第三十七話『陽動と「施工」』
「中央管理室」の空気は、決戦前の静けさに張り詰めていた。 コウスケ、クララ、ギムレット、そして「橋の民」のリーダーであるバルトは、巨大な構造模型(モックアップ)を前に、最終確認を行っていた。
「…いいか、もう一度確認する」 コウスケは、プロジェクトマネージャーとして、三つのチームのタイムラインを同期させる。
「ミッションは三つ、同時に実行する。チーム1、クララとバルトさん。あんたたちが『陽動』だ。ヴォルガの主力を、あの『空中展望回廊』におびき出す。チーム2、ギムレットさん。あんたが『施工』だ。回廊の下に潜入し、敵の荷重(かじゅう)が最大になった瞬間、『ブラケット』を破断させる。チーム3、俺だ。二人が時間を稼いでいる間に、砦の最下層に潜入し、レオを救出する」
コウスケは、全員の顔を見た。
「これは、時間との戦いだ。失敗は、即、全員の死を意味する。…プロジェクト、開始だ」
◇
「紅の翼」の拠点である「西居住ブロック」。 その堅牢な入り口から、わずかに離れた物陰で、クララは弓に火矢をつがえていた。
「バルトさん、ルートは任せます」
「…ああ。この橋(アエリア)の風上は、こっちだ。火をかければ、煙が奴らの拠点に流れ込む」
バルトも、この作戦に一族の未来を賭け、覚悟を決めた顔をしていた。
「コウスケ、レオ…。見てなさい!」
クララは、コウスケが設計図書から特定した、砦の「換気口(ダクト)」めがけて、火矢を放った。 狙いは、ダクトそのものではない。その周辺に、空賊どもが溜め込んでいた、燃えやすい「燃料」や「物資」の山だ。 ヒュッ、と音を立てて飛んだ矢は、見事にその物資の山に着弾した。
次の瞬間。
「――ッ!!」
凄まじい爆発音と共に、炎が渦を巻いて立ち昇った。
「やった!」
「いかん、火の手が早すぎる! 逃げるぞ、嬢ちゃん!」
バルトの案内で、クララは即座にその場を離脱する。 狙い通りの爆発と火災に、空賊の砦は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「火事だ!」
「敵襲だ!」
「どこからだ!?」
「見ろ! あそこだ! 女が一人、こっちに逃げてくるぞ!」
砦から飛び出してきた空賊たちは、ヴォルガの副官に率いられ、一人の逃亡者(クララ)が、『空中展望回廊』の方向へ逃げていくのを視認した。
「追え! ヴォルガ様に逆らった、ネズミの生き残りだ!」
「あんなガラス張りの橋に逃げ込むとは、馬鹿な女だ!」
「捕らえて、ヴォルガ様につき出せ!」
副官に率いられた、屈強な空賊の主力部隊、数十名。 彼らは、クララという絶好の「獲物」を追い、何の疑いもなく、あの『空中展望回廊』へと、雪崩れ込んでいった。
◇
――同時刻:ギムレット。
「…始まったようだな」
ギムレットは、暗く、カビ臭いメンテナンス・シャフト(縦穴)の中で、その爆発音を遠くに聞き、ニヤリと笑った。 彼は、コウスケの設計図書に記された、ヴォルガの知らない「点検ルート」を使い、すでに『空中展望回廊』の真下に到達していた。
そこは、橋のメイン構造体と、展望回廊を繋ぐ、巨大な『支持ブラケット』が並ぶ、機械室のような空間だった。
「フン。設計図通りだ」
ギムレットは、その中でもひときわ巨大な、回廊全体の荷重を支える「キーストーン」ならぬ「キー・ブラケット」の前に立った。 彼は、戦鎚(ハンマー)の先端…鋭く尖った「ピック」の部分で、ブラケットの表面を軽く叩く。
(…コウスケの奴が言っていた、『応力集中(ストレス・コンセントレーション)』が起きる『一点』は…ここか) それは、設計者が、意図的に「ここから壊せる」ように設定したかのような、わずかな構造上の「継ぎ目」だった。
ギムレットは、そこにピックの先端を当て、深く息を吸い込んだ。 彼は、まだ破壊しない。 コウスケの指示は、「敵の荷重が最大になった瞬間」。 今は、そのための『施工準備』だ。
彼は、耳を澄ます。 …やがて、聞こえてきた。 ガラス張りの天井の上から、ドッドッドッドッ…と、数十人の空賊が、ブーツのまま踏み込んでくる、重い足音(あしおと)が。
「…来たか」
ギムレットは、その無骨な口元に、恐ろしい笑みを浮かべた。
「――『積載荷重(ライブ・ロード)』、ご一行様のお着きだ」
◇
――同時刻:コウスケ。
コウスケは、砦の最下層…「橋の民」が「汚水処理区画」と呼んでいた、古代のメンテナンス・ルートの入り口に、一人、立っていた。 遠くで響く爆発音と、空賊たちの怒号。 それは、クララとギムレットが、作戦の「フェーズ1」を完璧に開始した合図だった。
(クララ、ギムレットさん…頼んだぞ)
コウスケは、腕時計(前世から身につけていた、唯一の形見だ)で、時間をセットした。
「これより、フェーズ2、レオ救出作戦を開始する」
ヴォルガの意識が、クララ(陽動)とギムレット(主戦力)に集中している、この数分間。 コウスケは、レオを救出するため、誰にも知られていない「設計図書」だけのルートを使い、敵の砦の、暗い闇の中へと、その身を滑り込ませた。
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