第19話
宿屋の酒場は、陽気な音楽で満ちていた。
冒険者たちの、大きな笑い声も聞こえてくる。
俺たちはテーブルに並べられた、ジュースで乾杯する。
「いやあ、本当に俺たちだけでBランクの依頼を達成できたなんてな」
リックが、興奮した様子でそう言った。
その顔には、満足感と自信があふれている。
「これも全部、アッシュ師匠のおかげだよ」
リナが、にこにこ笑いながら俺を見た。
「だから、その師匠という呼び方はやめてくれ」
俺は、あきれたようにため息をついた。
だが彼女たちが喜んでいるのを見るのは、悪い気持ちではない。
「リックは、新しい剣を買うんだったな」
ミリアが、これからの予定について尋ねる。
「ああ、この報酬金で、絶対に最高の剣を買うんだ」
リックは、そう言って自分の古い剣を愛おしそうになでた。
「リナは、新しいブーツが欲しいって言ってたわね」
「うん、もっと速く動けるようなものがいいな」
「ミリアこそ、難しい魔法の本が欲しかったんじゃないの」
「ええ、もっとアッシュさんの役に立てるよう、勉強しないといけません」
三人は、それぞれの夢を楽しそうに語り合う。
その姿は、希望に満ちていてまぶしいくらいだ。
俺は、そんな彼らの会話を黙って聞いていた。
俺の、今の目的はたった一つだけだ。
手に入れた設計図を使い、最高の鎧を作ること。
そのためにはこのアークライトの街で、腕のいい鍛冶屋を見つける必要がある。
しかし、普通の鍛冶屋では意味がない。
あの設計図は、失われた古代ドワーフの技術で書かれていた。
それを読み解いて形にできる職人は、世界でもごくわずかだ。
俺は、原作の知識を頭の中で探してみる。
アークライトの街に、そんな特別な鍛冶屋がいただろうか。
確か、いたはずだった。
ただその男は、表舞台には決して出てこない。
街の裏通りでひっそりと工房を構える、気難しい老人だったはずだ。
「……なあ、お前たち」
俺は、三人に声をかけた。
「この街で、一番腕のいい鍛冶屋はどこか知らないか」
俺の問いに、三人は顔を見合わせる。
「一番腕のいい鍛冶屋、かあ」
リックが、うーんと考え込んだ。
「やっぱり、市場の大通りにある『剛剣工房』じゃないか」
「あそこは、王都の騎士団にも武器を納めてるって有名なんだ」
「私も、そう思います。あそこの武器は、品質がいいと評判ですよ」
ミリアも、リックの意見に賛成した。
リナも、こくこくと頷いている。
『剛剣工房』は、確かにこの街で一番有名な武器屋だ。
だが俺が探しているのは、そういう場所じゃない。
あそこは、金儲けのことばかり考えている。
本当に価値のある仕事は、きっとしないだろう。
俺の求める鎧は、あそこの職人では絶対に作れない。
「そうか、参考になった。ありがとう」
俺は、それ以上は何も言わなかった。
その日の夜、俺は一人で部屋を抜け出した。
リックたちは、もうぐっすりと眠っている。
俺は月明かりだけを頼りに、アークライトの裏通りへ足を踏み入れた。
昼間の賑やかさが、まるで嘘のようだ。
道は、狭くて複雑に入り組んでいる。
まるで、迷路のようだった。
俺は記憶の片隅に残っていた、あいまいな地図を頼りに進む。
やがて一番奥まった場所に、小さな一軒家を見つけた。
壁は、すすで黒く汚れている。
窓から、明かり一つ漏れていない。
まるで、誰も住んでいない家のようだ。
だがこの家の煙突からだけ、かすかに煙が立ち上っていた。
そしてどこからか、トン、トン、という金属を叩く音が聞こえてくる。
ここだ、間違いない。
俺が探していた、伝説の鍛冶屋であるドワーフのバルドの工房だ。
俺は、古びた木の扉をゆっくりと叩いた。
返事は、なかった。
金属を叩く音も、ぴたりと止まってしまう。
俺は、もう一度扉を叩いてみた。
「留守なら、仕方ない。また明日、出直すとしよう」
俺が、そう独り言を言って背中を向けた瞬間だった。
「……何の用だ、小僧」
