第2話 冒険の始まり/魔術師と盗賊

「ちょっと、お話の途中失礼するわね。あなたが、掲示板にあったナンバー115のアレクシスさん? あら、前衛1名はもう決まったみたいね。 よかったわ。 それじゃあ、支援系1名と、探索技能系1名はいかがかしら? 私は魔術師のキャロライン。キャルって呼ばれているわ。 そして、こっちが盗賊のティナ──」


「ねえ、キャル。いつまでそんな練習してるの?」

ティナがあきれたように声を落とす。

ふたりはギルド食堂の隅、壁際の丸テーブルに向かい合って座っていた。


キャルは、まるで夜空のような濃い紺色のローブをまとい、椅子に浅く腰かけていた。

深くかぶったフードの陰に顔はほとんど隠れていたが、ちらりとのぞく淡い金色の髪が月光のように揺れている。

その内側、フードに隠れた影に淡い青の瞳が微かに輝いている。

光の角度によって水色にも鋼色にも映るその瞳は、何もない宙に、彼女にしか見えない何かを見つめているようだった。

彼女の椅子のそばに立てかけてある長い杖に添えた指先が、思考の合間にわずかに動く。キャルは声に出すことなく、言葉の響きを頭の中で組み直し続けているようだった。


向かいのティナは、動きやすそうな黒い薄手の革製ベストを着ていた。

テーブルに片肘をつき、顔を手のひらに預けて、気怠そうにしている。

もう片方の手は、テーブルの上で空のコップを指先で器用にくるくると回していた。

首元で跳ねるように切り揃えられた赤い髪がわずかに揺れ、琥珀色の瞳は退屈そうに泳いでいた。しかしその視線は、無意識のまま店内をなぞり、客の出入りや給仕の動きを自然と追っているのだった。


「ねぇ、キャル? 聞いてた? あーーもう、めんどくさいなぁ。 私が行ってきていい? ……え、ダメ?」


「まだ駄目。ねえ、さっきのセリフ、ティナはどう思う? ちょっと長すぎたかしら? でも私たちのアピールがまるで入っていなかったわよね? ということは、むしろ短すぎるかもしれないわ…… 」


ティナはテーブルの縁をぼんやりなぞりながら、ぼそっと呟いた。

「んもー、そんなの考えてないでさっさと行けばいいじゃん……」


「何言ってるの。人間、第一印象が大事なのよ」

キャルは静かに息を整え、視線をまっすぐ送ったその先には、上半身裸の巨体――アレクが黙って腰掛けていた。

山のように盛り上がった筋肉と、背中に背負った大ハンマーが周囲から孤立した気配を醸している。

「第一印象ねぇ……。 それならもう、こっちが負けてる気がするんだけど。 あれ、たぶん “祈る前に殴る”タイプだよ……」

「え、なに、その分類……」



アレクとジョンは、ギルド食堂の奥まった席でテーブルを挟んで座っていた。

卓上には空になりかけたエールのジョッキと、骨付き肉の皿。

アレクが黙々と肉をかじり、ジョンがマグを傾けながら言う。

「……ところでアレク、なんでまた《黒い口》に?」

アレクは骨を皿に戻し、エールを一口飲んでから応える。

「なんだ、お前は《黒い口》に行くつもりじゃなかったのか?」

「うーん、正直言うと《黒い口》じゃなくてもよかった。だが、あんたの文字を見て、何かこう、ピーンと来たんだよ」

アレクはうなずくと、マグを静かにテーブルへ置いた。

「ふむ……それは俗にいう“天啓”だな。 信仰心がない者には、単なる閃きと感じるが」

「そうか、あれは天啓だったのか。そうか、それは……恐れ入ったぜ」

ジョンは苦笑いを浮かべ、串に残った焼き野菜を一本引き抜いた。


そのときだった。無遠慮な足音と共に、ふたり組がテーブルに近づいてきた。

「やあやあ! ちょっとすまない! いいタイミングみたいだからさぁ!」

先に口を開いたのは、小柄な男。ボサボサの髪によれよれのローブ――どこかで見たことのある“魔術師風”の顔。

「あの掲示板にあった115番、あんたがアレクシスかい? 俺たちも、ちょうど《黒い口》に行こうと思ってたとこでさぁ! あ、俺の名はモブア、見ての通りの魔術師さぁ。そんで、こいつが――」

