第四十話『決戦場:中央吊り橋』
「中央管理室」――ヴォルガは、自らが「正解」だと信じる、その場所へとひた走っていた。 部下の主力は、コウスケの卑劣な『構造ハック』によって失った。だが、それがどうした。 あの『設計図書』さえ手に入れれば、この橋(アエリア)のすべては、名実ともに俺のものとなる。あの計算屋(コウスケ)の知恵も、この橋の古代技術も、すべてだ。 ヴォルガは、残った数名の精鋭の部下と共に、管理室へと続く最後の関門に到達した。
「……!」
そこは、この空中都市で、最も古く、最も不安定な構造物。 二つの主塔(メインタワー)の間に、細い鋼鉄のケーブルと、申し訳程度の床板だけで架けられた、『中央吊り橋』だった。 遥か数千メートル下の峡谷から吹き上げてくる暴風が、橋全体をギシギシと不気味に揺らしている。
「…チッ。こんなボロ橋、渡れってか」
部下の一人が、眼下の絶景に怯んで悪態をつく。 だが、ヴォルガは、その橋の「向こう側」にいる「獲物」を見据えていた。
橋の対岸。 『中央管理室』へと続く、最後のゲートの前。 二つの人影が、彼らの道を塞ぐように立ちはだかっていた。
「……お前らか」
ヴォルガは、忌々しげに吐き捨てた。 そこにいたのは、陽動の『餌』だったはずの、弓使いの女(クララ)。 そして、回廊を『施工』した、あのデカブツのドワーフ(ギムレット)だった。
「ハッ。あの計算屋(コウスケ)、お前らを『捨て駒』にして、自分だけ管理室に立てこもったか。哀れなもんだ」
ヴォルガは、クララとギムレットが、コウスケに「見捨てられた」のだと、即座に判断した。
だが、クララは、峡谷の暴風に髪を乱しながらも、怯むことなく弓をヴォルガに向けた。
「…勘違いしないで、空賊」 その声は、恐怖ではなく、覚悟に満ちていた。
「私たちは、捨て駒じゃない。『迎撃部隊(インターセプター)』よ」
「なに?」
「コウスケは、あんたがここに来ることを、『読んでいた』わ」 クララは、ヴォルガの思考を、そのままなぞってみせた。
「『主力を失ったヴォルガは、レオ(人質)を捨ててでも、力の根源(中央管理室)を奪いに来る』…ってね」
ギムレットが、戦鎚(ハンマー)を、不安定な橋の床に、ゴツン、と突き立てた。
「その通りだ、小僧。残念だったな」 ギムレットは、コウスケから託された指示を、そのままヴォルガに叩きつけた。
「コウスケは言ってたぜ。『俺がレオを救出する時間を稼ぐため、お前たち二人で、ヴォルガをこの橋に足止めしろ』、とな」
「…………!」
ヴォルガの顔が、初めて、余裕でも怒りでもない、「驚愕」に染まった。 自分の行動、思考、そのすべてが、あの計算屋(コウスケ)の「計画(プラン)」通りだったという事実に。 この場所こそが、自分を「足止め」するために、あらかじめ用意された、決戦の舞台(キルゾーン)だったのだ、と。
「テメエらァァァァ!」 ヴォルガは、自らの知性が、コウスケの知性に、再び敗北したことを悟った。 怒りが、彼の冷静な思考を焼き切った。
「もういい! 『設計図』ごと、お前らをここで叩き潰す!」 彼は、残った精鋭の部下たちに、最後の命令を下した。
「あの二人を殺せ! 橋ごと谷底に叩き落としてやれ!」
「「「オオオォァァァ!!」」」
ヴォルガと、その部下たちが、一斉に『中央吊り橋』へと駆けだした!
決戦の火蓋が、切って落とされた。
「させるか!」 ギムレットが、狭い橋の上で、その巨体を盾とし、戦鎚を振るう。
「クララ! 風が強すぎる! 援護はいい、自分の身を守れ!」
「言われなくとも!」
クララも、暴風の中で矢を放つが、その軌道は風に流され、狙いが定まらない。
戦いは、凄惨を極めた。 ギムレットの剛腕が空賊を吹き飛ばすが、ヴォルガの部下も精鋭だ。不安定な足場を利用し、猿のようにケーブルを伝い、ギムレットを翻弄する。 橋は、その上で繰り広げられる死闘の「荷重(かじゅう)」に、これまで以上に激しく、不気味に、揺れ始めた。
「ハハハ! どうした、デカブツ! 不安定な足場じゃ、自慢の力も半減か!」
ヴォルガ自身が、ナイフを手にギムレットに襲いかかる。
「ちぃっ!」
ギムレットは、防戦一方に追い込まれる。
そして、その時だった。 橋の揺れが、明らかに「異様」なものに変わった。 ギシ、ギシ、という軋みではない。 「ウォン……ウォン……」と、橋全体が、まるで巨大な弦(げん)のように「うなり」始めたのだ。
「…な、なんだ…?」
ヴォルガが、その異常な振動に、一瞬、動きを止めた。 風のせいではない。戦闘の衝撃のせいでもない。 橋が、特定の「リズム」を持ち、その揺れを、自ら「増幅」させ始めたかのような、恐ろしい振動だった。
ギムレットは、ヴォルガの攻撃を受け止めながら、その現象に、ニヤリと口の端を歪めた。
「…来たか」 彼は、ヴォルガを睨みつけた。
「小僧。これが、コウスケが仕掛けた、この橋の『本当のトラップ』だ」
「なに…?」
「コウスケの『最終講義』だ。ありがたく聞きやがれ」 ギムレットは、コウスケから託された、最後の「知識」を叩きつけた。
「この橋の『本当の弱点』は、お前らの下らねえ戦闘そのものだ!」
「ウォォォォン……!」
吊り橋の振動は、もはや、立っていることすら困難なほど、激しさを増していく。 コウスケの「最終トラップ」が、今、発動した。
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