第二十四話『街道の「欠陥」と応急処置』
『礎の谷』を出発して、数日。 一行の旅は、今のところ順調そのものだった。 ギルドという「箱」から解放されたレオは上機嫌で、街道筋で見かける珍しい魔物(もちろん弱い)を見つけては、無駄に剣を抜きたがった。
「レオ! それ以上、無駄な戦闘で消耗品(ポーション)を使ったら、あんたの『変動費』から天引きするからね!」
「げっ! クララ、お前ケチすぎだろ!」
「ケチじゃない、会計責任者と呼びなさい。あなたのせいで、ただでさえコウスケの組んだ『予備費』に手を出すことになったら、どうするのよ!」
馬車の御者台で、早くも会計責任者としての威厳を発揮するクララと、子供のように文句を言うレオ。後部座席では、ギムレットが「若いのう」と目を細め、コウスケは地図と次の宿場町の物価リストを照合する、いつも通りの「仕事」をしていた。
『礎の谷』の復興という巨大プロジェクトを終えたコウスケにとって、この旅は、いわば次の現場へ向かうための「出張」だ。だが、現場(げんば)というのは、得てして予定調和を嫌うものである。
「…おい、あれを見ろ」
ギムレットの低い声に、一行は顔を上げた。 南へ向かう主要街道は、そこで巨大な渓谷によって分断されていた。そして、本来あるべきはずの石橋が、無残な姿をさらしていた。 橋の手前には、数台の立派な馬車で構成された商人のキャラバンが立ち往生し、数人の男たちが頭を抱えて座り込んでいる。
「うわ…こりゃダメだ。完全に道が死んでる」
レオが馬車から飛び降り、崩落現場に近づいて眉をひそめた。 立派な石造りのアーチ橋だったのだろう。だが、先日起きたという中規模の地震の影響で、アーチの片側がごっそりと崩落し、橋の中央から先が、まるで噛み砕かれたように宙吊りになっていた。
「迂回するしかないわね…」 クララも青い顔で地図を広げる。
「でも、ここを迂回するとなると、森を抜けて…最低でも三日は余計にかかるわ。この『旅程予算書』の宿泊費も食費も、全部狂っちゃうじゃない!」
立ち往生していたキャラバンのリーダーが、武装した一行(特に屈強なドワーフ)を見て、泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「あ、冒険者の方々! お願いだ、どうかお助けを…! 私どもは、この先の街に急ぎの薬を運ぶ途中でして…。しかし、この橋では…!」
ギムレットが、崩れた橋を一瞥し、重々しく首を振った。
「ふむ…あの崩れ方はひどい。アーチの一部が完全に落ちとる。こいつはもう、造り直すしかあるまい。素人が手を出せる代物じゃないわい」
「そんな…」
商人は、その専門家(ドワーフ)の宣告に、膝から崩れ落ちそうになった。
「ダメか…」
レオも肩をすくめる。 誰もが「不可能だ」と結論づけた、その時だった。
「…いや、まだだ。まだ死んでない」
レオたちが「どうやって迂回するか」を話し合っている間、コウスケだけが、崩れかけた橋の構造を【万物積算】でスキャンし続けていた。 彼の目には、魔力や素材の組成ではない。この巨大な石橋全体にかかる「力(応力)」の流れが、青い線として可視化されていた。
「はあ? 何言ってんだコウスケ。どう見ても真ん中からパックリ割れてるじゃねえか」
レオが、希望的観測を言うな、とでも言いたげな顔で振り返る。
コウスケは、レオを手招きした。
「レオ、ああいうアーチ橋(※アーチ橋の残骸を指差す)の構造、知ってるか?」
「知るかよ。石を積んだだけだろ」
「違う」 コウスケは、自らの両手の指先を合わせ、小さなアーチの形を作ってみせた。
「こうやって、お互いに押し合う力で支え合ってる。石同士が、自分の重さで『押しくらまんじゅう』をしてるんだ。だから、真ん中に柱がなくても崩れない」
「へえ、そうなのか」
コウスケは、崩れた橋の、アーチの頂点…奇跡的に宙に浮いたまま残っている一つの石を指差した。
「あそこの、一番てっぺんにある石…あれを『キーストーン(要石)』って言うんだが、あの石が、橋全体の重さ(荷重)を左右に分散させて、下の柱に力を逃がしてる。いわば、押しくらまんじゅうの『蓋』をする、一番重要な石だ」
コウスケの目は、建築士の鋭い目に戻っていた。
「地震でアーチの片側(東側)が崩れたせいで、あのキーストーンを押し上げる『力』が、片方、弱まってる。だから、橋全体が西側に傾いて、今にも全部崩れそうだ」 彼は険しい目で橋の残骸を睨む。
「だが、その『キーストーン』自体は無事だ。損傷はない」
「…それが、どうしたってんだ?」
「つまり」とコウスケは続けた。
「崩れた東側からもう一度、あのキーストーンに向かって、元の石材と同じだけの『力』をかけてやれば…」
その言葉の意味を、職人であるギムレットだけが瞬時に理解した。
「…なるほど。要は、崩れた部分の代わりに、仮の『柱』を立てて、あの要石をもう一度『押し上げて』支え直せばいい、と。フン、無茶を言う」
ギムレットは、崩落した足場の悪さと、要求される作業の難易度を即座に計算し、そう評した。
「ああ。無茶だが、やるしかない」 コウスケは、ギムレットの目をまっすぐに見た。
「ギムレットさん、力を貸してくれ。あの石さえ支え直せば、橋は安定を取り戻す。最低限の『荷重』…つまり、馬車は無理でも、人が荷物を背負って歩いて渡るくらいの重さには、耐えられるはずだ」
コウスケは、呆然と成り行きを見守っていた商人たちに向き直った。
「皆さん。この橋、俺たちが『応急処置』します」
「え…! ほ、本当ですか!?」
「ただし、馬車は通せない。荷物を手運びする準備を始めてください。それと…」 コウスケは、キャラバンの屈強な男たちを値踏みするように見渡した。
「資材を運ぶ人手が要る。作業員として、あなた方の『労働力』もコストとして提供してもらう。いいですね?」
それは、もはや単なる「人助け」ではなかった。 コウスケの指揮による、クライアント(商人)を巻き込んだ、緊急の「災害復旧プロジェクト」が、今、始まった。
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