第25話 15 YBPの夕べ(2)

 狙いがいい加減なので、弾はどこかに飛んでいった。

 僕はその場で膝をついて、男に狙いをつけた。そうしている間にも、二人目の男が自転車から常識的な降り方をしたあと、やはりAKを構えた。

「エコー・シックス、シエラ・ツー。銃撃を受けている。応戦する!」

『銃声が聞こえる。今から向かう』

 軽業男はひらりと道端によると、電柱に身を隠して銃撃をしてきた。


 もう一人は道の反対にある民家、僕から見て左側に隠れた。

 タタタ。

 僕は右に三発、指切りして撃った。電柱に弾が当たった様子はわかったが、男は無事だ。民家の方は撃つ決心が付かなかった。

 一般人への被害を恐れている僕とは違って、男たちは無遠慮に撃ち返してきた。

 銃声がYBPの建物に反射して、静かな住宅街にこだました。


 僕は身を隠す場所を目で探した。

 民家に隠れた男の方は射撃が正確だ。嫌な音がすぐそばの中空でしている。

 その音が冷静さを削いだのか、マロンが車道に飛び出していった。

「うぉー!」

 野太い声で叫び、AKをフルオートでぶっ放している。狙いはブレまくり、男たちのいるあたりの路面に火花がいくつも散った。

「おい、飛び出すな!」

「うるせえ! やってやるよ、チンカス野郎どもが!」


 やばい。

 頭に上ってしまった味方ほど厄介なものはないと、姫野から常々聞かされていたが、まさにこれだ。

 マロンは坂の入り口で仁王立ちしたままマガジンを交換した。その間にも、彼女の周りで着弾の火花が散る。

「キー!」

 またわけのわからない雄たけびを上げると、マロンは坂を上って行った。


「くそっ」

 僕も道を渡ると、身を低くしながら右の建築現場の仮囲いに沿って坂を上った。マロンはゆっくりと歩きながら撃ちまくっているので、すぐに追いつく。

「死ね、死ね、死ね、死ねぇ!」

 タタタタタタタタ。

 マロンは三十発を打ち尽くしてはマガジンを交換するという作業を二回繰り返した。あれじゃ、どこに被害が出るかわからない。


 再びマロンが空のマガジンを抜いた時だ。

 僕は彼女の腕をつかみ、壁のように続く工事囲いの隅に引き倒した。

「何すんだよ! 離せよクソ野郎!」

 僕は暴れるマロンの上にどっかりと乗って押さえながら、電柱側の男を狙った。

 ダットサイトの光点が、荒い呼吸につられて踊る。

 こんなに心拍が激しくなって、当たるのか?


 タタタ。

 当たった。

 電柱からはみ出ていた男の上半身に命中し、男はもんどりうって倒れた。

 もう一人は?

