第18話
コボルドロードが、不気味な笑みを浮かべた。
「ほう、我に一騎打ちを挑むか。面白い、人間の小僧」
「その勇気だけは、褒めてやろう」
彼は、手に持った片手剣をゆっくりと構えた。
その構えには、少しの隙もない。
ただの魔物ではない、確かな技量を持っているのが分かった。
後ろでは、リックたちの戦いが始まっている。
悲鳴と、剣の音が洞窟の中に響き渡った。
俺は、後ろのことは彼らに任せることにした。
今は、目の前の敵に集中しなければならない。
俺とコボルドロードは、しばらくの間、にらみ合ったまま動かなかった。
先に動いたのは、相手の方だった。
右足を引きずりながらも、その踏み込みは驚くほど鋭い。
振り下ろされた剣を、俺は自分の剣で受け止めた。
ガキン、という重い金属音が響く。
とてつもない、力だった。
俺の腕が、びりびりと痺れる。
「どうした、小僧。これでおしまいか」
コボルドロードは、俺を力で押し込もうとしてきた。
俺は、その力を横に受け流すようにして体勢をずらす。
そして、がら空きになった彼の胴体を蹴りつけた。
だが、彼はそれを読んでいたかのようにひらりとかわす。
「なるほど、力だけではないらしいな」
彼は、感心したようにつぶやいた。
俺たちは、再び距離を取る。
一進一退の、互角の攻防が続いた。
彼は、足が不自由な分を剣の技術と経験で補っている。
少しでも油断すれば、俺がやられる可能性もあった。
一方、リックたちは苦戦を強いられていた。
二十匹以上のコボルドに囲まれ、防戦一方になっている。
「くそっ、きりがないぞ」
リックが、焦った声を上げた。
彼の盾には、無数の傷が刻まれていく。
「ミリア、まだ魔法は使えないのか」
「ごめんなさい、魔力がもうあまり残ってなくて……!」
ミリアの顔は、疲労で真っ白だった。
リナも、小柄な体で必死に戦っているがその動きは少しずつ鈍くなっている。
このままでは、彼らがやられるのは時間の問題だ。
俺は、短期決戦で決めるしかないと覚悟を決めた。
俺は、わざと大きな隙を見せる。
コボルドロードは、その隙を見逃さなかった。
「もらった!」
彼は、勝利を確信したように叫び剣を大きく振りかぶる。
渾身の一撃を、俺の頭に叩き込むつもりだ。
俺は、その瞬間を待っていた。
相手の攻撃を、紙一重でかわす。
そして、体勢を崩した彼の懐に深く潜り込んだ。
狙うは、彼の不自由な右足だ。
俺は、容赦なくその足に剣を突き立てた。
「ぐあああっ!」
コボルドロードが、苦痛の叫びを上げる。
俺は、すぐに剣を引き抜き彼の首を狙った。
だが、彼は驚くべき反応を見せた。
足をやられながらも、とっさに剣で俺の攻撃を防いだのだ。
そして、そのまま後ろへ大きく飛びのいた。
「てめえ、よくもやりやがったな……!」
彼は、憎しみに満ちた目で俺をにらむ。
そして、懐から何かを取り出した。
それは、黒く光る小さな玉だった。
「これは、まずいな」
俺は、鑑定スキルでそれが何かをすぐに理解した。
【魔道爆弾:広範囲に強力な爆発を起こす、危険な魔道具】
あんなものを、こんな狭い洞窟で使われたらひとたまりもない。
俺たち全員が、吹き飛んでしまうだろう。
「全員、伏せろ!」
俺は、リックたちに向かって大声で叫んだ。
三人は、何が起こったか分からないまま俺の指示に従う。
「道連れだ、人間ども!」
コボルドロードが、魔道爆弾を地面に叩きつけようとした。
その瞬間、俺はアイテムボックスから投げるためのナイフを取り出し全力で投げつけていた。
ナイフは、彼の手に正確に命中する。
魔道爆弾が、彼の力ない手からこぼれ落ちた。
俺は、その爆弾が地面に落ちる前に駆け出していた。
そして、滑り込みながらそれを拾い上げる。
そのままの勢いで、洞窟の壁にある小さな穴へとそれを投げ込んだ。
その穴は、幸運にも外へと続いていた。
直後、廃坑全体を揺るがすほどの、すさまじい爆発音が外から響いてきた。
洞窟が、ガラガラと音を立てて崩れ始める。
「なっ……」
コボルドロードは、自分の切り札が破られたことに呆然としていた。
俺は、その隙を見逃さない。
一気に距離を詰め、彼の心臓を正確に貫いた。
彼は、信じられないといった目で俺を見つめる。
そして、そのままゆっくりと後ろに倒れていった。
リーダーを失ったコボルドたちは、混乱して逃げ惑う。
リックたちは、その隙を突いて次々と敵を倒していった。
やがて、洞窟の中には俺たち四人だけが残される。
「……終わった、のか?」
リックが、息を切らしながらつぶやいた。
俺は、静かにうなずく。
洞窟の崩落も、どうやら収まったようだった。
俺たちは、疲れ切った体を引きずってコボルドロードがいた玉座へと向かう。
玉座の後ろには、彼らが集めたのであろう宝物が山のように積まれていた。
金貨や、宝石、そしていくつかの魔道具もある。
Bランクの依頼にしては、かなりの大当たりだ。
リックたちは、その光景を見て歓声を上げた。
「すげえ、これだけあれば当分遊んで暮らせるぜ」
