第23話

灼熱の炎が、俺たちの目の前まで迫っていた。

リックたちが、絶望の声を上げるのが聞こえる。

だが俺の心は、不思議なくらい落ち着いていた。

この程度の攻撃で、俺がやられるはずがないのだ。


俺はアイテムボックスから、一枚の大きな盾を取り出した。

それは以前に洞窟で、手に入れた傷だらけの盾だ。

一見すると、ただのボロボロの盾にしか見えない。

しかし俺は、これに隠された本当の価値を知っていた。


「アッシュ、そんな盾で防げるわけない!」

リックが、必死な顔つきで叫んでいる。

俺はそんな彼の声に、静かに首を振って答えた。

そして盾に、ほんの少しだけ魔力を注ぎ込む。


すると盾の表面に、淡い光の膜がすぐに浮かび上がった。

これが、盾に隠された特別な能力である。

魔力を通すことで、属性攻撃を一度だけ完全に無効化できるのだ。

原作ゲームでも、ごく一部のプレイヤーしか知らない裏技だった。


ワイバーンの炎が、俺の構えた盾に直撃した。

すさまじい熱と衝撃が、俺の体を激しく襲った。

だが光の膜が、炎の全てを吸収していく。

そして数秒後には、熱も衝撃も消え去っていた。


俺は役目を終えた、黒焦げの盾を投げ捨てる。

その盾は、もう二度と使うことはできないだろう。

だがその役目は、十分に果たしてくれたのだ。


「う、嘘だろ……」

リックが、信じられないものを見る目で俺を見ていた。

ミリアとリナも、口を大きく開けて固まっている。

そして一番驚いたのは、攻撃を放ったワイバーン本人かもしれない。


自分の必殺の一撃が、何の傷も与えられなかったことに動揺していた。

その巨大な目が、困惑の色に揺れている。

俺は、その一瞬の隙を決して見逃さなかった。

「リック、ミリア、リナ、今だ!作戦通りに動け!」


俺の号令に、三人ははっと我に返る。

そしてすぐに、それぞれの役割を果たすために動き出した。

リックが、大きな声で叫びながらワイバーンに斬りかかる。

もちろん彼の攻撃が、ワイバーンの硬い鱗に通用するはずもない。


だが、それでいいのだ。

彼の役目は、あくまで注意を引きつけるための囮である。

「ミリア、魔法で地面を狙え!やつが、動き回れないようにしろ!」

「は、はい!」


ミリアが、杖を地面に向けて呪文を唱える。

「アースウォール!」

ワイバーンの周りの地面が、盛り上がって分厚い壁となった。

これで、やつは簡単には動けないはずだ。


「リナ、翼を狙え!もう、飛ばせるな!」

リナが、素早くワイバーンの背後に回り込む。

そして高く跳躍して、その巨大な翼に斬りかかった。

彼女の素早い一撃は、翼の膜をわずかに切り裂く。


致命傷にはならないが、ワイバーンは痛みで激しく暴れた。

そのせいで、ミリアが作った土の壁がいくつか崩れてしまう。

だがそのおかげで、俺が動くための道ができた。

俺は地面を強く蹴り、ワイバーンの懐へと飛び込む。


そして、その首めがけて駆け上がっていった。

まるで、巨大な坂道を駆け上るような感覚だ。

ワイバーンは俺の存在に気づき、首を激しく振る。

振り落とされないように、鱗のすき間に指を食い込ませて必死にしがみついた。


やがて俺は、やつの頭の上へとたどり着く。

狙うは、眉間にある逆鱗だ。

そこが、ワイバーンのたった一つの弱点である。

だが普段は、とても硬い鱗で守られている。


特定の条件を満たさなければ、その場所を攻撃することはできない。

その条件とは、ある特別なアイテムを使うことだった。

俺はアイテムボックスから、一本のナイフを取り出す。

それは以前にグリフォンを倒した時、手に入れた爪を加工したものだ。


グリフォンの爪には、竜の鱗を溶かす特殊な成分が含まれていた。

これも、原作ではほとんど知られていない隠し要素の一つだ。

俺は、そのナイフをワイバーンの眉間に力いっぱい突き立てる。

ジュウウウッ、という肉の焼ける嫌な音がした。


硬い鱗が、まるでバターのように溶けていく。

そしてその下にある、柔らかい皮膚がむき出しになった。

「ギシャアアアアアア!」

ワイバーンは、今までで一番大きな苦痛の叫びを上げた。


俺は、そこで初めて剣を抜く。

