30

「おいしかったー!」


 すっかり機嫌を直した蜂蜜が、彼女のお腹をさする。


「そうですね、とてもおいしかったです」

「ね! それじゃ、いのりちゃん。プレゼント交換しよ?」


 その言葉に、わたしは淡く目を見張った。


「……蜂蜜も、買ってくれていたんですね。クリスマスプレゼント」

「そりゃそうでしょう。クリスマスにはプレゼントがなきゃ。いのりちゃんも昨日、買ってきてくれたんでしょう?」

「……よくご存知で」


 やはり、ばれていたようだ。頷きながら、心の中でそう思う。

 蜂蜜は、にこっと笑った。


「やっぱり。ありがとね、いのりちゃん?」

「いえ、こちらこそ」

「そしたら、いのりちゃんが選んでくれたクリスマスプレゼント、ちょうだい!」


 わたしは首肯して、自分の勉強机の引き出しに仕舞っておいた小さな箱を手に取る。

 蜂蜜に手渡すと、彼女の表情が可愛らしく華やいだ。


「きれいな箱だね! 何が入ってるのかなー……」


 楽しそうに鼻歌をうたいながら、蜂蜜はピンク色のラッピングリボンを解く。

 それから蓋を開けると、漆黒の目が真ん丸に見開かれた。


「これ……ネックレス?」

「そうです」


 わたしは蜂蜜へと、そっと頷きを返す。


 雫のようなデザインの桜色の石が銀色のチェーンに通されている、ネックレス。


 昨日訪れた雑貨屋で、購入したものだった。

 蜂蜜は興味深そうにネックレスを手に取りながら、口を開く。


「雫の形だけど、ピンク色なんだ。珍しいね……」

「はい。蜂蜜はピンク色が好きじゃないですか」

「え、どうして知ってるの?」

「どうして、って……」


 そこを突っ込まれるとは思っていなくて、一瞬言い淀んでしまう。


「……だって、プールバッグも、よく使っているハンカチも、メッセージアプリのアイコンのチューリップも、……わたしに描いてくれた絵の、花畑も。全部、ピンク色じゃないですか」


 わたしの言葉に、蜂蜜は驚いたように目を丸くする。

 そして、嬉しそうに微笑んだ。


「いのりちゃん、めっちゃ私のこと見てるね。私のこと大好きじゃん」

「いや、それは……そう、ですけれど」

「ふふふっ、可愛いね、いのりちゃん!」

「別に可愛くなんてないですし……」


 そっぽを向いたわたしの頬を、蜂蜜が人さし指でつんつんつつく。何だか恥ずかしくなってきて、わたしは蜂蜜の手を掴んで「……早く着けてみてくださいよ」と伝えた。


「わかった」


 蜂蜜はそう告げて、わたしが贈ったネックレスを着けてくれる。

 元からきれいな蜂蜜が、より一層きれいになったように思った。

 それくらい、よく似合っていた。


「どう、いのりちゃん。いい感じかな?」

「……はい。とても」

「よかった! それにしてもいのりちゃん、積極的だね?」

「へ? 積極的、ですか?」


 首を傾げたわたしに、蜂蜜は悪戯っぽく笑う。


「ネックレスをプレゼントするのは、独占したい気持ちの表れなんだよ?」

「え、そうなんですか……!?」

「とぼけなくてもいいって。知ってて贈ったんだよね?」

「いや、本当に知らなかったと言いますか……」

「ふうん。それじゃいのりちゃんは、私を独占したくないんだ?」


 蜂蜜は人さし指を彼女の唇に添えながら、どこか小悪魔っぽく微笑う。

 わたしは少し沈黙してから、「……それは、したいですけれど」と小声で言った。


「ほーら、やっぱり! いのりちゃんのえっちー」

「わたしは全くえっちではありませんし、むしろえっちなのはあなたではないでしょうか?」

「えー、私は健全だよ?」

「絶対嘘ですよね」


 じとっとした目で蜂蜜を見つめると、彼女はおかしそうにあははっと笑う。蜂蜜のそんな笑顔は何というかすごく可愛くて、この子に何を言われたとしてもわたしは許してしまうんだろうな、とふと思った。


 ひとしきり笑った後で、蜂蜜は「それじゃ、私からもプレゼント!」と言って、羽織っているカーディガンのポケットから、クリスマスらしいカラーのシールやリボンで彩られた透明な袋を取り出して、わたしへと渡してくれる。