「見て、きれいなネックレスだよ」
三人が、宝の山に夢中になっている。
俺は、そんな彼らを横目で見ながら別のものを探していた。
原作の知識によれば、このコボルドロードは特別なアイテムを隠し持っているはずだ。
それは、宝物の中にはない。
もっと、別の場所にあるはずだった。
俺は、玉座そのものを注意深く調べる。
そして、玉座の裏側に小さな隠しスイッチがあるのを見つけた。
俺が、そのスイッチを押す。
すると、玉座がゴゴゴと音を立てて横にずれた。
その下には、地下へと続く隠し階段が現れる。
「な、なんだこれ!?」
リックたちが、驚いてこちらに駆け寄ってきた。
「まだ、何かあるのか。アッシュ」
「ああ、こいつが本当のお宝だ」
俺は、松明を手に隠し階段をゆっくりと下りていった。
三人も、興味津々な様子でついてくる。
階段の下は、小さな部屋になっていた。
そこは、鍛冶工房のようだった。
部屋の壁には、様々な道具がかけられている。
そして、部屋の中央にある作業台の上に一枚の羊皮紙が置かれていた。
その羊皮紙には、複雑な図形が描かれている。
「これは、設計図か?」
ミリアが、不思議そうにつぶやいた。
俺は、その設計図を鑑定してみる。
【ミスリル銀の合金鎧の設計図:失われた古代ドワーフの技術で書かれている。最高級の防御力を誇る鎧を作ることができる】
「……これだ」
俺は、心の中でガッツポーズをした。
これが、この依頼の本当の目的だった。
この設計図があれば、セレスティアの破滅フラグの一つを折ることができるかもしれない。
彼女は、同僚の罠にはまって再起不能の重傷を負わされる運命にある。
だが、この鎧があればその攻撃を防げる可能性があった。
「すごい発見だな、アッシュ。それ、高く売れるのか?」
リックが、無邪気に聞いてくる。
「いや、これは売らない。俺が、使う」
俺は、設計図を大事にアイテムボックスにしまった。
工房の中には、他にもいくつか珍しい鉱石が置かれている。
それらも、全て回収しておくことにした。
俺たちは、廃坑から外へと出た。
外は、もう夕暮れの時間だった。
オレンジ色の光が、俺たちを優しく照らしている。
俺たちは、アークライトの街へと帰ることにした。
帰り道、リックたちが今日の戦いについて興奮した様子で話している。
「アッシュの最後の動き、すごかったな」
「うん、まるで英雄みたいだった」
「師匠は、やっぱりすごいんだよ」
三人の賞賛の言葉を、俺は少し照れくさい気持ちで聞いていた。
俺が、ただの村人だって言ったらこいつらはどんな顔をするだろうか。
まあ、言うつもりはないんだけどな。
俺たちは、ギルドに依頼の完了を報告した。
ギルドマスターは、俺たちが無事に帰ってきたことに驚いていた。
「お前たち、本当にやり遂げたのか。しかも、ほとんど無傷でとはな」
彼は、感心したようにうなずく。
「特に、お前たち三人は見違えるように成長したな。いい顔つきになったぜ」
ギルドマスターに褒められて、リックたちは嬉しそうにしていた。
俺たちは、報酬の金貨を受け取った。
宝物も、ギルドで換金してもらう。
それは、俺たちのパーティの共有財産としてミリアが管理することになった。
その夜、俺たちは宿屋の酒場でささやかな祝杯を上げた。
もちろん、俺たちが飲むのはジュースだ。
リックが、今日の戦いで手に入れた金で新しい剣を買うんだと意気込んでいる。
リナは、新しいブーツが欲しいらしい。
ミリアは、もっと難しい魔法の勉強がしたいと言っていた。
三人は、それぞれの目標を見つけて目を輝かせている。
そんな彼らの姿を見ていると、俺もなんだか嬉しい気持ちになった。
パーティを組むのも、悪くないかもしれないな。
俺は、ジュースを飲みながらそんなことを考えていた。
ふと、酒場の隅で冒険者たちが話しているのが耳に入る。
「おい、聞いたか。王都で、聖女様が見つかったって話だぜ」
「ああ、なんでも教会で奇跡を起こしたとかで、大騒ぎになってるらしいな」
その言葉に、俺はぴくりと反応した。
聖女、クローディア。
原作の物語が、また一つ動き出した合図だった。
俺も、そろそろ王都へ向かう準備を始めなければならない。
だが、その前にやるべきことがある。
この設計図を使って、最高の鎧を作り上げることだ。
俺は、アークライトの街で腕のいい鍛冶屋を探すことにした。
その夜、俺は自分の部屋のベッドの上で設計図を広げていた。
そこに描かれた古代の文字を、俺はなぜか読むことができた。
これも、原作知識の力なのだろうか。
設計図を読めば読むほど、その技術のすごさが分かった。
これは、ただの鎧ではない。
着る人の魔力に反応して、形を変える魔法の鎧だ。
これを作ることができれば、俺の戦力も大きく上がるだろう。
問題は、材料とそれを作れるだけの腕を持つ鍛冶屋がいるかどうかだ。
俺は、窓の外に広がる夜空を見上げた。
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