第25話
「あら、奇遇ですわね。あなたも、調べ物ですの?」
凛とした声が、俺の背後からかけられた。
それはまるで、鈴が鳴るような音色だった。
振り返るとそこにいたのは、白銀の鎧をまとった一人の女騎士だ。
天才女剣士として名高い、セレスティア・フォン・ヴァーミリオン本人だった。
彼女は少しだけ、驚いたように目を見開いている。
「セレスティアさん、あなたこそどうしてここに。」
俺は、平静を装ってそう尋ねた。
まさかこんな場所で、彼女と再会するとは思わなかったのだ。
「わたくしは、先日の一件に関する正式な報告書を読みに来たのです。」
彼女はそう言って、俺の姿を改めてじっと見つめる。
「あなたこそ、その若さでAランクに昇格したそうではありませんか。」
「噂は、王都の騎士団にまで届いておりますわよ。」
その言葉には、からかいと純粋な驚きが混じっていた。
「運が良かった、ただそれだけですよ。」
俺が、そっけなく答えると彼女は小さくため息をついた。
「あなたという人は、いつもそうなのですわね。」
「もっと、ご自分の功績を誇ってもよろしいのに。」
「俺は、他人の評価に興味がありませんから。」
俺たちの会話を聞いていたリックたちが、固まったまま動かなくなっている。
無理もないだろう、彼らにとっては雲の上の存在である有名騎士と俺が親しげに話しているのだから。
「ところでアッシュ、あなたは何を調べているのですか。」
セレスティアが、俺が手をかけていた資料室の扉に目をやった。
「少し、珍しい鉱石について調べたいことがありまして。」
「珍しい鉱石、ですって?」
彼女は、興味深そうに首をかしげる。
「ええ、アダマンタイトと、それからドラゴンハートについて何か知っていればと思いまして。」
俺がその二つの名前を口にした瞬間、セレスティアの表情が険しくなった。
「……正気ですの?そのどちらも、伝説の中にしか存在しない幻の物質ですわ。」
「それを、あなたが何に使うというのですか。」
その問いに、俺は答えることができなかった。
最高の鎧を作るためだ、なんて言えるはずもないからだ。
俺が黙っていると、彼女は何かを察したようだった。
「分かりました、今はそれ以上は聞きませんわ。」
「ですが、その二つについて調べるのでしたら通常の資料室では無駄足になりますわよ。」
「え、そうなんですか。」
「ええ、そのような希少な物質に関する資料は、全てギルドの地下にある禁書庫に保管されていますもの。」
禁書庫という場所は、ギルドの中でも一部の幹部しか立ち入れない特別な場所だ。
Aランク冒気者である俺でも、入るには特別な許可が必要になる。
「どうしたものか、と。」
俺が、わざと困ったような顔をしてみせた。
すると彼女は、ふっと微笑んだ。
その笑みは、まるでいたずらを思いついた少女のようだった。
「仕方ありませんわね、特別にわたくしが口利きをして差し上げます。」
「わたくしも、あなたの調べていることには少し興味がありますから。」
彼女はそう言って、俺の腕を自然に取った。
そして、そのままギルドの奥へと歩き始める。
リックたちが、ぽかんとした顔で俺たちの後ろ姿を見送っていた。
俺たちはギルドマスターに事情を話し、セレスティアの強い推薦もあって禁書庫への立ち入りを許可された。
地下へと続く、冷たく長い階段を下りていく。
やがて目の前に、鉄でできた重々しい扉が現れた。
セレスティアが、懐から取り出した鍵でその扉を開ける。
中は、古びた紙とインクの匂いで満ちていた。
数えきれないほどの本が、壁一面の本棚にぎっしりと並べられている。
「すごい、これが全部、昔の記録なのか。」
俺は、思わず感嘆の声を漏らす。
「ええ、中には国の歴史を揺るがすような、重要な文献も眠っていると言われていますわ。」
セレスティアは、慣れた様子で本棚の間を歩いていく。
どうやら彼女は、何度かここを訪れたことがあるらしかった。
「さて、アダマンタイトとドラゴンハート、でしたわね。」
彼女は、そう言うと特定のジャンルがまとめられた棚へと向かった。
俺も、彼女の後に続いていく。
二人で、膨大な量の本の中から目的の情報を探し始めた。
それは、まるで砂漠の中から一本の針を探すような作業だった。
何時間、そうしていただろうか。
俺の目が、ある一冊の古びた本に留まった。
その本の表紙には、「古代鉱物大辞典」と書かれている。
俺は、その本を手に取ってページをめくってみた。
すると、そこには信じられない情報が記されていたのだ。
「……あったぞ、セレスティアさん。」
俺の声に、別の棚で本を探していた彼女が駆け寄ってきた。
「本当ですの、アッシュ。」
俺は、彼女に本の一節を指差して見せる。
そこには、アダマンタイトのありかを示すような記述があった。
「『巨人の背骨山脈、その最深部に眠る天空の祭壇にて神の涙は硬き石となる』、か。」
セレスティアが、そこに書かれた文章をゆっくりと読み上げた。
