最強の所以

 両手をついたプルートが黒き雷を水浸しとなった戦場へ走らせ、咄嗟にセレッタは自分より後ろの水を操って小波を起こして移動させ対応し、さらに迫り来るサターンもその水量を前に押され水蒸気に包まれながらその場に留められる。


 水属性一択のセレッタに対してプルートは多数の属性を使いこなし厄介そのもの。しかし、エルクリッドは焦る事なくバエル戦を想定して行ったタラゼドとの模擬戦を思い返し、彼の助言一つ一つを紐解く。


(魔法使いは必ず動作か詠唱を行う、威力があればあるほど大きなそれが必要になる、だよね。プルートはその点で言えば、タラゼドさん程じゃない、かな)


 全ての属性を使いこなす魔法使いは稀な存在であるが、エルクリッドからすればタラゼドの方が実力は上と見た。そしてそれは、実際模擬戦を経たセレッタも感じ入るものであり、どうやって攻略し勝利へ導くかを考えながら蹄から水をゆっくりと噴き出す。


「エルクリッド、戦いのトリを飾るのがヒレイとなるのは僕としては不本意ではありますが、麗しき貴女の勝利へ繋がるならばこのセレッタ全霊を尽くしましょう」


「ありがとセレッタ。あたしも、ちゃんと見て手助けするから」


 ヒレイに次いで長くアセスとして付き合いがあるセレッタの想いの深さはエルクリッドもよくわかっている。水馬ケルピーという種族故の気質はあれども、彼の凛々しく美しき水魔法の数々には多く助けられたから。


 そのセレッタの為にできる手助けと、今の状況と相手の布陣、バエルの戦術や思考を読み裏をかくにはどうすればいいのか、静かに水面に佇むかの如くエルクリッドの心は落ち着き、刹那に水蒸気が晴れると共にセレッタがいななき天から雨を降らす。


 降り注ぐ雨は一気に強くなり紅蓮装甲を纏うサターンはその鎧の影響もあって水蒸気に再び包まれるも不動を貫き、プルートは勢いに負け慌てて結界で雨を凌ぐ。

 その間にセレッタが水に紛れ姿を消したのをバエルは見逃さずすぐにカードを引き抜くが、エルクリッドも同時にカードを使わんとしてるのを捉え咄嗟にカードを変えた。


「スペル発動アクアソーサリー! セレッタ!」


(以前よりも動きが速い……!)


 水に潜み自在に移動し神出鬼没に現れる水馬ケルピーセレッタがバエルの想定を越えた速さで駆け抜け、プルートを後ろ足で蹴り上げながら姿を現す。水を通して結界の内側に侵入され不意を打たれた事でプルートは大きく飛ばされ、すかさずサターンが反転し飛び立つが距離があった事から間に合わずセレッタは既に水の剣でプルートを囲い狙いを定めていた。


「とった……!」


 不意を突いての攻撃にエルクリッドもぐっと手を握り成功を確信した、その時、全ての色彩が白と黒の二色のみとなったかと思うとプルートを囲っていた水の剣が消え、さらには辺りに降り注いでいた雨も水溜りも消え去っていた。

 一体何が起きたのかはわからないが、咄嗟にセレッタは跳躍して上体を起こしたプルートの頭を直接踏みつけ、そのまま体重をかけ地面へ叩きつけ踏み砕く。


 刹那、エルクリッドがプロテクションのカードを発動し背後に迫っていたサターンの体当たりからセレッタを守り、交差するように両者は互いのリスナーの元へ戻り仕切り直す。


 手元へ戻ってくるサターンのカードを淡々とバエルはしまう様子をエルクリッドは見つめ、彼の顔に少しだけ青あざが浮かぶも反射としては小さいのを確認し、さらにサターンが纏っていた紅蓮装甲が消えてる事から何かを確信しながら静かに口を開く。


「やっぱり、反射が少ないね……何かしてる、ってことだよね?」


「……気づいたか」


 隠す様子もなくバエルは返答すると、その恐るべき答えについて明かし始める。最強のリスナーと呼ばれる者の持つ、その術の名を。


「高等術ディバイダー……リスナーの魔力を予めアセスのカードに留めておくことで反射の影響を最小限とし、なおかつリスナー自身の魔力を供給せずとも蓄積した分だけでアセスは活動できるというのを使った」


 初めて聞く名前とその内容はバエル本人とタラゼドを除く者達を驚愕させるには十分すぎるものであった。

 だがすぐに矛盾も浮かぶ。リスナーの魔力は一定以上蓄積させる事ができず分散してしまうため、バエルの言うように予めカードに蓄積させておくのは不可能である。


 だがその疑問についてもバエルは隠さずに、魔力を変質させたと述べてからさらに答え合わせを続けていく。


「リスナーの持つ魔力の拡散と解放する性質を極限まで弱める事で弾く性質まで変質させられる。それにより、魔力を蓄積させたカードを覆う形とすれば可能となる……無論、十分に戦えるだけの魔力を蓄積させその状態を維持するのは容易ではないが、な」


 リスナー特有の魔力性質を弱めれば確かに魔力を弾く性質に変える事はでき、それを応用して高等術ディバイダーとするのはエルクリッドも理屈では理解できた。

 だがその為にはどれだけ鍛錬を重ね必要な魔力を計算できるか等想像を絶する課題が多く、それを実現させたバエルには戦慄の一言に尽きる。


 世界最強と言われる所以を見せつけられた事で冷汗が流れるもののエルクリッドは手で拭いつつ恐れを振り払い、もう一点の疑問について触れた。


「さっきの攻防……一気に魔法が消えたのは、神獣ウラナを使ったから、であってるよね」


 その名を口に出した事でノヴァ達により緊張が走るが、バエルは特別驚きもなくその通りだと述べてカード入れから神獣ウラナのカードを出してエルクリッドに見せる。


 全てを飲み込み喰らう影の神獣、色彩も損なわれていないそれがバエルの手にある事はエルクリッドにとって脅威であるが、すぐにそれをバエルは使うつもりはないと言って手を下ろす。


「あなたなら召喚できるのに?」


「神獣を己の力と誇示する程愚かではない、相手が神獣を持っていないならば尚の事……だが使わねば危機を回避できないと追い込まれたのも、使ったところで結果が変わらなかったのも事実、だ」


 戦いに真摯に向き合う姿勢は神獣相手であろうと貫き通す、そんなバエルにエルクリッドはフッと笑って応えつつも彼から追い込まれたという言葉を引き出した事を自信に変え、カード入れに手をかけセレッタも身構える。


「使わなくて負けたら、言い訳……はしないよね、あなたなら……!」


「お前を倒すのは俺がリスナーとして研鑽した全ての力と、俺と共に道を歩んだアセス達の全てだ。来い、エルクリッド・アリスター……!」


 戦いの終わりが近づく、しかしまだそこまで長いと両者は感じ取る。そして同じ舞台に立つことでお互いの声がよく聴こえる、そんな気がしてより闘志は燃え盛った。


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