第21話
翌日の朝、俺は宿屋の一室でリックたち三人を集めていた。
「さて、お前たちの特訓メニュー第二弾だ」
俺は、テーブルに広げたアークライト周辺の地図を指差す。
そこは、街の西に広がる広大な森林地帯だった。
「西の森か、あそこは強い魔物が多くて危険だって聞いたことがあるぞ」
リックが、少しだけ緊張した顔で言った。
「ああその通りだ、だからこそ特訓にはちょうどいい」
俺は、今回の本当の目的を彼らに話すことにした。
「実は、この森の奥に俺が探している素材の一つがある」
「え、本当なのかアッシュ」
「ああ、ミスリル銀だ。この森のどこかに、その鉱脈が眠っているらしい」
俺の言葉に、三人は息をのんだ。
ミスリル銀は、伝説の金属として広く知られている。
軽くて、鋼よりも硬いという夢のような素材だ。
市場に、出回ることはほとんどない。
「でも、そんなすごいものが本当にこの森に」
ミリアが、信じられないという様子で尋ねた。
「ある、だがそれ相応の危険もあるぞ」
俺は、声のトーンを少しだけ低くした。
「この森には、ワイバーンが巣くっているという噂だ」
「わ、ワイバーン!?」
三人が、今度こそ本当に驚きの声を上げた。
ワイバーンは、竜の仲間の中でも特にどう猛な魔物だ。
Bランクのパーティでも、全滅させられることがあるという。
「……無理だ、今の俺たちじゃ絶対に勝てない」
リックが、弱気な声でつぶやいた。
自信をつけ始めたばかりの彼にとって、ワイバーンはあまりにも大きな壁に感じられたのだろう。
ミリアとリナも、顔を青くしてうつむいている。
俺は、そんな彼らに静かに告げた。
「最初から、ワイバーンと戦うとは言っていない」
「え?」
「まずは、森の調査からだ。鉱脈の場所を探し、ワイバーンの生態を調べる」
「その過程で、お前たちには森での戦い方を徹底的に叩き込む」
俺の言葉に、三人は少しだけ顔を上げた。
「俺が保証する、この特訓が終わる頃にはお前たちはワイバーンと戦えるだけの実力をつけている」
「それでも怖くて逃げ出すというなら、無理には止めない。今すぐ、このパーティを抜けてもいいぞ」
俺は、わざと彼らを試すようなことを言った。
しばらくの、沈黙が流れる。
最初に口を開いたのは、やはりリックだった。
「……冗談じゃない、誰が逃げ出すって言ったんだ」
彼は、顔を上げて俺をまっすぐににらみつけた。
その目には、もう迷いの色はない。
「俺は、強くなりたいんだ。アッシュ、お前みたいに」
「だからやるよ、どんなに危険な特訓だって受けてやる」
リックの言葉に、ミリアとリナも力強くうなずいた。
「私もやります、リックのそしてアッシュさんの隣に立てるように」
「師匠が行くなら、どこへだってついていくよ」
三人の答えを聞いて、俺は満足して口の端を上げた。
「よし決まりだな、さっさと準備をしろすぐに出発するぞ」
俺たちは、ギルドで必要な物資をそろえた。
食料や、ポーションを多めに買い込む。
西の森は、一日で帰ってこられるような場所ではないからな。
準備を終えた俺たちは、街の西門から森へと向かった。
森の入り口は、昼間だというのに薄暗い。
高い木々が、空を覆うように生い茂っている。
俺たちは、一列になって慎重に森の中へと足を踏み入れた。
「いいか、ここからは常に周りを警戒しろ」
「五感を、最大限に研ぎ澄ませるんだ」
俺は、歩きながら三人に指示を飛ばす。
「リック、お前は風の音を聞け。敵は、風上から仕掛けてくることが多い」
「ミリア、地面の魔力の流れを感じろ。異常があれば、すぐに報告しろ」
「リナ、お前は獣の匂いをかぎ分けろ。それと、鳥の動きにも注意しろ」
俺の具体的な指示に、三人は戸惑いながらも従った。
最初は、何も感じ取れなかったようだ。
だがしばらくすると、彼らの感覚は少しずつ鋭くなっていった。
「……アッシュ、少しだけ血の匂いがする」
リナが、鼻をひくひくさせながら言った。
「方角は?」
「あっち、北東の方角からだ」
「よし行ってみるぞ、気配を消せ戦闘になるかもしれん」
俺たちは、音もなくリナが指した方角へと向かった。
やがて、少し開けた場所に出る。
そこには、巨大な猪のような魔物が倒れていた。
その体には、鋭い爪で引き裂かれたような傷がある。
「これはアーマーボアだな、こいつを倒すほどの魔物がこの近くにいるらしい」
俺がそう言うと、リックたちがごくりと息をのんだ。
