刃爪牙剣

 アセスフォースによる火球を弾き返されてもバエルに動揺はないのはエルクリッドも感じ取りつつカード入れに手をかけ、ダインも足に力を入れながら解いた円環を元に戻し一旦仕切り直しとなる。


 バエルの召喚するアセスは人狼ワーウルフのムーンと魔人剣士ウラヌス。ムーンは身体能力の高さと凶暴さ、虎視眈々と相手を倒す機会を狙う狡猾さを備え、ウラヌスはバエルの必殺のスペルを容易く切り裂き対応する腕前を持つ。


(デュオサモンでバエルが使えるカードの限度は減ってるけど、ムーンとウラヌスは接近戦が得意なのは確かだから狙ってくるのは……)


(これまでの蓄積から戦術構築をしている、か……容易くはいかないということか)


 相手の狙いを計算して戦術をエルクリッドは組み立て、その様子を見てバエルもすぐに攻めず緊張状態が続く。


 見守る側も息を呑む沈黙が続く中で、先に動いたのはバエル。ムーンが駆け出したのに合わせてカードを引き抜き、エルクリッドもまたカードを引き抜きダインも構えた。

 刹那に鋭い爪を閃かせムーンが襲いかかるもダインは最小限の動きでそれを躱し、すかさず繰り出される蹴りも跳んで避けつつウラヌスが背後をとったのを察し振り抜かれる刃に上手く足をつけそのまま距離を取る。


「スペル発動アースバインドッ!」


 地を割り伸びる木の根がムーンとウラヌスへ迫って追撃を防ぐも、ムーンは身体に絡まるそれを引き千切りウラヌスは剣で断って素早くダインへと向かう。

 単純な足止めでは止まらないのはエルクリッドもわかりきっている、研鑽された実力に裏打ちされた絶対的な強さと経験は何よりも大きな武器なのだから。


 その上でバエルがカード入れに手をかけたままでいるのに気づき、その真意をエルクリッドは見抜く。


(まだバエルはカードを切らない、ううん、本気であたし達の分析をしてるんだ)


 二対一の有利な状況でありながら一気に決着をつけず、ダインがムーンとウラヌスを相手に動きをよく見て攻撃を避け続けるのをバエルは観察し続ける。リスナーの基本中の基本とも言えるそれをバエルがしてくる、それは対等な相手と見なすという事も同じであり一切手加減しないというのも同じ。


 一方でそれだけ用心深く、計画的に追い詰めていくのを考えているという事にエルクリッドはどう対応するか迫られた。こちらから攻めるか、そうでないか、エルクリッドが選ぶのは前者である。


「ツール使用ホーリーベール! ダイン、攻めるよ!」


 清らかな白き光帯びたベールをダインへ纏わせたエルクリッドが動き、刹那にダインがムーンの振り下ろすひだり腕を躱すとすかさず左肩を浅く食い千切ってみせた。が、ムーンも目をギラリと光らせてダインの尻尾を掴んで引きずり下ろすと、すぐにウラヌスが剣で突き刺しにかかりダインは円環を解いて帯状にし剣を絡め取り軌道をムーンへと向けて両者に回避行動を取らせ脱出する。


 エルクリッドはダインが無事な事にホッと安堵しつつも次のカードに手をかけ、そろそろバエルも仕掛けてくるだろうと読みつつムーンとウラヌスに注意を払う。


(ムーンにやっと一撃与えたけど、やっぱり身体能力の高さで反撃をもらっちゃう。ウラヌスも攻め時以外では近づこうとしないし連携してる、そこにバエルが手を加えるとすれば……)


 デュオサモンはアセスを同時に召喚しつつ魔力供給量を一定とし最大の能力が出せるようにする高等術、反面片方のアセスが倒された際には残る片方に対して使えるカードは限られる短所もある。無論、二体同時による連携など見返りが大きいというのもあり、使いこなせば強力なのも確かだ。


 それに対しエルクリッドはデュオサモンを使えないものの、カードの使用限度に一枚分有利がある。たかが一枚、されど一枚、それを活かせるかどうかは状況と、エルクリッド自身の判断力が鍵となる。


「スペル発動ビーストハート! いくよダイン!」


 強化スペルのビーストハートを使うエルクリッドにダインが遠吠えで応えながら背負う円環を二つに増やし姿を変えた。刹那に円環が解かれ帯となり合計四本となった事でムーンとウラヌスに同時に対応可能となり、その変化にはバエルも即座にカードを切らざるを得ない。


「スペル発動ソリッドガード」


 物理攻撃を防ぐ結界にムーンが守られ帯が止められるものの、そこからダインが飛び上がって結界の裏からムーンを狙う。が、ウラヌスもまたそれを読んでダインの左横から剣を突き刺しにかかり、刹那に影が重なり合う。


 一瞬の沈黙と共にポタポタと地面に赤い雫が滴り落ち、ダインの被っていたホーリーベールの切れ端が風に乗って飛んでいく。


「……なるほど、本番で力を発揮する性格か。そういう奴は急に力をつけて厄介だな」


 舌打ち混じりにバエルが冷静に分析をし、素早く身を翻したダインとウラヌスが跳び退くと同時にムーンが倒れ目から光が消えた。

 ほんの一瞬の差、ムーンが振り向くよりも素早くダインが帯状にした円環を絞って尖らせそれで胸を貫き、自身に向かってきたウラヌスの剣も切っ先が触れこそしたがホーリーベールを破らせる形で避けるのに成功する。


 カードに戻り手元へ帰ってくるムーンを淡々とカード入れへ戻しつつすぐにバエルは別のカードと変え、それに合わせウラヌスが剣を逆手に持ち直す。


「スペル発動、グランドエッジ……!」


 スペルの発動と共にウラヌスの剣が緑の光を纏い、地面を切りつける一閃と共に鋭い岩が隆起しながらダインへと迫る。その速さにダインは避けきれずに身体を軽く裂かれホーリーベールを完全に剥がされ、刹那に二撃目が放たれエルクリッドも防御の為にカードを使う。


「ツール使用、大地の盾!」


 緑色の大きな盾がダインの前に落下し突き刺さり、迫りくるグランドエッジを防ぎ止めるものの周囲に威力が拡散し大地を割る。

 直撃を避けたとはいえ振動でダインはすぐに動けず、そこへ剣を順手に持ち直したウラヌスが一気に剣で切りつけにかかった。が、これはエルクリッドがプロテクションのカードを咄嗟に切って防ぎ止め、薄い青の膜が刃を止め切った。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る