第三十九話『ヴォルガの逆手』
「西居住ブロック」――ヴォルガの拠点。 レオを人質に取り、砦の最上階から、自らの「現場(テリトリー)」で起きている「火事(トラブル)」を冷ややかに眺めていたヴォルガの元に、血相を変えた部下が転がり込んできた。
「ヴォ、ヴォルガ様! 大変です!」
「騒ぐな。ネズミ一匹の陽動で、火が出ただけだろ。副官がすぐ鎮圧する」
ヴォルガは、苛立ちまぎれに答えた。
「それが…! 副官の部隊が…『空中展望回廊』ごと、消えやがりました!」
「…何?」
ヴォルガの顔から、初めて余裕が消えた。 彼は、窓辺に駆け寄り、峡谷を覗き込む。そこには、確かに、先ほどまで「あった」はずの回廊が、まるで存在しなかったかのように、ごっそりと消え失せていた。
「…………」
ヴォルガは、その光景を数秒間、無言で見つめていた。 部下たちは、ヴォルガの怒りが爆発するのではないかと、恐怖に身を縮こませる。 だが、ヴォルガの口から漏れたのは、怒りではなく、凍るような、冷たい「分析」だった。
「…事故じゃねえな」
彼は、ゆっくりと呟いた。 「あれは、『施工』されたんだ」
ヴォルガは、瞬時に、コウスケの作戦の「意図」を読み解いていた。
(あの派手な火事は、陽動…。あの女(クララ)は、俺の主力を、あの回廊へとおびき寄せるための『餌』…。そして、回廊の崩落…あれが、奴らの『本命』。俺の戦闘力を、根こそぎ奪うための、完璧な『トラップ』!)
「…ハッ。やられたぜ」 ヴォルガは、悔しさよりも先に、自分と同じ「思考」を持つ敵がいたことに、不気味な笑みを浮かべた。
「あの『話』のできるネズミ(コウスケ)…ただの計算屋じゃなかったか」
「ヴォ、ヴォルガ様! どうします!?」
「慌てるな。敵の『意図』が読めた」
ヴォルガの頭脳は、コウスケのさらに「先」を読み始めていた。
(主力を引き剥がした。…では、奴らの『真の目的』は、何だ?)
ヴォルガは、砦の最下層…今、レオが囚われている方向を一瞥した。
(…なるほどな。『これ(レオ)』の救出か。だが、待て)
ヴォルガの脳内に、最大の「疑問」が浮かぶ。
(奴は、『どうやって』、あの完璧な崩落を『施工』した?) (俺が知らない『構造的弱点』。俺が知らない『隠し通路』。…あの女(クララ)とデカブツ(ギムレット)だけの手際じゃねえ)
ヴォルガの視線が、橋(アエリア)の、遥か上空にそびえ立つ、あの「中央主塔」へと向けられた。 「橋の民」どもが、「聖域」だの「守護者」だのと、近づくことさえ恐れていた、あの場所。
「……!」
ヴォルガの脳内で、すべての「点」が、一つの「線」になった。
「あの『中央管理室』か…!」
彼は、戦慄(わなな)いた。あの「よそ者(コウスケ)」は、自分さえも知らなかった「何か」を、あの場所で手に入れたのだ、と。 この橋(アエリア)の、本当の**『設計図書(仕様書)』**を。
「ハハハ…! そういうことか!」 ヴォルガは、歓喜の声を上げた。
「あの捕虜(レオ)の救出なんざ、奴らにとっちゃ、ただの『ついで』だ!奴らの『真の目的』は、この橋(アエリア)の『頭脳』を手に入れることだったんだ!」
彼は、部下たちに向き直った。 その目は、もはやレオなど映していない。遥かに大きな「獲物」を見据えていた。
「あの捕虜(レオ)は、もうどうでもいい。捨て置け」
「はっ!? し、しかし…」
「それ以上の『獲物』が見つかった!」 ヴォルガは、血のように赤い外套を翻した。
「奴らの『武器(設計図)』も、この橋の『支配権』も、すべて俺が手に入れる!」
彼は、コウスケの作戦の「裏」をかいた。 コウスケが「砦(レオ救出)」に向かっている、まさにその瞬間に。 ヴォルガは、コウスケの「力の源泉」である、あの『中央管理室』へと、全速力で向かうことを決断した。
「全員、俺に続け!『中央管理室』を、強襲する!」
レオの救出に集中しているコウスケも。 陽動の成功に安堵しているクララとギムレットも。 この、ヴォルガの恐るべき「逆手(カウンター)」に、まだ、誰も気づいていなかった。
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