4枠目【歌ってみた】まさかの陽キャイベント、カラオケです。

 授業に集中できるわけがない。推しが隣にいるんだから、仕方ないよな。

 昨日の配信が、延々と頭をループする。今までの一致に加えて、委員長が加わった。しかも、相方が影薄男。

 これが、偶然オチ?

 ありえないだろ。

 だからと言って、問い詰めるわけにもいかない。極論、偶然の一致で逃れられるからだ。

 それに、身バレはVTuberとしてリスクになる。このことは、心に留めておく。それがファンとしての責務だ。

 俺が結論に満足して頷いていると。


「いいことでもあったのか」


 玲央が奇怪なものでも見るような、冷たい目を向けてきた。


「まあな」

「そりゃよかった。ところで、この後暇か?」

「まあ、暇だけど」

「カラオケいかねってなってんだけど、来ないか」


 歌は好きだ。毎日風呂場で熱唱している。でも、カラオケなんて小学生の時に家族と行ったきりだ。しかもレパートリーはもちが歌ってみたを出している曲のみ。

 俺はこの手札でイベントを乗り越えられるのか。……いや、陽キャ力を上げるには、乗り越えるしかない。


「いいじゃん。いこーぜ」

「よっしゃ。じゃ、そういうことで」


 玲央はその場を後にしようとする。ここで妙案が思い浮かんだ。綴を誘えば、歌を聞ける。つまり。これはもちの歌を身近で聞くチャンスじゃないか。

 玲央の肩を握って、耳打ちする。


「綴誘っちゃダメか。委員長同士、まだ気まずくて。ここで仲を深めたい……みたいな」

「全然いいよ」


 玲央は全く嫌がる素振りもない。


「さんきゅ」


 玲央が去るのを確認して、帰りの準備をしている綴に声を掛ける。


「カラオケ、よかったら綴も行かないか?」

「……え、私?」

「嫌かな?」

「嫌じゃないけど」


 綴は俯いてしまう。少しして、顔を上げる。


「ごめん。放課後は用事があって」

「そっか。残念だけど、仕方ないね」

「本当は行きたかったんだけど、ごめん」


 何度も謝ってくるから、こっちが悪いことをしている気分になる。


「いや、ほんと大丈夫だから」


 今思えば、カラオケなんて行ったら配信の準備が出来ない。もちの歌声を生で聞けないのは残念だが、こればっかりは仕方ない。

 気分が落ちそうになるが、自分の頬を叩いて気合を入れなおす。今は、それよりも大事なことがあるだろ。

 陽キャイベント、カラオケ。これは俺の陽キャ力を上げる初めのイベントだ。心して挑まなければいけない。

 帰りのホームルームが終わり、玲央のあとを追って廊下に出ると。そこには派手髪の女子生徒と、ガタイの良い男子生徒。これがこのクラスの陽キャグループか。


「うっわ。髪の毛派手委員長だ」


 何が面白いのか、ケラケラと笑いながらピンク髪を揺らす女子生徒。

 お前のほうが派手だろ。なんていうツッコミを心の中でしつつ、俺は微笑む。


「如月影冬だ。よろしく」


 少し硬かったかな。


「俺は大橋太一だ! よろしくな!」


 耳を塞ぎたくなるほどの大きな声。服を着ていても分かるガタイ、短く切りそろえられた髪。いかにも体育会系だ。


「うちは藍坂桃」


 派手髪女子生徒は髪を弄りながら自己紹介をしてくる。


「よ、よろしく」

「ちょっと、なんか引いてない? ショックなんですけど」


 不満げに唇を尖らす。

 俺はそれを見て、不安が高まった。

 演じ……きれるのか、これ。


 *


 既に帰りたい気持ちでいっぱいです。バンドとか分かんないって。

 最近有名なアーティストだったら、稲津素人くらいなら名前は知っている。でも、曲はもちが歌ってた『Melon』しか知らない。

 有名だし、これで一旦お茶を濁すつもりだったのに。

 なんで玲央、お前が歌っちまうんだよ。

 太一の合いの手上手すぎだし。

 肩身が狭い。

 ストローでちびちびとジュースを飲んで、気を紛らわせる。


「あれ、かげっち歌わないの?」

「か、かげっち?」

「影冬だからかげっち。いいっしょ」

「そ、そうだね」


 もう、否定する気持ちすらなかった。


「ほら。曲入れなよ」


 タッチパネルを渡してくる。俺の手は、汗でべっとりだった。

 この場でアニソン、ボカロを歌おうものなら陽キャのメッキは一瞬にして剥がれ落ちる。

 唯一の切り札。「Melon」も封じられた。どうする。何を入れる。……いや、これなら何とかなるかもしれない

 俺の歌う番が、訪れた。

 画面に表示されたのは「愉快な悪魔のテーゼ」誰もが知っているであろうアニソン。この曲はアニソンだが、アニソンの枠を超えた知名度があるはず。

 恐る恐る周りを見る。

 その表情は――笑顔。どうやら、なんとかなったようだ。


 *


 それから俺はのどの調子が悪いと言って、歌わずにいた。「影冬の歌、うまかったからもっと聞きたかった」と玲央は言ってくれたのは、少しうれしかった。

 帰り道。桃と太一とは別れ、道が同じの玲央と帰ることとなった。


「今日は来てくれてありがとな。退屈だっただろ」

「い、いや、そんなこと」

「気使わなくていいよ。歌わないでカラオケとか、俺だったら耐えらんないし」

「そんなことない。楽しかったよ」

「それならよかったけど。影冬、委員長になったわけだしさ、クラスメイトの仲を持たないと、とか。気を使ってくれたのかなって思ったんだけど」


 玲央は正面だけを見て歩いている。街頭に照らされる横顔が、悔しいくらい美しかった。


「そんな深く考えてないよ。と、友達と、遊ぶのにそんな理屈こねくり回す必要あるか」

「それもそうだな。じゃあ、今度はボーリングとかさ行こうぜ。俺、得意なんだ」

「俺も得意だぜ。じゃあ、勝負だな」


 容姿、性格、陽キャ力の塊だ。こいつは眩しすぎる。

 俺はこいつと、本当に友達なのか。

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