第20話

工房を出ると、東の空が少しだけ白み始めていた。

長い夜が、ようやく明けようとしている。

俺は宿への道を歩きながら、これからの計画を練った。

ミスリル銀にアダマンタイト、そして竜の心臓が必要だ。


どれも一人で手に入れるのは、とても難しいだろう。

リックたちの力も、きっと必要になるはずだ。

いや、彼ら自身も、俺と一緒に強くなる必要がある。

俺は昇り始めた太陽を、まぶしそうに見つめていた。"

"第20話(修正版)


翌日、俺はリックたちをギルドの一室に集めた。

パーティの、作戦会議を開くためだ。

テーブルの上には、俺が手書きで描いた簡単な地図が広げてある。

「……というわけで、俺はこれからしばらく、この三つの素材を集めることにした」


俺は、ミスリル銀、アダマンタイト、そしてドラゴンハートが必要な理由を説明した。

もちろん、セレスティアのことや、設計図の本当の価値については話していない。

ただ、強力な武具を作るために必要なのだと、そう伝えただけだ。

リックたちは、俺の話を真剣な顔で聞いていた。


俺が、話を終えるとリックが真っ先に口を開く。

「つまり、アッシュはこれからAランク級の、超危険な冒険に挑戦するってことか」

「まあ、そういうことになるな」

俺が、軽くうなずくとリナが心配そうな顔をした。


「でも、そんなの無茶だよ。いくらアッシュ師匠が強くても、一人じゃ危険すぎるよ」

「そうですよ。竜なんて、伝説上の生き物ではないですか」

ミリアも、不安そうに言葉を付け加える。

三人が、俺のことを心から心配してくれているのが伝わってきた。


その気持ちは、素直に嬉しい。

「だから、お前たちにも手伝ってほしいんだ」

俺がそう言うと、三人は驚いたように顔を上げた。

「俺たちも、一緒に、か」


リックが、信じられないという様子で聞き返す。

「ああ、もちろん、今のお前たちではまだ力が足りない」

「だから、これから特訓を始めるぞ」

「特訓、ですか」


「そうだ。俺が、お前たちをBランク、いや、Aランク冒険者でも通用するくらいに鍛えてやる」

俺の言葉に、三人はごくりと息をのんだ。

その目には、戸惑いと、そしてそれ以上の強い期待の色が浮かんでいる。

「やるか、やらないか。決めるのは、お前たち自身だ」


俺がそう言うと、リックは力強くテーブルを叩いた。

「やるに決まってるだろ! 面白くなってきたぜ!」

彼は、少年らしいにっとした笑顔を見せる。

「私も、やります。アッシュさんの、力になりたいですから」


ミリアが、静かに、しかしはっきりとそう言った。

「師匠の特訓、なんだか楽しそう。私も、やるやる!」

リナも、元気よく手を上げた。

三人の答えは、決まったようだな。


俺は、満足してうなずいた。

「よし、じゃあ、まずは手始めにこいつからだ」

俺は、ギルドの掲示板から一枚の依頼書を持ってきた。

Cランクの依頼、「人食い熊の討伐」だ。


「え、Cランク? 俺たち、もうBランクの依頼もこなせるのに」

リックが、少し不満そうな顔をする。

「これは、ただの討伐依頼じゃない。お前たちの、連携を試すためのテストだ」

俺は、そう言うと依頼の詳しい内容を説明し始めた。


人食い熊は、アークライトの近くの森に住み着き、旅人を襲っているらしい。

その熊は、非常に賢く罠を仕掛けて獲物を狩るという。

「いいか、今回は俺は一切手を出さない」

「お前たち三人だけで、あの熊を倒してもらう」


「ええっ!?」

三人が、驚きの声を上げた。

「俺は、後ろからお前たちの戦い方を見ているだけだ。もし、危なくなっても助けないぞ」

「そ、そんな、無茶ですよ」

「無茶じゃない。今の、お前たちなら、うまく連携すれば勝てるはずだ」


俺の言葉に、三人は不安そうな顔をしながらも覚悟を決めたようだった。

俺たちは、さっそく人食い熊が出ると言われる森へと向かう。

森の中は、不気味なくらい物音がしない。

「リナ、熊の痕跡を探してくれ」


俺の指示に、リナは静かにうなずいた。

彼女は、地面を注意深く観察しながら進んでいく。

やがて、彼女は巨大な獣の足跡を見つけた。

「あった、これだ。まだ、新しいみたい」


「よし、この足跡を追うぞ。リック、前衛を頼む」

「ミリアは、いつでも魔法が撃てるように準備しておけ」

俺は、リーダーのように的確な指示を飛ばしていく。

リックたちは、緊張した顔で俺の言葉に従った。


足跡を追っていくと、やがて少し開けた場所に出た。

そこには、いくつかの洞窟があった。

熊の、巣穴だろう。

「この中に、いるはずだ。どうする、リック」


俺は、リーダーである彼に判断を任せてみた。

リックは、少しだけ考え込む。

そして、決心したように言った。

「……奇襲をかけるぞ。リナ、煙玉を持っているか」


「うん、いくつかあるよ」