扉の向こうから、しわがれた低い声が聞こえてきた。
扉が、ギィ、と音を立てて少しだけ開く。
そのすき間から、鋭い目がこちらをのぞいていた。
「夜遅くに、すみません。あなたに、作ってほしいものがあるんです」
俺は、まっすぐに用件を伝えた。
「断る。わしは、もう誰の頼みも聞かん」
老人は、そう言うと扉を閉めようとする。
「待ってください、これはただの武器じゃありません」
俺は、慌てて扉のすき間に足を挟んだ。
「しつこい奴だ。さっさと帰れ」
「この設計図を見ても、同じことが言えますか」
俺は、アイテムボックスから例の羊皮紙を取り出す。
そして、扉のすき間からそれを差し込んだ。
老人は、一瞬だけためらった。
だが、やがて仕方がないという様子で、その羊皮紙を受け取る。
しばらくの、時間が流れた。
やがて扉の向こうから、老人の驚いたような声が聞こえてくる。
「こ、これは……。馬鹿な、失われたはずの古代ドワーフの秘伝技術だと……!」
その声は、明らかに震えていた。
俺の、勝ちだった。
扉が、ゆっくりと、そして大きく開かれる。
そこに立っていたのは、背の低い、しかしがっしりとした体つきの老人だった。
豊かな白い髭をたくわえ、その目だけが鋭い光を放っている。
彼が、バルド本人らしかった。
「小僧、中に入れ。話を聞いてやろう」
俺は、彼の後に続いて工房の中へと入った。
工房の中は、様々な道具や鉱石で足の踏み場もないほどだ。
部屋の中央には、大きな炉があり赤い炎が燃え上がっている。
バルドは、設計図を食い入るように見つめていた。
その目は、まるで恋人を見るかのように熱い。
「……素晴らしい。この設計、完璧だ。無駄が、一つもない」
彼は、感心したように声を漏らした。
そして、やがて顔を上げて俺をじっと見る。
「お前さん、この設計図をどこで手に入れたんだ」
その問いに、俺は正直に答えるわけにはいかない。
「偶然、手に入れただけですよ。それより、この鎧は作れますか」
俺がそう言うと、バルドは大きなため息をついた。
「作れるかと聞かれれば、答えはイエスだ。だが、材料が、材料がまったく足りん」
「どんな材料が、必要なんですか」
「まず、基本となるミスリル銀が、百キロは必要じゃろう」
「それから、強度を上げるためのアダマンタイトも、同じくらいはいるな」
彼は、次々にとても珍しい鉱石の名前を挙げていく。
どれも、普通の冒険者が一生かかっても手に入れられないような、幻の品物ばかりだ。
「そして、鎧に魔力を込めるための、動力源も必要になる」
「動力源、ですか」
「うむ。それは、竜の心臓じゃ」
「竜の、心臓……」
俺は、思わず彼の言葉を繰り返した。
ドラゴンハート、それは伝説の中にしか存在しないと言われる究極の魔力素材だ。
「そんなもの、どこで手に入れろと言うんですか」
俺が、あっけにとられて尋ねるとバルドはニヤリと笑った。
その顔は、まるでいたずらを思いついた子供のようだった。
「竜の谷に行けば、いるかもしれんぞ。生きた竜が、な」
Aランクの依頼書にあった、レッドドラゴンの討伐。
まさか、こんな形でそれと関わることになるとは。
俺は自分の運命の不思議さに、少しだけ笑ってしまった。
「分かりました、全部、集めてきますよ」
俺が、きっぱりとそう言うと今度はバルドが驚いた顔をした。
「お前さん、本気か。今の話を聞いて、諦めないのか」
「諦める理由が、ありませんから」
俺の、まっすぐな目を見てバルドは何かを感じ取ったらしい。
彼は、しばらく黙って俺の顔を見ていた。
やがて、ふっと息を吐いて笑う。
「……面白い。気に入ったぞ、小僧」
「わかった、お前さんが材料を全部集めてきたらな」
「わしが、この人生の全てをかけて最高の鎧を打ってやろう」
彼は、そう力強く宣言した。
俺は、伝説の鍛冶屋と固い約束を交わした。
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