2枠目【朗報】まさかの推しと委員長ペアになった件。
推しの中身が本当に綴なのか確かめる。その決意を胸に登校したはずだった。
しかし、勇気はなかなか出なかった。
このまま訊かないでいると、緊張で死んでしまいそうだ。早いとこ訊いて、楽になろう。
大きく息を吸って、吐く。
よし。
「お、おはよう」
綴に向かって挨拶をする。しかし、視線は本から一切動かない。
「あのー綴……さん? 聞こえてますか」
気まずさから、敬語になってしまった。
「え、あ、うん」
綴は驚いた様子で、こちらを見る。どうやら気づいてなかっただけらしい。
「ちょっと質問してもいい?」
「なに」
出鼻を挫かれたせいで、勇気はどこかに消えていた。緊張で手が震える。
大丈夫。大丈夫。
拳を強く握りしめて、一言ずつ確かめるように言う。
「綴って、配信とか、好き?」
「……配信って?」
終わった。こんな直球な聞き方じゃ上手く行くわけがない。俺のバカ。
「ゲーム配信とか、雑談とか。最近、流行ってるやつ」
「なんで」
「なんでって……世間話だよ。世間話」
返事が返ってくるのが遅くて、まるで永遠を過ごしている気分だった。
綴は少し考えた後、言った。
「嫌い」
時間が止まったみたいに、教室が静まり返った気がした。
「……え」
「いや、何でもない。忘れて」
本に視線を向ける。もう話さないという意思表示だ。
失敗だと思っていた。でも、これって。こんなあからさまな態度、もう確定と言ってもいいんじゃないか。
そもそも、影薄男、同じ中学の生徒、隣の席。ここまで一致しているんだ。確認しなくたって、もちは綴と断定したっていいはずだ。
頭では分かっていても、万が一ただの偶然だったら。そんな可能性が頭をチラつく。
もし、綴がもちじゃないのにVTuberの話をしたら……。そしたら、俺はVtuberオタクであることを暴露しただけになる。
そして、その事実が広まったら、せっかく擬態した陽キャのメッキを自ら剥がす結果になる。
『もち=綴』説は俺の中でさらに濃厚なるだけという結果で終わってしまった。
どうにかして確定させたい。俺が唇を噛んで悔しがっていると、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。
*
「それじゃあ、委員会を決めていくぞー」
山本先生のけだるげな号令を合図に、ロングホームルームが始まった。
「まずは委員長から。決まったらここからの進行、頼む。それじゃあ、委員長やりたい人ー」
山本が手を挙げながら訊く。しかし、誰も手を挙げない。そりゃそうだ。大変な仕事を進んでやるやつなんて、そういない。
「困ったな。他薦……も、ほとんどが初対面だろうから、ないよな」
山本は唸りながら腕を組んで、考えるような仕草を取る。
これはチャンスかもしれない。
委員長は損な役割だと思う。しかし、陽キャを演じ切れていない現状を打破する良いきっかけになるかもしれない。
心臓が痛いぐらい脈打つのを感じる。手を挙げるなんて、恐れ知らずだった小学生以来だ。
震える右手を左手で押さえる。そして、ゆっくりと手を挙げた。
山本は「おっ」と声をあげる。手元にある名簿に視線を落とした。
「えーっと、影冬、やってくれるか」
「誰もいないなら、やります」
声が震えないよう、なるべく堂々とした態度を心がけた。
「それじゃあ、男子の委員長は影冬に決定でいいよな。賛成の人、拍手」
大きな拍手が教室に響き渡った。
「あと女子を決めないとだけど。ま、面倒だしあとは影冬、頼んだ」
山本はいい加減なことを言って教卓から去る。なんだこの適当な教師は。先が思いやられる。
俺は机を支えにして立ち上がると、恐る恐る教室の前へと歩みを進めた。
教卓に手をついて教室を見渡すと、ほとんどの視線がこっちに向いていた。シャツが体に張り付いて気持ち悪い。
なるべく人の顔を見ないようにして、問いかける。
「そ、それじゃあ、女子で委員長をやってくれる人、居ますか」
先ほど同様、誰も手を挙げない。
俺がもっとイケメンなら、下心で立候補する人もいただろうな。そんな自虐をしていると、一人の生徒が手を挙げた。
「私、綴さんがいいとおもいまーす」
そう言ったのは茜だった。
「やっぱり、委員長は真面目でしっかりした人がいいと思うんですよ。綴さんはしっかりしているし、頭もいいので適任だと思いまーす」
よりにもよって綴だと。 確かに真面目ではある。だからと言って委員長はないだろ。日陰者には、こういう表の仕事は向いていない。
しかし、そんなことを口にすることは出来ない。
「綴さん、どうですか」
綴はもじもじとして、恐る恐るといった様子で言う。
「迷惑じゃなければ、やります」
小さな声で、聴きとるのがやっとだった。
どうしてやるなんて言うんだ。陰キャが委員長なんて、後々嫌な思いをするに決まっている。
俺が何も言えないでいると、山本は不思議そうに首を傾げて、立ち上がる。
「それじゃあ、綴さんが委員長で異論無い人は、拍手」
大きな拍手の音が教室を満たした。
幸か不幸か、俺は推しとの接点を得ることとなった。
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