第二十八話『構造的弱点(ウィーク・ポイント)』
「――あの塔は、あんな数トンもありそうな怪物の『積載荷重』に耐えられる設計じゃないんだ! 崩れるぞ!」
コウスケの絶叫が、戦場に響き渡った。 その言葉を証明するかのように、ワイバーンが着地した鐘楼(しょうろう)は、「メリメリメリッ!」と、石材が耐えきれずに軋む、断末魔のような悲鳴を上げた。
「ギャア!?」
自らの足場が崩れ始めていることに、ワイバーンもようやく気付いた。 慌てて体勢を立て直し、再び飛び立とうと巨大な翼を広げ始める。
「やべえ! レオ、クララ、離れろ! 倒れてくるぞ!」
ギムレットが戦鎚を構え直し、崩落の衝撃に備える。
「ど、どっちに倒れてくるのよ!?」
クララが、パニック寸前の声を上げた。
その瞬間、コウスケの【万物積算】が、塔の構造体全体にかかる「力の流れ(応力)」の異常を、完璧に解析していた。 彼は、塔の重心が、ワイバーンの重みで危険なほど「東側」――つまり、コウスケたちが立っているメインストリート側へと傾き始めているのを見抜いた。
「まずい!」
このままでは、崩落する瓦礫がメインストリートを埋め尽くし、一行は直撃を食らうか、逃げ場を失う。
「コウスケ! なんとかしろ!」
レオが、無茶を承知で叫んだ。 コウスケは、その絶望的な状況の中で、ただ一つの「解」を弾き出す。
「…止められない。だが、『誘導』はできる!」
コウスケは、ギムレットに向かって、全霊で叫んだ。
「ギムレットさん! あの塔の『西側』の柱を叩き割れ! 峡谷に面してる、そっちの柱だ!」
「はあ!?」 ギムレットが一瞬、その意味不明な指示に戸惑う。
「何を言っとる! 崩れると分かっとるもんに、今から近づけと言うか!」
「コウスケ、あんた正気!?」
クララも叫ぶ。
「正気だ!」 コウスケは、塔の構造を指差しながら、早口で「解説」を入れた。
「あの塔は、今、俺たち(東)側に倒れようとしている! だが、あの塔が、かろうじて立っていられる『理由』は、西側の柱がまだ耐えているからだ!」
彼は、ギムレットの目を真っ直ぐに見据えた。
「だから、あんたの力で、その『構造的弱点(ウィーク・ポイント)』…西側の柱を先に破壊する! そうすれば、塔は俺たちとは反対側…峡谷の底へと倒れてくれる!」
それは、もはや建築理論ではなかった。 崩壊する構造物の力の流れを読み切り、外部からの意図的な一撃で、その崩落方向すらコントロールするという、神業の「災害シミュレーション」だった。
「…フン! 面白い! お前のその『計算』、信じてやろう!」
ギムレットは、コウスケの意図を完全に理解した。 彼は、東側へ倒れようとする塔の「力のベクトル」に逆らうように、あえて西側へと回り込む。
「ギャアアア!」
ワイバーンは、足場の不安定さに苛立ち、飛び立とうと翼を大きく羽ばたかせている。だが、巨大すぎる体躯が災いし、崩れゆく足場では、うまく力を溜められないでいた。
「レオ! 俺の道を開けろ!」
「言われなくとも!」
レオが、ギムレットの進路上に散らばる瓦礫を、剣の一撃で吹き飛ばす。 ギムレットは、その一瞬の隙を突き、塔の真下――西側の柱へと、その鋼の身体を滑り込ませた。
「これぞ、石槌(ストーンハンマー)一族の、意地の一撃じゃあ!」
ギムレットの戦鎚が、古代の石柱に叩きつけられる。 一撃。 「ピシッ」と、柱に亀裂が走る。 二撃目。 「メリッ!」と、柱が明らかに「座屈」を起こす。
そして、三撃目が叩き込まれた瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
世界が、ひっくり返った。 コウスケが作り出した「構造的弱点」は、塔が東側に倒れようとする力を、一瞬で西側へと反転させた。 塔は、まるで巨大な蝶番(ちょうつがい)が外れたかのように、ゆっくりと、しかし確実に、西側――すなわち、底知れぬ峡谷の暗闇へと、その巨体を傾けていく。
「ギャアアアアアアア!?」
その時、ワイバーンは、ついに飛び立つことに成功しかけていた。 だが、遅かった。 自らが着地していた塔そのものが、奈落へと倒れ込んでいく。その崩落に巻き込まれた巨体は、羽ばたく力を失い、まるで巨大な船が沈むかのように、無数の瓦礫と共に、峡谷の底へと吸い込まれていった。
轟音が響き渡り、やがて、静寂が戻る。 一行が立っていたメインストリートには、塔の破片一つ、落ちてこなかった。 そこにはただ、塔が建っていた場所が、ぽっかりと口を開け、峡谷の風がヒューヒューと吹き抜けているだけだった。
「…………」
レオも、クララも、そして、当のギムレットさえも、その光景に呆然と立ち尽くしていた。
「…おい、コウスケ」 レオが、震える声で振り返った。
「お前、本当に…ただの『建築士』だよな…?」
コウスケは、張り詰めていた緊張の糸が切れ、その場に座り込みそうになるのを必死でこらえていた。
「…ああ。だから言っただろ」 彼は、冷や汗を拭いながら、仲間たちに告げた。
「どんな頑丈な建物も…『設計者の想定』を超えた使い方をすれば、こうなるんだ」
コウスケの「知識」が、圧倒的な「力」を、完璧に打ち破った瞬間だった。
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