 ――そこには、オレンジ色のリボンの髪飾りが入っていた。


 結構大きくて、夕陽を浴びて美しく咲く花のような華やかさがあった。


「どう、いのりちゃん」

「……すごく、可愛いです。ありがとうございます」


 しみじみと言うわたしに、蜂蜜は満足そうに微笑む。


「そうでしょう。いのりちゃんをイメージして、オレンジ色にしたんだよ?」

「え、わたしをイメージしたんですか?」


 びっくりして、聞き返してしまう。蜂蜜は不思議そうに瞬きしてから、「そうだよ?」と笑った。


「え……いや、わたしのイメージカラーって、灰色とかじゃないんですか?」

「えー、逆に何でそう思ってるの?」

「……いつも、どんよりとした顔をしているので」


 わたしの言葉に、蜂蜜はきょとんとした表情を浮かべてから、おかしそうに噴き出した。


「何それ。相変わらずいのりちゃんは面白いね?」

「わたしは特に面白みのない人間ですけれど」

「いや、めちゃめちゃ面白いよ。……面白いから、私にいっぱい、笑顔をくれる」


 蜂蜜の笑顔が、どこか夕暮れのような儚さを帯びる。


「……私にとっていのりちゃんは、太陽みたいな存在なの。いのりちゃんがいないと、私は照らされないの。いのりちゃんと出会えてなかったら、私はきっと、ひとりぼっちの十七歳を過ごすことになってたの。絶対、そう」


 目を伏せて、少し掠れた声で蜂蜜は言う。

 それからわたしと目を合わせて、儚さを表情から消して微笑んだ。


「だから、オレンジ色なの! ね、理にかなってるでしょう?」


 わたしは数秒言葉を探して、そっと口角を上げる。


「……嬉しいです。蜂蜜に、そう思ってもらえているということが」

「そう? ふふっ、ならよかった。……ね、髪、結ってあげる」

「……え。いいんですか?」

「うん。とびっきり可愛くしてあげるから!」


 力強く言って、蜂蜜はポーチを持って椅子から立ち上がる。

 わたしの後ろに立つと、トナカイのカチューシャを外して、適当に結んであったわたしの髪をすっと解いた。

 それからポーチから折り畳み式の櫛を取り出すと、優しい手付きで髪を梳かしてくれる。


「いのりちゃんの髪、ちょっと茶色いよね。地毛?」

「はい。……あ、どこか絡まってしまっていたらすみません。そういう髪質で」

「そうなんだね。気を付けてやるから、リラックスしてて大丈夫だよ?」


 蜂蜜の言葉に安堵して、わたしは「はい」と言って、肩の力を抜いて目を閉じる。

 人に髪を触られていると、何だか心地いい。幼い頃は、お母さんが前髪を切ってくれていたっけ……浮かんだ幸せな記憶に、ちくりと胸を刺される。忘れるように、蜂蜜のことを考えた。笑顔の蜂蜜、真剣な蜂蜜、可愛い蜂蜜。――わたしの、恋人。



「――はい、できた!」



 そんな声が聞こえてきて、わたしはゆっくりとまぶたを持ち上げる。

 蜂蜜が差し出してくれた手鏡を見ると、編み込みを伴ったハーフアップにされていた。ちょっと顔を横にするだけでも、オレンジ色の大きなリボンが顔を覗かせた。華やかで、少し気恥ずかしくなったけれど、蜂蜜からの贈り物を身に着けているというだけで、何だかすごく、高揚した。


「どう、いのりちゃん? 結構上手くできたと思うんだけど」

「……はい。流石です、蜂蜜」


 蜂蜜の顔を見ようと振り返ろうとすると、がしっと肩を掴まれて阻止された。え、と思うと同時に、柔らかな吐息がわたしの耳にかかる。


「ひゃっ……」


 声が漏れる。そのまま、耳に今まで生きていて感じたことのない刺激が走って、ひゃあっとまた声が漏れた。……蜂蜜に、耳を、甘噛みされている? 纏まらない思考で、その事実を認識する。認識しながら、またはむっと優しく噛まれて、自分の身体がどんどん熱を帯びていくのが、わかった。


 ようやく刺激が止んで、わたしは少し涙目になりながら振り向く。


「……なに、するんですか」

「いたずら」


 澄んだ甘い声で告げて、蜂蜜は微笑う。


「……ね、いのりちゃん、知ってる? 他の寮の子、ほとんど帰省してるみたいだね。家族とクリスマス、過ごすのかな?」

「……そうだと、思いますけれど」

「もしかしたらお風呂、がらーんってしてるかもしれないね?」


 蜂蜜は笑顔でそう言って、わたしの耳に唇を近付ける。



「――いのりちゃん。一緒にお風呂、入ろ?」

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