第12話 後悔と懺悔





 沙夜(幼馴染)視点②















 放課後。



 チャイムが鳴ると、教室はざわめきに包まれる。


 椅子の軋む音、鞄を閉じる音、友達同士の笑い声。いつも通りの放課後なのに、胸の奥には重くねっとりとした感覚が張り付いて離れない。呼吸をするたびに、胃の奥がきりきりと痛み、背筋を伝う冷たい汗が微かに身体を震わせる。


 その時、扉の向こうから聞こえてきた。弾むような声。


「先輩!今日、一緒に帰りませんか?」


 七瀬。


 言葉の響きだけで、胸が小刻みに波打つ。思わず手のひらを握り締めるが、汗で滑り、さらに力が抜けずに指先が震える。肩の力を抜こうとしても、吐き気が胸から喉まで押し上げ、呼吸は浅くなるばかり。


 悠斗の声が、少し迷いながら返ってくる。


「……え? ああ、いいけど」


 自然で柔らかい声。だけど微かに揺れるその響きが、胸の奥の神経を引き裂く。

 手のひらの汗を拭う仕草すらままならず、肩は小刻みに震え、胃の奥が焼けるように痛む。

 吐き気が再び波となって押し寄せ、身体は言うことを聞かない。


「やった。じゃあ昇降口で待ってますね!」


 弾む声、揺れる髪、笑顔。

 夕陽が七瀬の髪を照らすたび、輪郭が鮮やかに浮かび上がる。胸の奥の熱はますます膨らみ、体のあちこちに小さな震えが広がる。



 目の端で、悠斗と七瀬の距離が自然に近づく。空気は柔らかく、軽やかに漂う。だがその軽やかさは、私には重石のようにずしりと圧し掛かり、息をするたびに胃がきゅうっと縮む。




《後悔》


 その言葉が頭の中を強くよぎる…


 突き放した感触、冷たく返した言葉、必死に押し込めた感情。

 すべてが胸の奥で絡み合い、悠斗の軽やかな姿に押し潰される。七瀬の仕草一つ一つが、目に焼き付いて痛いほど鮮明だ。

 体を小さく丸め、息を止めて耐えるしかない。



 

 自分自身への怒り、何もできない情けなさ、複雑な感情が渦巻き、身体全体にじわりと重さを残す。心臓の鼓動が耳の奥で響き、頭の中が熱と圧迫で満たされる。



 悠斗が昇降口に向かって歩き出す。


 一瞬、視線がこちらに向けられたような気がして、時間が止まったように私に衝撃を与える。

 悠斗に意識を向けられ、胸にポカポカとした暖かみが感じられることを自覚する。




 だが次の瞬間、


 悠斗は振り返り、七瀬の方へ歩き出す。

 手のひらの汗がさらに増し、肩の震えが止まらない。


 私の存在を追った目は、ほんの一瞬で消え去った。





 ――私だけを見てくれたのに、もういない。


 身体を縮め、背中を丸める。


 胃の奥の痛みと吐き気が波のように押し寄せ、胸の熱はさらに重く広がる。

 嫉妬、自己嫌悪、後悔――すべてが絡み合い、身体も心も動かせないまま支配する。


 教室の光が徐々に薄れ、影が長く伸びる。

 私は影の中でじっと立ち尽くし、体を小さく丸めたまま二人の軽やかな空気を見送る。


 ふと視線を落とすと、鞄の紐が手の中でねじれ、汗で濡れていた。

 呼吸を整えようとするたび、吐き気が襲い、手の震えは収まらない。

 胸の奥の熱はじっとりとした重さになり、肩から腕、背中まで全身に広がる。


 悠斗の姿が遠ざかるにつれ、熱と重みは消えない。


 息を整えようとしても、体の芯が動かず、吐き気がじわりと押し寄せる。


 心の奥の嫉妬や後悔が、まるで透明な糸のように体と心に絡みつき、動くことすら許してくれない。



 光が完全に落ち、教室は静まり返った。


 私は影の中で、胸の奥の熱、吐き気、重さに耐えながら、ただ二人の軽やかな空気を見送るしかなかった。














 

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