そしてむき出しになった弱点に、渾身の一撃をたたき込んだ。

剣は、深く、深く、その肉を貫いていく。

ワイバーンの巨大な体が、大きくけいれんした。


そして、ゆっくりとバランスを崩していく。

俺は、その体から飛び降りて地面に着地した。

ワイバーンは、地響きを立てながら地面に倒れ伏す。

その目は、うつろに天井を見つめていた。


もう、動くことはないだろう。

俺は剣の血を振り払い、鞘に収めた。

リックたちが、呆然としながらこちらへ駆け寄ってくる。

「……勝った、のか?」


「ああ、俺たちの勝ちだ」

俺がそう言うと、三人はどっと歓声を上げた。

お互いの肩を叩き合い、勝利を喜んでいる。

俺は、そんな彼らの姿を少しだけ微笑ましく思った。


その時だった、ずっと鉱石を掘っていたドワーフが初めてこちらを振り返った。

彼は、ハンマーを肩に担ぎゆっくりとこちらへ歩いてくる。

その目は、まるで品定めをするかのように俺たちをじっと見ていた。

「……ほう、なかなか見事な戦いぶりだったな」


その声は、岩のようにごつごつとしている。

「特に、そこの小僧。おぬし、ただ者ではないな」

彼は、俺のことを指差して言った。

「ワイバーンの弱点を、正確に知っていた。それに、あのグリフォンのナイフもだ」


「まるで、全てを知っていたかのような動きだった」

俺は、彼の言葉に何も答えなかった。

リックたちが、俺をかばうように前に出る。

「あんたこそ、何者なんだ。俺たちが戦っている間、ずっと見てやがったな」


リックが、警戒しながら尋ねた。

ドワーフは、そんな彼の言葉を鼻で笑う。

「わしは、ただのしがない鍛冶屋よ。名を、ボルガという」

「ここで、最高の鉄を求めて旅をしておる」


ボルガと名乗ったドワーフは、そう言って自分の胸を叩いた。

その態度は、どこか堂々としている。

「それより小僧、おぬしが最後に使った剣。あれは、なかなかの逸品じゃな」

「だが、おぬしの腕には、まだ見合っておらん」


彼は、俺の剣を正確に見抜いた。

「もし、おぬしがこのわしを満足させることができたなら」

「このわしが、おぬしのために最高の武器を打ってやってもよいぞ」

彼は、挑戦的な目で俺をにらみつけた。


その目は、本物の職人だけが持つ強い光を宿している。

俺は、彼の挑戦を面白いと思った。

「どうすれば、あなたを満足させられるんですか」

俺がそう尋ねると、彼はニヤリと笑った。


「簡単じゃ、わしと力比べをせい」

「この鉱山で、わしより多くのミスリル鉱石を掘り出してみせよ」

彼は、そう言って巨大なハンマーを軽々と振り回してみせた。

どうやらこの頑固なドワーフは、俺たちの実力を試したいらしい。


俺は、その挑戦を受けることにした。

「いいでしょう、やりましょう」

俺がそう言うと、リックたちが慌てた。

「おいおい、アッシュ。本気かよ」


「俺たち、鉱石掘りなんてやったことないぞ」

「大丈夫だ、これも訓練の一環だと思え」

俺は、そう言って笑った。

こうして俺たちと頑固なドワーフの、奇妙な競争が始まることになった。


俺はアイテムボックスから、予備のツルハシをいくつか取り出す。

そして、リックたちに一本ずつ手渡した。

「いいか、ただ力任せに掘るんじゃないぞ」

「鉱脈の流れを、よく読んで効率よく掘り進めるんだ」


俺は、原作の採掘スキルで得た知識を彼らに教える。

三人は初めて持つツルハシに戸惑いながらも、俺の言う通りに壁を掘り始めた。

俺も、ツルハシを手に壁に向かう。

ドワーフのボルガは、そんな俺たちを見て鼻を鳴らした。


「ふん、素人が。わしの真似ができるかな」

彼は、再び圧倒的な速さでハンマーを振り始めた。

その動きには、一切の無駄がない。

彼が一度ハンマーを振るうたびに、大量のミスリル鉱石が壁から剥がれ落ちていく。


さすがは、ドワーフだ。

生まれながらの、鉱夫であり鍛冶屋なのだろう。

だが、俺も負けてはいられない。

俺は、鑑定スキルを使って壁の内部を透視する。


そして、一番鉱石が密集している場所を見つけ出した。

そこを、集中的に掘り進めていく。

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