続けた。
夜は、焚き火を囲んで食事を取る。
リナが、森で採ってきたキノコと干し肉で作ったスープはとても美味しかった。
夜空には、数えきれないほどの星が輝いている。
俺は、そんな星空を見上げながら自分の過去を少しだけ思い出していた。
前世の俺は、ただ毎日仕事に追われるだけの退屈な人生を送っていた。
こんな風に、仲間と共に冒険するなんて夢にも思わなかった。
転生して、良かったのかもしれないな。
俺は、そんなことをらしくもなく考えていた。
旅を始めてから、五日が過ぎた頃だった。
俺たちの目の前に、巨大な山脈がその姿を現した。
巨人の背骨山脈だ。
その名の通り、まるで巨大な生物の背骨のように険しい山々が連なっている。
山頂は、分厚い雲に覆われていて見ることができない。
「すごい……、あれが……。」
リックが、息をのんでつぶやいた。
写真や絵で見るのとは、比べ物にならないほどの迫力だ。
俺たちは、山脈の麓にあるドワーフの集落「鉄槌の里」へと向かった。
里は、山の岩肌をくり抜いて作られていた。
たくさんの家々が、まるで蜂の巣のように並んでいる。
里の中は、常にカン、カン、という槌の音が響き渡っていた。
さすがは、ドワーフの里である。
住人たちは、皆、背が低くがっしりとした体つきをしていた。
豊かな髭をたくわえ、その目は職人らしく鋭い光を宿している。
俺たちの姿を見ると、彼らは少しだけ警戒したような顔つきになった。
ドワーフは、基本的に人間をあまり信用していないのだ。
だが、セレスティアが騎士の身分を示す紋章を見せると彼らの態度は少しだけ和らいだ。
俺たちは、里の長老に会って事情を説明することになった。
長老の家は、里の一番高い場所にある。
長老は、ボルガよりもさらに年老いたドワーフだった。
その白い髭は、床に届くほど長い。
俺たちが、天空の祭壇へ行きたいと告げると長老は難しい顔をした。
「天空の祭壇、とな。あそこは、我らドワーフにとっても聖地じゃ。」
「人間が、そう簡単に入れる場所ではないぞ。」
長老は、頑固な口調で言った。
交渉は、難航しそうだった。
だが、俺には一つだけ切り札があったのだ。
俺は、アイテムボックスからボルガに書いてもらった紹介状を取り出す。
「ボルガ殿からの、紹介状です。」
俺が、それを差し出すと長老の目が大きく見開かれた。
「ぼ、ボルガだと!?あやつは、まだ生きておったのか!」
長老は、信じられないという様子で紹介状を受け取った。
そして、そこに書かれた文字を食い入るように見つめる。
やがて、彼は大きなため息をついた。
「……分かった、ボルガの頼みとあらば断るわけにはいくまい。」
「おぬしたちが、祭壇へ行くことを許可しよう。」
どうやら、ボルガはこの里でもかなりの有名人だったらしい。
俺の、賭けはうまくいった。
長老は、俺たちに祭壇へ至るための地図を渡してくれた。
そして、いくつかの注意点も教えてくれる。
「祭壇までの道は、険しいだけではない。古代の、強力なゴーレムが守っておる。」
「そして何より、山の天気は変わりやすい。吹雪には、くれぐれも気をつけるんじゃな。」
俺たちは、長老に深く礼を言った。
そして、彼の家を後にする。
俺たちは、里で最後の準備を整えることにした。
ドワーフたちが作った、登山用の装備を買いそろえる。
暖かい毛皮のコートや、滑り止めのついたブーツなどだ。
食料も、できるだけ多く買い込んだ。
リックは、ドワーフの鍛冶屋で自分の剣を鍛え直してもらっている。
ミリアとリナは、珍しい鉱石や薬草を興味深そうに見て回っていた。
セレスティアは、ドワーフの作る美しい装飾品に見入っている。
やがて、全員の準備がすっかり終わったようだった。
「よし、俺の剣も最高の切れ味になったぜ。」
リックが、満足そうに新しくなった愛剣を鞘に収める。
「それじゃあ、宿に戻って明日の出発に備えましょうか。」
ミリアが、そう提案してみんなも頷いた。
「そうですわね、長老の話では登山は早朝に出るのが一番だそうですから。」
セレスティアが、空を見上げながら言った。
俺たちは、にぎやかな里の通りを宿屋に向かって歩き始めた。
道の脇では、ドワーフたちが楽しそうに酒を酌み交わしている。
「なあアッシュ、天空の祭壇ってどんな場所なんだろうな。」
隣を歩いていたリックが、期待に満ちた目で俺に尋ねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます