バエルに挑む

 よく晴れたその場所にポツンと建てられた慰霊碑を見て彼は佇み、背後に現れるエルクリッド達を感じて振り返る。


 一歩前に勇み出たエルクリッドは落ち着いた様子で、振り返った男、熒惑けいこくのリスナー・バエルと相対し何も言わずに参加証を引き抜いて見せつけ戦う証があるのを改めて示す。


「……挑戦権は確認した」


「あたし、来たよ、あなたのいるとこまで……あの日の事をあなたから聞かせてもらう為にも、あたしはあなたに勝つ」


 目元を隠す仮面の下に何を思うのかはわからない、だが今はバエルと同じ場所に近づいたこと、そこへ立って挑めるまで来たのは改めてエルクリッドは思え、彼のすぐ後ろにある慰霊碑にちらりと視線を送るとすっとバエルは離れながらエルクリッドの横を通っていく。


「少し離れてやるぞ、故人に話があるなら済ませて来い」


 うん、とすれ違いざまに告げられた言葉にエルクリッドは返し、ゆったり進んで慰霊碑の前に立って片膝をついた。


 今いるここはかつて孤児の保護施設にしてリスナー養成機関メティオ機関があった場所であり、その慰霊碑は亡くなった者達へのものである。

 二年半前にバエルが火の夢エルドリックに関わる何かを破壊する為に施設とそこにいた者達を葬り去り、唯一卒業試験の為に出払っていたエルクリッドは助かり彼に挑みかかって、敗北を喫し敗走した。


(マヤ……クラブス教官……あたし、強くなったよ。色んな事を知って、経験して、あたしの秘密も知って……)


 メティオ機関の背後にネビュラ一派の影があり、親友アミエラことマヤが密かに調査員としていた事や、指導側として裏事情を知りながらも殿となり守ってくれたクラブスの事をエルクリッドは思い返す。


 かつて知らなかった真実を今は知っている、バエルへの憎しみも彼を理解する程に薄れ哀れみとも悲しみとも取れるものへと変わり、その上で、孤高にして孤独である彼と対極のものを求め今ここに来た。


 故人への祈りを終えてエルクリッドが振り返った時、十分に距離をとったバエルが腕を組んで佇む姿があった。堂々たる姿はリスナーとしての在り方を示すように、私情を一切挟まず戦いに集中し真摯に向き合うかのよう。


(やっと、ここまで来た……やっと……)


 一歩踏み出す度に足が重くなる。改めて自分が不安と恐怖と、緊張を感じてると自覚しながらも重い足を動かしやがて駆け足へと変えエルクリッドはバエルと向き合う位置につく。


 かつて彼と出会い挑んだ場所で、ようやく彼の立つ場所へ辿り着き今再び挑む。両頬をパンっと真っ直ぐに前を見るエルクリッドの瞳に迷いはなく凛とし、その奥で轟々と燃える闘志をバエルは感じ取りじっと見つめていた。


(力も技も心も十分……ここまで成長したか……)


 力のないリスナーと失望しながらも、彼女が排除すべき存在と知った。だが命がけで守ろうとした者がいて、可能性を信じた戦友がいて、そしてそれを経て少しずつ彼女を知り、強くなっていきながら運命に打ち勝って見せたのはバエルも知っている。


 今、エルクリッドは自身へ挑むに十分なものを備えているとバエルは実感し、火竜の星座を画く上着をおもむろに脱ぎ捨て袖なしの身軽な姿となり臨戦態勢となった。


「一人のリスナーとしてお前と戦おう、エルクリッド・アリスター……我が名はバエル・プレディカ、熒惑けいこくの名を持つ戦星司る者としてお前を倒す」


 相手を認め、捉え、名乗りと共に滾る魔力は赤い光となってバエルの身体を覆いながら重圧を伴う暴風となり一帯に吹き荒れる。

 見守る姿勢でいたノヴァ達も圧倒されそうになるがすぐにタラゼドが結界を展開して保護しつつ、真正面から受けるエルクリッドは踏み留まりながら一歩進み己の魔力を滾らせ巻き起こす風で圧をかき消す。


「五曜のリスナー、その偉大な名前と、あなたの圧倒的な力へ敬意を……その上で、あたしはあなたに勝ってみせる! あたしの為に、みんなの為に、あなたの為にも……!」


「来いエルクリッド、その思い全て力に変えて挑んで来い……!」


 最大限に高まった魔力の滾りが起こす風がぶつかり合って消滅しあい、刹那に無風となると共に二人のリスナーがカードを抜き戦いの火蓋が切って落とされる。


 エルクリッドにとってはずっと待ち望んだ瞬間であり、その資格を有するに至ったのは喜びであるのは間違いなく、だがその先の勝利目指し戦う。


「まずはあなたから! いくよ、ダイン!」


「デュオサモン! ムーン、ウラヌス、敵を叩きのめせ」


 エルクリッドは聖犬チャーチグリムのダインを召喚し、闘志の高まりを示すように遠吠えをするダインがバエルを見据える。かたやバエルは人狼ワーウルフのムーン、そして二刀流の魔人剣士ウラヌスを同時召喚し、逞しい身体に力を漲らせながらムーンも遠吠えでダインに返しながらウラヌスが二刀を鞘から抜く。


「スペル発動アセスフォース、マーズを対象としその力を使う……!」


「いきなりアセスフォースか!」


 観戦するシェダが思わず声に出してしまう程にバエルのそれは容赦のなさと、彼が本気である事を示すもの。

 アセスの力を魔法として放つアセスフォースはバエルが使う事で必殺のスペルとなり、それに使われるマーズの強さを表すような赤き流星を思わせる巨大な火球が天より放たれダインへと向かう。


 だが初手から一撃必殺のカードを切る事にエルクリッドは動じず、ダインも恐れることなく背負う円環を煌めかせながら解き帯状にし迎え撃つ。


「スペル発動ミラーフォース! ダイン!」


 白銀の光を纏ったダインが帯でアセスフォースの火球を受け止めると、投げ返すように帯でムーンとウラヌスへ向けて放つ。これにはバエルも仮面の下の目を少し大きくするも、刹那に火球をウラヌスが一刀両断し二つに割れた火球がバエルの遥か彼方まで飛んで爆発し巨大な火柱を上げた。


「……面白い、それでこそ待っていたかいがあったというものだ」


「当然! あたし達はあなたを超える為に頑張ってきた、そしてその先に行く為にも……!」


 かつては対処すらできなかったものに対応し、冷静に捌いた事はバエルにとっては喜ばしく闘志湧き上がらせる。そしてエルクリッドもまた不敵な笑みで応えつつ、拳を前に突き出しなが言い放ち勝利を目指す。

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