「おいらはモビーっす! 探索系と罠解除担当っすね!」

モブアの相棒のモビーは体格のいい若者だった。こちらもどこか見たことのある“盗賊風”の顔。

革ベルトが斜めに落ちかかっていて、卑屈な笑みを受かべながら手をひらひらさせている。

「名は体を表すっていうけど、俺たち、モブキャラみたいな顔してるけど、実は意外とやれるんだぜぇ?」

モブアが唾を飛ばしながら得意げに言った。


キャルとティナは壁際のテーブル席で目を丸くしながらその様子を凝視していた。

「ちょっと、先越された……?」

「うわ、私たちと同じ編成だ……やばいじゃん、キャル」


「でさでさぁ!」

モブアが椅子をぎぃと引き寄せながら、身を乗り出した。

嬉々とした顔には場の空気を読む気配もなく、手をぐるぐる回しながら続ける。

「俺、爆裂魔法も多少心得があってね。正直、《黒い口》の洞窟的な通路じゃリスキーだけど、そこはコントロールの問題でさぁ!」

ジョンが少しマグを傾けつつ、目を細める。

「へぇ、それはなかなか……派手な特技だな。それで、スペルランクは?」

モブアは椅子の背にドンと肘を乗せ、したり顔でニヤリと笑った。

「俺のスペルランク? ハッハァ! 聞いてビビるな――なんと、Dプラスプラス!」

「は? Dプラスプラス? 初めて聞いたぜ」

「だろぉ?」

モブアは誇らしげに胸を張り、天井を指さすように片手を上げた。

「なんてったって、俺は爆炎爆裂魔法が得意中の得意だからなぁ!」


隣のモビーがそれに便乗するように身を乗り出す。

「あ、そんで、おいらはっていうと――ほら、手袋とか無くてもワナ外せちゃう系っす!」

モビーは両手をひらひらと見せながら、手首をくるりと回してみせる。

「そんで、宝箱を一目見りゃ難易度も体感でわかるっつーか。まぁ、たいてい雰囲気っすけどね!」


ジョンが少し口角を上げながら、視線をそっと下げた。

モビーが腰にぶら下げている手袋はボロボロになっており、繕いようがないほど見事な穴が複数空いていた

「な…なるほどな、だから手袋に穴が開いているのか」

「そうそう、そうっす! わかってるじゃん、チミィ!」

モビーはテーブルをコン、と軽く叩いて笑った。


一方、アレクは黙ったまま二人を見下ろしていた。

モブアは調子に乗ってきたのかしゃべり続ける。

「おれたちゃ、どんな戦術にも合わせるぜぇ! っていうか、いろんなパーティの戦術に合わせて立ち回ってきたしー!」

「……結構だ」

アレクは一言だけそう言い、マグに残ったぬるいエールを飲み干し、テーブルの上にドンと置く。


モブアとモビーはぽかんとし、顔を見合わせてから、引きつった笑顔で立ち上がった。

「そ、そうか……そっかあ……今回は編成的にちょっと厳しかったカモなぁ。……な、モビー」

「な、うん、わかるっす……。うん、察した……っす」

二人は背中を小さく丸めて食堂の人波に紛れていった。


静けさが戻ったテーブル。ジョンはしばし黙っていたが、やがてアレクを見て口を開いた。

「……まあ、実力的にはそこそこ使えそうだ、とは思ったんだがな。口は臭かったが」

アレクは首をゆっくり振りながら答えた。

「あいつらはダメだ。身だしなみがなっていない」

それを聞いたジョンがエールを噴き出しかけたのは、言うまでもない。

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