 民家の影に隠れた男は軽業男とは違って沈着なようだ。僕の周りの鋼板製仮囲いに穴が開いた。


 まずい状況だ。

 僕はやむを得ず、民家に向かって発砲した。男が身を隠す。

「おい、立てよ! 隠れるぞ!」

 僕は叫びながら、再びマロンの腕をつかんだ。

 全く気が付かなかったが、僕が組み伏せている間にマロンは暴れるのをやめて、泣いていた。


「ごめんさない、許してよお」

「いいから来い! 早く!」

 僕は左手でマロンを引っ張り上げながら、右手と肩で銃を保持して民家から狙いを外さなかった。そのまま後ろ歩きで坂を下っていく。

 マロンは泣きじゃくりながら僕に引っ張られるままになっている。

 こういう時に撃ってほしいのに、もう仕事する気をなくしてしまったらしい。


 タタタ。

 すぐ横から銃声が聞こえた。ノイズキャンセリングのヘッドセットをしていても耳が痛い。

「アキ、大丈夫⁉」

 直香だ。

「だめだ、マロンが舞い上がっちまってる」

「こっちに!」

 違う声。


 ど派手な金髪の青木警備社長夫人がすぐ後ろまで来ていた。彼女は僕に向かって手招きしている。

 僕はマロンを社長夫人に向かって押し出した。社長夫人はマロンをつかむと、ひっぱって坂を下った。


 その時、青木社長が坂を駆け上って僕たちを追い越して行った。

「俺がやる! お前たちは下がれ」

「ええ?」

「うおおー!」

 青木社長は勇ましい雄たけびを上げながら、海兵隊スタイルの足運びで斜面を走った。


 ターン。

 社長は激しく小突かれたように横ざまに倒れ、路上に転がった。

「しゃちょー!」

 直香が悲痛な声で叫んだ。

 僕はアスファルトにへばりつくと、匍匐前進で青木社長のところまで行った。まったく、いい迷惑だ。


 社長はうめいてせき込んでいる。街灯の明かりで、アーマーの下の服に血のシミが広がっているのが見えた。

「アキ! 装填!」

 僕は直香の悲鳴に近い声を聞いて、すぐに膝立ちすると、民家の角を狙って撃った。

 銃声に負けないように叫ぶ。

「青木社長が負傷した!」


 直香が少し手間取ってマガジンを替えると、次は僕が交換した。

 こちらが撃っている間は民家の男はまともに狙いをつけられない。直香の射撃は以前に増して正確だった。

 気づかないうちに、ヨーロッパ系の高級装備で身を固めたNASの社員が後ろまで来ていて、僕の肩を叩いた。


「手伝います!」

 僕は小銃を背中に回すと、社長のアーマーのベルトを無理やり引っ張って上半身を起こした。NAS社員が足を持ち、一緒に抱えて坂を下った。

 直香も走って坂を下った。その後ろから、なおも弾が飛んでくる。

 麓ではNASの社員が散発的に坂の方に向かって撃っていた。この距離では狙ってもそうそう当たるものではない。


 パァーン。

 遠くから、男のAKとは違う銃声が聞こえた。

 僕は坂の方を振り返って見た。

 男が身を隠した民家の玄関ドアが開いて大柄な男性が現れると、大きく手を振った。




 撃ち合いをしていた男は、マガジンチェンジをしているところを民家の住人にベランダから撃たれて即死していた。

 軽業男は命にかかわるような傷ではなかったのに、アスファルトに倒れたまま動かなかった。ヤクが切れたらしい。自分の血を見たら何もかもいやになったそうだ。


 警備員たちを驚かせたのは、彼が背中に横浜市旗を巻き付けていたことだ。羽根は描いていない。白い布に赤いひし形が染められていた。

「お前、なんだよこれは」

 NASの社員が怒りにも聞こえる声調で男に問いただした。

 体に包帯を巻いた男は、けだるそうな目をNASに向けた。

「横浜を取り返すんだよ。お前らみてえなカスがのさばってていい場所じゃねえ。せっかくの潮風が腐るだろうが」


「順番が逆だな。ウジ虫が湧いて出てくるから、俺たちが必要になるんだろうがよ!」

「へ、ダセーんだよ。気色の悪い犬がよ」

「てめえ、いっぺん死なないとわからねえみてーだな!」

 怒鳴り始めたNAS社員を同僚がなだめた。

「やめろ。腐れジャンキーだ。言わせておけ」


 そんな光景の向こうで、横たわった青木社長の横にいる奥さんが神妙な顔つきをしていた。

 青木社長はアーマーに低規格のプレートを入れていたため、小銃弾が貫通していた。NASの衛生救護資格保持者の処置で一命はとりとめたものの、まだ救急車は来ていない。

 マロンは泣く段階も過ぎて、今は顔をしかめたまま地面に座り込んでいた。直香が隣にいる。


 交戦した犯人二人は制圧したものの、YBP周辺では散発的に銃声が聞こえていた。どうやら、近くの天王町駅近辺やその先の興福寺商店街で略奪が発生しているようだ。

「本部、こちらYBP藤田。協力会社警備員が負傷。NASのドクが見てくれた。どうぞ」

『了解しました。お二人は無事ですか? どうぞ』

 リンコの鈴のような声が、今日はわずらしいと感じた。

「無事だ。どうぞ」


『いま司令センターで決定がありました。そちらで二班に分かれて、一班は本社に急行してください。どうぞ』

 僕は驚いて隊長を見た。隊長は、驚くというよりは不機嫌な顔をした。

「何を言っているのかわからない。こっちが応援が欲しい状況だ」

『危険予測が大幅に修正されています。今、人の流れが不自然に都心部に向かっているとのことです。逆にそちらの脅威度は下がっています。都心部の警備が圧倒的に足りていません。どうぞ』

「現状はとてもそうは思えない。ここを放棄できない。どうぞ」


『一班は残って警備は続行してください。現地での調整もあるので、隊長クラスが残るのが望ましいです』

「ちょっと待ってくれ。そもそも社員が二人しかいないんだぞ」

『協力会社はOSSの指揮下にあるはずです。その人員も含めて編成してください』

「本気で言ってるのか? 青木警備は負傷者が出ているんだぞ!」

 とうとう隊長まで怒鳴り始めた。


『わかってます。他の拠点では殉職者も発生しています。そうだとしても、藤田さん』

 リンコはここで少し間をとってから、声を潜めて藤田を名前で呼んだ。

『こちらもかなりヤバい状況になりそうです。例の人流データ、どう考えてもおかしいです』

「うー」

 隊長はうなったまま三秒考えた。そして、短く言った。

「藤田、了解。おわり」


 無線交信を終えると、藤田隊長は僕の方にくるりと向いた。

「野木、聞いた通りだ。確かに本社もヤバそうだが、ここも相当ヤバい。まだどんなジャンキーがやってくるかわからん。社長が脱落した以上、青木警備はOSSで指揮をとることになるし、NASとの調整もある。お前にはまだ負担が大きいと思う」

 社長は負傷、マロンはおそらく使い物にならない。これで何をしろというのだろうか。



「お前は山本さんと二人で本社まで行ってくれ。指示はリンコが出す。コールサインはどうするか彼女に聞け」

 僕はうなずいた。

 本社よりも、都心部で暮らす住人たちが頭をよぎった。僕たちとは別世界に住む彼らは、誰かに守られなければ簡単に狩られる。

 どんな生活をしていようと、ランドセルを背負った子供たちに罪はないのだ。


 隊長は僕の隣にいた直香に目を向けた。

「山本さん、いいかい?」

 僕は直香が素直にうなずいたのを見て、少し意外な気持ちになった。危険な移動になるのは目に見えている。

「よし、すぐに行け。社用車にある弾薬は持って行っていい」

「すぐに本社に向かいます」

 僕は踵をつけて復唱すると、直香に目配せして車に向かった。

 ようやく救急車のサイレンの音が響いてきた。


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