第22話

鉱山の入り口は、巨大な口のように暗く開いていた。

中からは、ひんやりとした風と共に獣の匂いが漂ってくる。

ワイバーンの、匂いだ。

間違いない、この奥にやつらの巣がある。


「リナ、先に様子を見てきてくれ」

俺の言葉に、リナはこくりと頷いた。

そして、音もなく洞窟の闇の中へと溶け込むように消えていく。

俺とリックとミリアは、入り口の近くで息を殺して待った。


十分ほど経っただろうか、リナが静かに戻ってきた。

その顔は、少しだけ青ざめている。

「どうだった」

俺が尋ねると、彼女は震える声で報告を始めた。


「中は、かなり広い。道が、いくつにも分かれているみたい」

「それと魔物がたくさんいた、コボルドやオークもいたけど……」

彼女は、そこで一度言葉を区切った。

「見たこともない、トカゲみたいな魔物もいた。体が、岩みたいに硬そうだった」


おそらく、ロックリザードの上位種だろう。

鉱山に住み着く、厄介な魔物だ。

「ワイバーンの姿は見えなかった、でももっと奥の方からすごく大きな気配がする」

「罠はなかった、でも道が崩れそうな場所がいくつかあったよ」


リナの報告は、簡潔で分かりやすかった。

彼女の偵察能力は、確実に上がっている。

「よしご苦労だった、作戦を立てるぞ」

俺は、地面にリナが報告してくれた内部の簡単な地図を描いた。


「道が、三つに分かれているな。まずは、一番安全そうな右の道から進む」

「目的は戦闘じゃない、あくまでも鉱脈の場所とワイバーンの巣の確認だ」

「敵に見つかったらすぐに逃げろ、無理に戦う必要はない」

俺は、そう念を押した。


「分かったな」

三人は、真剣な顔でうなずく。

俺たちは、松明に火を灯して鉱山の中へと足を踏み入れた。

中は、リナが言っていた通りかなり広かった。


天井も高く、息苦しさはあまりない。

壁には、昔の人間が掘ったのであろうツルハシの跡がたくさん残っていた。

俺たちは、一番右の通路を慎重に進んでいく。

しばらく進むと、前方の暗闇から何かを削る音が聞こえてきた。


俺は、三人に静止の合図を送る。

物陰からそっと様子をうかがうと、数匹のコボルドが壁を掘っていた。

どうやら、鉱石を集めているらしい。

その手には、粗末なツルハシが握られている。


俺たちの存在には、まだ気づいていないようだった。

俺は、リックたちに手で合図を送った。

「奇襲をかける、一気に数を減らすぞ」

リックたちが、静かにうなずく。


俺の合図で、四人が同時に飛び出した。

リックの剣が、一番近くにいたコボルドの首をはねる。

リナのナイフが、別のコボルドの心臓を貫いた。

ミリアの放った、音を消す魔法が他のコボルドたちの耳をふさぐ。


残りのコボルドたちが、何が起こったか分からずに混乱している。

その隙に、俺は残りの全てを片付けていた。

あまりにも、鮮やかな奇襲だった。

リックたちは、自分たちの連携がうまくいったことに驚いているようだった。


「すごい……、こんなにうまくいくなんて」

「アッシュの指示通りに動いただけだよ」

俺は、そんな彼らに次の指示を出す。

「感心している暇はないぞ、今の物音で他の敵が寄ってくるかもしれん」


「すぐに、この場を離れるぞ」

俺たちは、コボルドたちが掘っていた場所を軽く調べた。

どうやら、鉄鉱石を掘っていたらしい。

ミスリル銀では、なかったようだ。


俺たちは、さらに奥へと進んでいく。

道は、だんだんと狭くなってきた。

そして、リナが言っていた通り道が崩れそうな場所もあった。

俺たちは、慎重に足場を選んで進んだ。


やがて、少しだけ開けた場所に出る。

そこには、十数匹のオークがたむろしていた。

コボルドよりも、はるかに厄介な相手だ。

しかも、その中には一体だけ体の大きなオークリーダーの姿もある。


「まずいな、数が多い」

リックが、小さな声でつぶやいた。

「しかも、通路が狭いから逃げ場がないぞ」

正面から戦うのは、得策ではない。


俺は、周りの地形を素早く観察した。

俺たちのいる場所は、オークたちがいる場所より少しだけ高い位置にある。

そして、天井には今にも落ちてきそうな巨大な岩がいくつもあった。