俺たちは、さらに警戒を強めて周りを調べる。
すると、近くの木の幹に大きな爪痕が残されているのを見つけた。
「この爪痕……、グリフォンかもしれない」
ミリアが、震える声でつぶやいた。
グリフォンは、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ魔物だ。
空を自由に飛び、その鋭い爪とくちばしで獲物を引き裂く。
Bランクの魔物の中でも、特に厄介な相手として知られていた。
「まずいな、空を飛ぶ敵は相性が悪い」
リックが、空を見上げながら言った。
ミリアの魔法も、素早く動く相手には当てにくいだろう。
「アッシュどうする、一度引くか?」
俺は、リックの問いに首を横に振った。
「いや、こいつは絶好の訓練相手だ。お前たちだけで、倒してもらうぞ」
「む、無理だよ。空を飛んでる相手なんて」
リナが、弱気な声を上げる。
「だから、飛ばせなくすればいいんだろ」
俺は、にやりと笑って見せた。
「リナ、お前は罠の材料を集めてこい。丈夫なツタと、粘り気のある樹液だ」
「ミリアは、地面に魔法で穴を掘れ。できるだけ、深くな」
「リック、お前は俺と一緒に来い。囮になってもらうぞ」
俺は、次々に指示を飛ばしていく。
三人は、戸惑いながらも俺の言う通りに動き始めた。
俺とリックは、グリフォンの縄張りと思われる場所へと向かう。
しばらく進むと、上空から甲高い鳴き声が聞こえてきた。
見上げると、巨大なグリフォンがこちらをにらみつけながら旋回している。
「来たなリック、俺の言う通りに動けよ」
「お、おう」
グリフォンが、急降下してくる。
その速さは、まるで矢のようだった。
俺は、リックを突き飛ばしてその攻撃をかわした。
グリフォンの爪が、俺たちがいた地面を深くえぐる。
「今だ、走れ!」
俺たちは、ミリアが穴を掘った場所へと全力で走った。
グリフォンは、すぐに体勢を立て直して俺たちを追ってくる。
俺たちは、ミリアたちが待つ場所へとたどり着いた。
「アッシュ、準備できたぞ!」
「よし、作戦開始だ」
グリフォンが、再び俺たちめがけて突っ込んできた。
俺は、地面に掘られた穴のすぐそばで足を止める。
そして、突っ込んでくるグリフォンをぎりぎりまで引きつけた。
俺が、横に跳んでかわした瞬間。
グリフォンは、勢いを止められずにミリアが掘った落とし穴へと見事に落ちていった。
だが、グリフォンには翼がある。
すぐに、穴から飛び立とうとした。
「リナ、今だ!」
穴の周りに隠れていたリナが、ツタで作った巨大な網を穴の上にかぶせた。
網には、ベトベトした樹液がたっぷりと塗られている。
グリフォンの翼が、その網に絡め取られた。
「ギャアアアア!」
グリフォンは、もがきながら叫び声を上げる。
だが、もがけばもがくほど翼は網に絡みついていく。
空の王者は、こうして地面に引きずり下ろされた。
「よしとどめだ、三人で一斉に攻撃しろ」
俺の号令で、リックたちが飛び出した。
リックの剣が、グリフォンの首を狙う。
ミリアの魔法が、その動きを封じた。
リナのナイフが、確実にその翼を切り裂いていく。
翼を失ったグリフォンは、もはやただの獣だった。
三人の連携攻撃の前に、なすすべもなく倒れていく。
やがて、グリフォンは動かなくなった。
三人は、肩で息をしながらその場に座り込む。
「やった……、俺たちだけでグリフォンを倒したぞ」
リックが、信じられないという顔でつぶやいた。
その顔には、人食い熊を倒した時以上の達成感が満ちあふれている。
ミリアとリナも、興奮した様子で顔を見合わせていた。
俺は、そんな彼らの成長を見守る。
この調子なら、ワイバーンと戦える日もそう遠くはないだろう。
俺たちは、グリフォンの素材を回収した。
その羽や爪は、高く売れるはずだ。
俺たちが、森の奥へとさらに進んでいくとやがて古びた鉱山の入り口を見つけた。
入り口の周りには、巨大な骨がいくつも転がっている。
おそらく、ワイバーンが食べた魔物の残骸だろう。
「どうやら、当たりみたいだな」
俺は、鉱山の暗い入り口を見つめながらつぶやいた。
この奥に、ミスリル銀の鉱脈とワイバーンの巣がある。
一行は、緊張感を高めながら鉱山らしき洞窟の入り口へと足を踏み入れた。
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