深き眠りの中で
メビウスの手配でエルクリッド達はホークの街の中心部から少し北にある高級宿に泊まることとなり、部屋に入って早々にエルクリッドはベッドに飛び込むように寝そべり、深く息を吐き全身の力を抜いて同室のリオを呆れさせる。
「無理しすぎですよ。流石に昨日あれだけの戦いをしたばかりなのですから」
「うぅ……傷は塞がってるんだけどなぁ……」
タラゼドの治療に加えて持ち前の回復力で傷は癒えている、しかし限界まで魔力を消費しアセス全ての消耗までは回復とはいかず、またエルクリッド自身もバエルとの戦いで受けた重圧等の精神的な疲労も一気に遅れて来てしまっていた。
ふかふかで何処までも沈むような柔らかなベッドは眠気を誘ってそのままエルクリッドを眠らせ、リオも特に起こそうとはせずそのままにして荷物だけ整理を済ませる。
(さて……私もしばらくは休み、ですね)
ノヴァがシェダとタラゼドと共に街に出ているのもあり、自然と留守番という形となるリオだが素直にそれを受け入れ椅子に座りカード入れを机に置く。
すーすー寝息を立てて眠るエルクリッドをチラリとリオは見つめ、初めての出会いから彼女の真っ直ぐにひたむきで、悲願を達成するまでの様々なことを思い返しながら微笑む。
(思いの強さで夢を実現した……か。私も、道を決めねばなりませんね)
騎士としての役目を果たすこと、国に尽くす事はリオにとって苦ではなく誇りそのもの。五曜のリスナーになる事も国を思えば名声に繋がるものだ。
だが迷いが完全に切れたわけではない。貢献というのなら別の方法もあるのかもしれないし、何よりエルクリッド達を見届ける役目を果たすだけのつもりだったのもあり、自分の本心は何処にあるのかと思ってしまう。
(リオ、悩む事はないのではないですか?)
(ローズ……私は……)
心に語りかけるは戦乙女ローズ。リオの答えを聞く前に進んでくださいと言って優しく言葉を紡ぐ。
(今できる事をこなす、それに変わりはないのですから。あなたの道が何であれ我々は共に進み、そして仲間達も応援する事もまた変わらない……少なくとも、今のあなたはアンディーナの騎士である事の誇りは持っていても、リスナーとしてはリオ・フィレーネ個人の思いを尊重し判断するのが適切と考えます)
騎士としての誇り、リスナーとしての思い。ローズの助言を受けてリオは両手を見つめ、それから普段エルクリッドがやっているように己の両頬をパンっと叩く。
だが少し力が入りすぎたのもありヒリヒリとした痛みと赤く手の跡がついてしまい、それにはローズは苦笑し、同じようにクー・シーのランも苦笑いをしケット・シーのリンドウに至っては笑い転げる始末だ。
(あっはっはっはっ! リオちゃんも不器用だな、相変わらず……)
(リンドウ、一言余計だ。だが、我らがリオ殿と共にある事には変わりない)
(リンドウ、ラン……そしてローズ、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします)
ふっと笑いながらアセス達の存在へ感謝しつつリオは目を開け、ひとまず今やれる事としてカードの確認から手をつけ始めるのだった。
ーー
深く深くエルクリッドは眠りにつく。赤き水面の上に横たわる精神世界に辿り着き、やがて自分と同じ姿をしたアスタルテと共に寝そべり手を合わせる。
「お姉様も随分強くなりましたね……今ならば、その身体をアタシのものにしてもいいかもしれませんね」
「その気がない事言っても無駄だよ。しようとしても負けないけどさ」
余裕の笑みを浮かべるエルクリッドにアスタルテが覆い被さり、そのまま擦り付けるように身を寄せエルクリッドもそっと抱く。
バエルという強敵を相手に
(バエルよりも強い人達……師匠も、勝ってるんだよね)
エルクリッドの師クロスはリスナー最高峰の名リデルに到達した者の一人であり、そしてバエルにも勝利している数少ないリスナーだ。
バエルに勝った今、クロスと戦う事もできる。同時に本気の彼がいかに強いかというのも考えさせられ、まだまだ力不足なのを感じていた。
「アスタルテ、もっと力を引き出せるようにするには……」
「ご心配なく、お姉様はまだまだ強くなれます。アタシもできる限りの事はしましょう、それもまた、ネビュラの意思」
そう、と素っ気なく答えたエルクリッドだったが、ネビュラの事を思い出して複雑な思いが駆け巡る。
彼がいなければほとんどの災禍は起こらなかったのだろう、だが、自分もいなかった。
大罪人、狂気の研究者、許されざる者、そして、最後に生命を救ってくれた事も事実とエルクリッドは再認識しつつ、もうしばらくアスタルテと共に赤い水面に寝そべり目を瞑る。
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