炎の中で

 真化を果たした二体の火竜が相対し、各々が発する熱が気温を上昇させ何もない地面を発火させる。

 やがて炎は大きく、広く、二人のリスナーを炎の中へと包み込むほどの大火となり、戦う前からぶつかり合う思いを表すかのよう。


 かつて初めて出会った時も同じように炎の中であった。燃えるメティオ機関の庭を舞台に戦いエルクリッドは敗れ生き延び、そしてここまで来た。


(あの時、教官が助けてくれなければ……あの日、あたしが試験を受けてなければ……運命は変わってたのかもしれない。あたしの運命も、バエルの運命も……)


 もしもの未来はあったのだろうと思いながらもエルクリッドは頬をパンっと叩き気を引き締め直す。


 多くの思いを背負ってここに来た、バエルに勝つ事を目標として日々を過ごし今最大の試練に届き立っている。

 魔力もカードも十分ある、心構えもできている、あとは一人のリスナーとして勝利までの道筋を描けるかどうか、掴めるかどうか。


「エルク、行くぞ」


 静かに前を見つめたままのヒレイが声をかけ、エルクリッドもカードを引き抜き頷く。


「うん、行くよヒレイ! 霊術スペル発動エルトゥ・フォース!」


 翼を広げ臨戦態勢となったヒレイへエルクリッドの霊術スペルが発動され、それを受けたヒレイが口から白い炎を吐きマーズへ先制攻撃をかける。対するマーズは左手を前に出して黒い炎の渦を作り出し、広がっていくその渦がヒレイの炎をかき消し無力化していく。


(らしくないなマーズ、防御するとは……)


(貴様とて節穴ではなかろう、あの若僧の力と小娘の力……奴に比肩すると)


 目を細めるマーズの言葉に偽りがないのはバエルも理解しつつ、同時にそれが勝機への助言とも受け取る。

 マーズ以外のアセスを全て使い切らされ追い詰められているが、それはバエルにとってマーズがいれば覆せると言えるからだ。


 無論エルクリッドもバエルとマーズの実力はよく知っているし、以前叩きのめされたヒレイも攻撃が無駄と悟ると炎を吐くのを一旦止めて様子を伺う。


(さすがに強い、な……だが超えて行かなければ勝てはしない……!)


(その通りだよヒレイ。あたしはバエルに勝ちたい……リスナーとして、勝つんだ!)


 エルクリッドの強い思いがヒレイを動かす。尻尾で地面を強く叩いて猛進し真っ向から挑み、それに対し飛翔し華麗に避けたマーズは黒い炎を纏う爪で切りつける。

 が、赤い外骨格で上手くそれを防いだヒレイが反転しつつ白の火炎弾を口から放ち、それをマーズも尻尾で弾き飛ばして躱す。刹那、目が合うと同時に二体の火竜がそれぞれ火炎弾を相手に向かって放ち、ぶつかり合う白と黒の火炎弾が爆発を起こし嵐を呼ぶ。


 巻き起こる土煙を突き破って二体の火竜が飛翔するとほぼ同時に相手に向かって飛び、すれ違いざまに互いを爪で引き裂きそれぞれの身体に傷がつく。当然、それはリスナーにも反射として現れ、エルクリッドはそこから高等術ディバイダーをマーズにはしていないのを悟り、同時に攻撃は通じるのを認識しカードを抜いて思考を進めた。


(攻撃は通る、でもヒレイはマーズみたいにまだ器用に炎を扱う事はできない。だからその分、あたしがやらないと……!)


 マーズが指先に黒い炎を灯して弾くように突き出しそれらをヒレイに向かって放ち、追跡してくるそれらをヒレイは引き離してから反転し白の炎で焼き払って迎撃する。だがその間にマーズが自由に動ける為に一気に頭上を取られ、黒の火炎弾を吐かれるがすぐにエルクリッドのカードが守りに入る。


霊術スペル発動エルトゥ・ガード!」


 真白の魔法陣が火炎弾を受け止めるとすぐに消滅しながら攻撃を防ぎ、立て直したヒレイがすぐにマーズへ突撃し外骨格の突起を使って押し飛ばす。


「若僧が……! 頭に乗るでない!」


 鋭い眼光を飛ばしながら強く言い放つマーズが後ろへ下がろうとしたヒレイの尻尾の先を掴んで引き寄せ、そのまま首を掴むと黒い炎を掌で炸裂させ炎上させる。

 煙に包まれてヒレイが墜落していくが、すぐに頭を振って気を引き締め直すと地面に激突する前に翼を広げ急停止し、刹那に上空から落石のように降り注ぐ黒い炎の塊の雨を避けて再び飛翔しマーズと並ぶ。


「少しはやるようだな……だがその程度で勝てる妾ではないぞ?」


「ならば勝つまで攻め続ける、相棒の願いの為にもな!」


 マーズへ強く返したヒレイの外骨格が熱を帯び、身体を回転させながら尻尾を振るうと白き炎の刃が放たれ、咄嗟にマーズは両腕を交差させて受け止めるも勢いの強さに押され、だがすぐに力づくで腕を広げ刃を砕く。

 刹那、マーズの視界からヒレイが消え、すぐにバエルとの視界共有で真上から白き炎を纏った掌底を放ち迫るのを察し、黒き炎の掌底で迎え撃つ。


 ぶつかり合う掌底同士が互角のぶつかり合いとなり再び爆裂し二体の火竜が身を翻す。力は互角、そう判断したマーズは全身の熱量を高め黒き炎を衣の様に身体へ纏う。


「ツール使用、魔竜の爪」


「ツール使用、ミスリックアーマー!」


 漆黒の鉄爪がマーズの両手に装着され、黒き炎を纏いより輝きを増す。それに対しエルクリッドはヒレイに銀の鎧ミスリックアーマーを纏わせ、炎の模様浮かぶそれが赤身を帯び守りを固めた。


 ひと呼吸置いてマーズが爪を振るって黒き炎の爪撃を放ちそれをヒレイが回避し、だがすぐにもう一撃放たれ今度は直撃するも外骨格の部分で受けた事で少し身体が欠ける程度に留める。

 反撃にとヒレイが白い炎の火炎弾を吐きつけるが、それは手で止められ握り潰されてしまいマーズの本気を改めて認識させられた。


「二度も若僧共に遅れを取るような事はせぬ……少々不本意であるが、妾の誇りをもって貴様らを叩き潰してやろう……!」


 二度、その言葉の意味はエルクリッドには理解でき、同時に闘志を燃やすマーズを見てバエルもまた笑みを浮かべてるのがわかった。

 戦いを楽しんでいる、それはあらゆる束縛から解き放たれ純粋に戦えるという喜びか、あるいは力を出せぬ程に加減し続けた相方が解き放たれた喜びか、どちらにせよ、エルクリッドとヒレイも恐れることなく迎え撃つ姿勢で臨む。


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