あれを、うまく使えないだろうか。


「ミリア、お前はあの天井の岩を魔法で狙えるか」

俺が、小声で尋ねる。

ミリアは、天井を見上げて少しだけ考えた。

「……やってみます、でもかなり魔力を使います」


「構わん、一発で決めろ」

「リックとリナは、俺が合図をしたら大きな音を立てろ。オークたちの注意を、こちらに引きつけるんだ」

俺は、簡単に作戦を説明した。

リックとリナは、うなずくと剣とナイフを構える。


ミリアは、静かに呪文の詠唱を始めた。

やがて、彼女の杖の先に大きな魔力が集まっていくのが分かった。

「今だ!」

俺の合図で、リックとリナが盾や壁を力いっぱい叩いた。


ガンガン、という大きな音が洞窟に響き渡る。

オークたちが、一斉にこちらに気づいた。

「グルォォォ!」

怒りの声を上げ、こちらへ向かってこようとする。


その瞬間、ミリアの魔法が完成した。

「【ストーンランス】!」

彼女の杖から放たれた岩の槍が、天井の巨大な岩に突き刺さる。

岩は、大きな音を立ててバランスを崩した。


そして、オークたちの頭上へと降り注いでいく。

オークたちは、逃げる間もなく岩の下敷きになっていった。

洞窟全体が、揺れるほどのすさまじい地響きが起こる。

土煙が晴れた後には、動かなくなったオークたちの姿だけが残されていた。


リーダー格のオークも、運悪く直撃を受けていたらしい。

「……やった」

ミリアが、その場に座り込んだ。

魔力を使い果たして、顔が真っ青だ。


「すごいじゃないかミリア、あんな大魔法が使えるなんて」

リックが、彼女の肩を叩いて褒めた。

リナも、尊敬のまなざしで彼女を見ている。

ミリアは、照れくさそうに微笑んだ。


「アッシュさんの、指示が的確だったからです」

俺は、そんな彼女たちの成長を頼もしく思った。

ミリアの、魔法使いとしての才能は本物だ。

俺たちは、オークたちがいた場所を通り抜けてさらに奥へと進む。


すると、道は再び三つに分かれていた。

どうやら、この鉱山はかなり複雑な構造をしているらしい。

俺たちが、どの道に進むか考えていた時だった。

真ん中の通路の奥から、かすかな光が見えた。


そして、金属を叩くような音が聞こえてくる。

こんな鉱山の奥深くで、一体誰が。

俺たちは、顔を見合わせた。

そして、音もなくその通路へと近づいていく。


通路を抜けた先は、驚くべき光景が広がっていた。

そこは、広大な地下の空洞だった。

天井は、はるか高くドーム状になっている。

そして、壁一面がキラキラと青白く輝いていた。


「こ、これは……」

リックが、息をのんでつぶやいた。

「ミスリル銀だ……、壁一面全部がミスリル鉱石だぞ」

俺たちの目の前に、探していた鉱脈が広がっていたのだ。


その量も、想像をはるかに超えている。

国一つが、数百年は遊んで暮らせるほどの量だろう。

そして、その空洞の中央で一人の男が黙々とハンマーを振るっていた。

その男は、ドワーフだった。


背は低いが、その体は鋼のように鍛え上げられている。

豊かな髭をたくわえ、その顔には深いしわが刻まれていた。

彼は、周りのことに一切気づかず鉱石を叩き続けている。

その姿は、まるで何かに取り憑かれているかのようだった。


俺たちが、その光景に呆然としていると突然、空洞全体に巨大な影が差した。

天井の、大きな穴から何かが降りてくる。

それは、巨大な翼を持つ赤いトカゲだった。

ワイバーンだ。


どうやら、巣の主が帰ってきたらしい。

ワイバーンは、俺たちに気づくと威嚇するように甲高い鳴き声を上げた。

まずい、見つかった。

俺は、とっさに三人をかばうように前に出る。


ドワーフは、それでもまだハンマーを振るうのをやめない。

まるで、ワイバーンなど存在しないかのように。

ワイバーンは、そんなドワーフを気にする様子もなく俺たちに狙いを定めた。

その口から、灼熱の炎が放たれる。


俺は、剣を構えてその炎を迎え撃った。

炎の向こうで、不気味に笑うワイバーンの顔をにらみつける。

その巨大な翼の音と共に、一行の前にその威容を現した。

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