「巨人の背骨山脈は、この大陸で最も険しいと言われる山脈ですわ。」
「天空の祭壇というのも、聞いたことがあります。古代人が、神を祀るために作ったと伝わる伝説の場所よ。」
彼女の説明に、俺は静かにうなずいた。
原作ゲームでも、アダマンタイトは最高難易度のダンジョンで手に入るアイテムだったのだ。
やはり、そう簡単には手に入らないらしい。
「だが、これで少なくとも場所は分かった。」
「問題は、どうやってそこまでたどり着くか、だな。」
俺がそう言うと、セレスティアは何かを考え込むように黙り込んだ。
そして、やがて顔を上げて俺に一つの提案をする。
「アッシュ、もしよろしければこの件、わたくしも協力させていただいてもよろしいかしら。」
「あなた一人では、あまりにも危険すぎますわ。」
彼女の申し出は、俺にとって願ってもないことだった。
だが、俺はわざと少しだけ意地悪な笑みを浮かべてみせる。
「おや、天才剣士と名高いあなたが、俺なんかの手助けをしたいと。」
「それとも、俺一人では心配で見ていられないとでも言いたいんですか。」
俺の言葉に、彼女は少しだけ頬を赤らめた。
そして、ぷいとそっぽを向いてしまう。
「な、何を勘違いしているのですか。わたくしは、ただあなたに借りを返したいだけですわ。」
「それに、伝説の鉱石がどんなものかこの目で見てみたいという、ただの好奇心ですもの。」
素直じゃない彼女の反応が、なんだか面白かった。
俺は、思わず声に出して笑ってしまう。
「ふふっ、分かりましたよ。では、お言葉に甘えさせてもらいましょうか。」
「あなたのような、強力な仲間がいればこれほど心強いことはない。」
俺がそう言うと、彼女は満足そうに微笑んだ。
こうして俺は、セレスティアと一時的に行動を共にすることになったのだ。
「では、次はドラゴンハートについて調べましょうか。」
俺たちは、再び本棚の海へと戻っていく。
だが、ドラゴンハートに関する記述は、アダマンタイト以上に少なかった。
ほとんどが、おとぎ話や伝説として語られているだけだ。
「やはり、竜そのものを見つけなければ話にならないようですわね。」
セレスティアが、諦めたようにため息をついた。
俺も、同じことを考えていた。
だが、その時だった。
俺が、何気なく手に取った一冊の古い日誌があった。
それは、百年前にこの地を治めていたある領主が書いたものだった。
その日誌の、最後の一ページに俺は信じられない記述を見つけてしまったのだ。
「……いたぞ、竜が。」
俺は、ごくりと息をのんでその文字を指でなぞる。
そこには、竜の谷と呼ばれる場所で領主が遭遇した赤い竜のことが、克明に記されていた。
その竜は、谷の奥にある古代の神殿を守っているらしい。
そして、その神殿には竜の一族に伝わる秘宝が眠っている、とも書かれていた。
「竜の谷、聞いたことのない地名ですわね。」
セレスティアが、不思議そうに首をかしげる。
「地図にも、載っていないようですし。」
それもそのはずだ、竜の谷は普通の人間が足を踏み入れることのできない隠された場所なのだ。
だが、この日誌にはその谷へ至るための、秘密の地図が挟まっていた。
俺は、その地図を慎重に懐にしまう。
「セレスティアさん、どうやら俺たちの次の目的地も決まったようですよ。」
俺が、そう言って不敵に笑うと彼女もつられて微笑んだ。
俺たちは、禁書庫を後にして地上へと戻った。
外は、もうすっかり夜の闇に包まれている。
リックたちが、心配そうな顔で俺の帰りを待っていた。
俺が、セレスティアと一緒にいるのを見て彼らはまた驚いている。
俺は、彼らにこれからの計画を説明した。
俺とセレスティア、そしてリックたち三人の、この五人で巨人の背骨山脈を目指すことになったと。
「す、すげえ。あのセレスティアさんと、一緒に冒険できるなんて。」
リックが、緊張と興奮で顔を赤くしている。
「足を引っ張らないように、わたくしたちも頑張らないといけませんわね。」
ミリアが、隣のリナにそっと話しかけた。
「ええ、皆さんの、お役に立てるように頑張りますわ。」
セレスティアが、そんな彼らに優しく微笑みかける。
「よろしくお願いいたしますわ、皆さん。わたくしも、一人の冒険者として全力を尽くします。」
彼女の言葉に、三人はさらに恐縮してしまったようだ。
「さて、話はまとまりましたわね。もうすっかり夜も更けてしまいました。」
「まずは、腹ごしらえといたしましょうか。良い店を知っていますのよ。」
セレスティアが、そう言って近くの酒場を指差した。
「さんせーい、お腹すいちゃった。」
リナが、元気よく手を上げる。
俺たちは、顔を見合わせて笑いあった。
「よし、じゃあ行くか。明日の準備は、その後にしよう。」
俺がそう言うと、リックが嬉しそうに腹を鳴らした。
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