第二十七話『最初の「積載荷重(ライブ・ロード)」』
崩れた城門をくぐり抜け、一行はついに「空の架け橋」――空中都市アエリアのメインストリートへと足を踏み入れた。 そこは、死の静寂に支配されていた。 風化した石造りの建物が、まるで墓標のように立ち並び、窓という窓は黒い虚無の口を開けている。道には、風に運ばれた土埃と、正体不明の獣の骨が転がっていた。
「…ひどい有様だ。本当に、ここに人が住んでいたのか?」
ギムレットが、そのあまりの荒廃ぶりに、警戒を強めながら呟いた。
「空気が淀んでる…。みんな、気を抜くなよ!」
レオは、先頭に立って剣を抜き放ち、ゆっくりと進む。クララも弓に矢をつがえ、コウスケのすぐ側を固めた。
コウスケは、戦闘の素人である自覚から、一歩下がって周囲の「建物」そのものを【万物積算】でスキャンしていた。
(この石畳…すごいな。数千年は経っているはずなのに、目地(めじ)のズレがほとんどない。だが、あの三階建ての建物…壁面に無数の亀裂(クラック)が走ってる。あれは、さっきの爪痕の主がやったのか…?)
彼が、都市全体の構造的な危険度(ハザードマップ)を脳内に描き始めた、まさにその時だった。
「――来るぞ!」
レオの叫びと、空気を切り裂く風切り音は、ほぼ同時だった。 遥か上空から、巨大な影が音もなく急降下し、一行の頭上をかすめていく!
「うわっ!」
「伏せろ!」
凄まじい風圧で、砂埃が舞い上がる。一行が体勢を立て直した先、メインストリートの石畳に、その「敵」は音を立てて着地した。
「ワイバーン…! しかも、この大きさは…!」
クララが、息を呑んだ。 それは、並のワイバーン(翼竜)ではなかった。体長は馬車を優に超え、その鱗は、古代の金属のような鈍い輝きを放っている。そして何より、その両目には、ただの獣ではない、獲物を嬲(なぶ)るような知性の光が宿っていた。
「グルルルァァァァッ!」
咆哮が、廃墟のビル群に反響する。
「上等だ! 谷(ホーム)じゃお目にかかれねえ、特大の獲物じゃねえか!」 レオの冒険者としての血が、恐怖よりも興奮で沸騰する。彼は、真っ先にワイバーンに向かって駆け出した。
「ギムレットさん、援護を!」
「フン、言われるまでもなし!」
ギムレットも戦鎚(ハンマー)を構え、レオとは逆の側面から、重い足音を響かせて突進する。
「オラァッ!」 レオの剣が、ワイバーンの側面を薙ぐ。だが、キィン!という甲高い音と共に、剣は硬い鱗に弾かれた。
「硬(かて)え!?」
「甘いわ、小僧!」
ギムレットが、地面を踏みしめ、渾身の力でワイバーンの脚部を狙って戦鎚を振り抜く。 ゴッ!と鈍い音が響き、さすがのワイバーンも体勢を崩したが、致命傷には程遠い。
「ギャアァァァ!」
怒り狂ったワイバーンが、その巨大な翼を広げ、強烈な突風を巻き起こす。
「くっ…!」 レオとギムレットは、その風圧に押され、数歩後退させられた。
「クララ、援護射撃!」
「わかってる!」
コウスケを守りながら、クララが正確な射撃を放つ。矢は、ワイバーンの翼の付け根、鱗の隙間を狙って吸い込まれていった。
「グルルッ!?」
矢は確かに命中したが、その巨体に対しては、せいぜい針を刺した程度のダメージにしかならない。
ワイバーンは、地上の三人が厄介な連携を取ることを理解したのか、一度距離を取るため、バサッ!と音を立てて宙に舞い上がった。 そして、彼らを見下ろすのに最適だと判断したのだろう。 一行のすぐ横にあった、古い石造りの鐘楼(しょうろう)――ひときわ高くそびえる、装飾的な塔の頂上へと、その巨体を着地させた。
「メ、メリメリ…」
塔が、その巨体の重さに、嫌な音を立てて軋んだ。
「よし! いい的(まと)だ!」 レオが、塔の上のワイバーンを見上げ、ニヤリと笑った。
「クララ! あそこなら、お前の矢も急所に届きやすいだろ! 撃ち落とせ!」
「ええ、任せて!」
クララが、狙いを定めようと弓を引き絞った、その瞬間だった。
「待て! レオ、クララ! そいつを塔から引き離せ! 今すぐだ!」
コウスケが、血相を変えて叫んだ。 その声は、戦闘の興奮状態にあったレオには、奇妙に響いた。
「はあ!? 何言ってんだコウスケ! あんな絶好の的、滅多にねえだろ!」
「コウスケ、どういうこと!?」
クララも、狙いを定めたまま、コウスケに問いかける。
コウスケは、塔の根元を【万物積算】でスキャンし、その構造体全体が限界を超えた悲鳴を上げているのを「見て」いた。 彼は、戦闘の轟音にかき消されないよう、声を張り上げた。
「あの塔は『飾り』だ! 建築物には、大きく分けて二種類の重さがある!」
「何よ、こんな時に!?」
「『死荷重(しかじゅう)』と『積載荷重(せきさいかじゅう)』だ!」
コウスケは、クララに向かって叫んだ。
「『死荷重』ってのは、その塔自体、石や梁が持ってる、最初からある重さのことだ!そして『積載荷重』ってのは、今、クララや俺たちみたいに、後から建物に加わる重さだ! 人や家具、そして…!」 コウスケは、塔の上で不気味にこちらを睨むワイバーンを指差した。
「あのバカでかいトカゲの重さもだ!」
コウスケの脳内では、塔の構造計算が瞬時に完了していた。
「あの塔は、風や雪、せいぜい鐘の重さ(積載荷重)しか想定してない! あんな数トンもありそうな怪物の『積載荷重』に耐えられる設計じゃないんだ! 崩れるぞ!」
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