3枠目【修羅場】推しとの共同作業、地獄でした。

 推しとの共同作業中です。文字列だけ見れば、幸せこの上ない。しかし、現状は最悪だった。

 委員会決めをした日の放課後。


「本当は日直の仕事なんだけど、面倒だし委員長頼んだ」


 山本はへらへらと笑いながら分厚い日誌を渡してきた。

 何らかしらの形で裁きが下れ。俺は心で祈りながら、それを受け取った。

 仕事の一つ、日誌を書いている最中なのだが、筆はなかなか進まない。授業の欄に一言書くところがあるのだが、書くことが思いつかないのだ。


「こういうの苦手なんだよ」


 ぼやきながら、ペンの先を紙に落とす。

 嫌な仕事も推しとなら幸せ。そう言いたいのだが、現状会話ゼロ。閑古鳥が鳴く教室で、黙々と作業をしているだけ。どこに幸せを見出せばいいんだ。

 腕を組んで日誌に書く内容を考えていると、綴が口を開いた。


「影冬くん、変わったね」

「え、そうかな」


 何にも喋らないと思っていたから、驚いた。


「特に見た目」

「見た目ならすぐに変われるだろ」

「たしかに。そうかも」


 再び沈黙が落ちる。生半可に話したせいで、静寂が強調された気がする。

 気まずさに耐えられない。そう思っていると、意外にも綴は再び口を開く。


「やっぱり、中身も変わったよ。委員長とか、やらなかったじゃん」


 綴は視線を落としていて、どこか悲しそうに見えた。 


「それを言うなら、綴も変わったってことにならないか」

「私が委員長やるの、意外?」

「ま、まあ」


 しまった。真面目で頭が良いと推薦されたのに、これじゃあそれを否定したことになるかもしれない。

 言い訳を探していると、綴は笑った。


「だよね。私も、そう思う」

「なんだよ、それ」


 思わず笑みがこぼれた。

 暗いだけのやつだと思ってたけど、案外ユーモアあるんだな。……少し、見直した。

 よく考えればもちなんだから、当たり前か。


「じゃあ、早く仕事終わらせて、帰ろ?」


 綴は黒板から離れて、俺の手元を確認する。


「あれ、全然進んでない」

「いや、文とか考えるの、苦手でさ」

「ふーん」


 こちらをジッと見てくる。髪の隙間から悪戯な笑みが見えた。


「じゃあ、一緒にやろ」

「役割分担してたのに、いいのか」

「終わらせないと私も帰れないから、仕方なくね」


 声音は弾んでいて、仕方なくとは思えない。

 こっちに気遣いさせないように言ったんだろう。


「優しいんだな」


 小さく呟いた。


「え? なんて?」

「いや、何もない。早く終わらせよう」

「うん」


委員長の仕事は綴の活躍ですぐに終わった。

荷物をまとめて教室を出ようとすると。


「ちょっと待って」

「どうかした」


 半分廊下に出た体を教室に戻す。


「まだ教科書入れ終わってないよ」


 言っている意味が分からなかった。

 ……もしかして、一緒に帰るつもりなのか。

 いや、確かにこの状況で別々に帰る方が、おかしいのかも……。


「廊下で待ってるよ」

「うん」

「ちょっと、急がないとな」


 教室から出てきた綴は、スマホで時間を確認してつぶやいた。


「なんか用事があるのか?」


 少し気まずそうにして、頷いた。


「まあ、ね」


 もちの配信は20時から。現在の時刻は17時。

 帰宅するには電車に乗る。綴も同じだろうから、帰宅時刻は18時くらいになるだろう。

 配信の準備の時間も考えると、急がないといけない。

 そういう、ことだよな。


「待っててくれたのに、ごめん。私、急がないとだから先行くね」


 綴は謝りながら走り出す。


「廊下を走るな―」


 どこからか先生の怒鳴り声。


「ご、ごめんなさい」


 綴の震えた声が廊下に響いて聞こえた。



その日の夜。


『枯野木もちが配信を始めました』


 いつもの時間。いつもの通知。俺は配信を開いた。いつも通り雑談が始まる。


〈なんとなんと、私、委員長になりました!〉


 枯野木もちが言うと、コメントが流れる。


『すげー』

『おめでとう』

『大変じゃないの』

『頑張って』


 もちは適当にコメントを拾いながら、会話を続ける。


〈隣の席の子が委員長になったから、そこまで大変じゃないよ〉


『影薄男くんだっけ』

『高校デビューの子か』


 綴と同じタイミングで委員長就任。やっぱり、そうだ。綴がもちだ。

口では配信を知らないなんて言ってたけど、そんなの嘘だったんだ。


「これ、もう確定でいいよな」


 スマホを持つ手が震えていた。

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