「よし、洞窟の中に煙玉を投げ込んで、熊を外におびき出すんだ」

「出てきたところを、俺とミリアで迎え撃つ」

なかなか、悪くない作戦だった。


彼は、ちゃんとリーダーとして成長している。

リナは、音もなく洞窟の入り口に近づき煙玉を投げ込んだ。

すぐに、洞窟の中から煙がもうもうと立ち上る。

そしてしばらくすると、巨大な熊が咳き込みながら姿を現した。


その大きさは、三メートル以上もあるだろうか。

鋭い牙と爪が、月明かりにキラリと光る。

「グルオオオオオ!」

人食い熊は、怒りの叫び声を上げた。


そして、一番近くにいたリックめがけて突進してくる。

「今だ、ミリア!」

「【ファイアボール】!」

ミリアの放った火の玉が、熊の顔面に直撃した。


だが、熊は少しも勢いが落ちない。

炎の中から、さらに速度を増してリックに襲いかかる。

「くそっ!」

リックは、盾でその攻撃をなんとか受け止めた。


だが熊のあまりの力に、じりじりと後ろへ押されていく。

「リナ、助けてくれ!」

「うん!」

リナが、素早く熊の背後に回り込みナイフで斬りつけた。


だが熊の硬い毛皮に、その攻撃は弾かれてしまう。

まずい、このままではリックが押し切られる。

俺は、思わず助けに入ろうかと腰を浮かせた。

だが、その瞬間、リックが叫んだ。


「ミリア、もう一発だ! 今度は、熊の足元を狙え!」

「え、でも、リックに当たっちゃう」

「いいから、やれ! 俺を、信じろ!」

リックの、必死の叫びにミリアは一瞬ためらった。


だが、やがて覚悟を決めたように杖を構える。

彼女の放った火の玉は、熊の足元で爆発した。

地面が、えぐれて熊の体勢が大きく崩れる。

リックは、その一瞬の隙を見逃さなかった。


盾で熊を押し返すと、がら空きになった懐に深く潜り込む。

そして、ありったけの力を込めて剣を突き刺した。

その一撃は、熊の心臓を確実に貫いていた。

巨大な熊は、最後の叫び声を上げるとゆっくりと地面に倒れる。


静けさが、森を包み込んだ。

三人は、その場にへたり込んで荒い息をついている。

「やった……。やったぞ、俺たちだけで……」

リックが、信じられないという様子でつぶやいた。


ミリアとリナも、泣きながら抱き合って喜んでいる。

俺は、そんな彼らの元へゆっくりと歩み寄った。

そして、リーダーであるリックの肩をぽんと叩く。

「……まあまあだったな、今の戦いは」


俺が、わざとそっけない口調で言うとリックは顔を上げた。

その顔は泥と汗で汚れていたが、今までで一番誇らしげに見えた。

「最後の、ミリアへの指示は良かった。とっさの判断にしては、上出来だ」

俺に褒められて、リックは照れくさそうに頭を掻いた。


「へへっ、アッシュに教わった通りだよ。相手を、よく観察しろってな」

「それから、ミリアとリナもよくやった。リックを、信じて自分の役目を果たしたな」

俺の言葉に、二人は嬉しそうに微笑んだ。

「テストは、合格だ。お前たちは、もうCランク冒険者のレベルを超えている」


俺がそう言うと、三人は顔を見合わせて笑った。

彼らの間には、確かな絆が生まれていた。

俺たちは、熊の素材をはぎ取ると街への帰り道についた。

帰り道、三人は今日の戦いについてずっと話していた。


あの時の、リックの判断がすごかったとか。

ミリアの、魔法がかっこよかったとか。

リナの、動きが速かったとか。

お互いを、褒め合っている。


そんな彼らの姿は、見ていて清々しいものだった。

俺は、そんな彼らから少しだけ離れて歩いていた。

そして、次の特訓のメニューを考えていた。

次は、Dランクのダンジョンにでも連れて行くか。


それとも、少し変わった魔物の討伐にするか。

彼らを、最強のパーティに育て上げる。

それが、今の俺の新しい目標になっていた。

街に戻り、ギルドに依頼の完了を報告する。


受付嬢は、またしても俺たちの無傷での帰還に驚いていた。

俺たちが、三人だけで人食い熊を倒したと知るとギルドの中がざわめいた。

「おい、あの新人パーティ、もうCランク依頼を単独でこなしたらしいぜ」

「嘘だろ、成長するのが早すぎる」


リックたちは、周りの冒険者たちから賞賛の視線を浴びて少しだけ誇らしげだ。

その夜、俺たちはまた祝杯を上げた。

もちろん、ジュースでだ。

「なあ、アッシュ」


リックが、真剣な顔で俺に話しかけてきた。

「どうした」

「俺たち、もっともっと強くなりたい。そのためなら、どんな厳しい特訓でも耐えてみせる」

「だから、これからも俺たちを導いてくれ。アッシュ」


彼のまっすぐな瞳を見て、俺は静かにうなずいた。

「ああ、任せておけ」

三人は俺の言葉を聞くと、嬉しそうに笑い合った。

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