第3話 冒険の始まり/仲間の条件とは

「ごふっ、身だしなみかよっ!」

ジョンの声がエールのジョッキを揺らした。

「そうだ。身だしなみがなってない奴は自己管理ができていない。自己管理ができていない奴は、探索中も、戦闘中も足手まといになる」

アレクの返答はいつも通り真顔で、容赦がなかった。

ジョンはつい反射的に、自分の袖を引っ張り、髪の乱れを指で整える。


その頃、食堂の別席ではキャルがティナの足を軽く蹴っていた。

「ティナ、そのだらしない姿勢を正して!」

「痛ーーい、もう、ひどいなキャル……」

ティナの抗議は聞き流され、キャルは自分のローブの喉元をきゅっと締め直した。


「あと、口が臭い奴もダメだ。口臭は低級な魔物を呼び寄せる」

アレクが続けると、ジョンが苦笑を浮かべながら答えた。

「低級モンスターなら、軽く返り討ちにできるだろ」

「できる。だが、時間の浪費になる。そして、戦いの音を聞きつけてさらに魔物を呼ぶことになる」

「……ああ、それは嫌だな」


キャルとティナは席で互いに息をかけあって口臭をチェックしていた。

「多分大丈夫よね?」

「うん、今日はニンニク食べてないし」

「念のためにレモン、かじっておこうか…」


ジョンが頷きながらスライスされたレモンをつまみ上げる。

「なるほどなぁ。それじゃあ、口臭防止にレモンでも…」

「それはダメだ」

アレクが即座に遮った。

「柑橘系の匂いは《黒い口》では危険だ。メガスティンクバグが寄ってくるリスクがある」

ジョンの顔が引きつる。

「あ、あのクソでかい、カメムシか!」


レモンをかじっていたキャルとティナは慌てて口元に布をあてて拭き上げる。そしてティナは近くにあったオレンジジュースを流し込む。

「ちょ、それも柑橘系!」

「やばーーっ」


「……そう、あのでかいカメムシの魔物だ。奴らは装甲が厚く防御力が高い。まあ、俺のハンマーがうなればどうってことはないが、奴らの体液が飛び散るとかなり厄介だ」

「とんでもなく臭くなりそうだな…」

「ああ。一度ひどい目にあった。おかげで一週間近く隔離された」

「そんなに…? じゃあ、柑橘系は厳禁だな」

「そういうことだ」

ジョンはエールの入ったマグを指先で回しながら、ふと尋ねる。

「ちなみに、あんたが他の仲間に求めている条件って何かあるか? 支援系、探索系ってのは書いてあったが」

「うむ、そうだな……とりあえず、筋力と体力だ。《黒い口》は洞窟系故に起伏が激しい」

「ああ確かに、岩登りしないと進めないところが各所にあったな……」


別席では、ティナが真剣な顔で呟いた。

「ねえ、キャル。筋力と体力、自信ある?」

「あるわけないでしょう……」


ジョンは木製のフォークをくるりと回しながら話をまとめていく。

「えーっと、つまり、だ。

 身だしなみはきちんと。

 口臭無き事。

 柑橘系の香りは厳禁。

 筋力と体力を鍛えておくこと。

……どっかの校則みたいに厳しいな」

アレクは肉の骨を皿に戻しながら答えた。

「そんなに厳しいか?」

「厳しいだろ!」

少し声を張ったジョンに、アレクは淡々と視線を向ける。

「じゃあ、なんでお前がここにいる?」

「……え?」

ジョンの口が半開きで止まり、フォークを持つ手が宙で固まる。

(……もしかして、いま、俺、軽くディスられた?ギリ合格?他の候補が出てきたら落選?)

周囲の空気が微妙に冷たくなる。


別席では、ティナは大量の水をガブガブと飲み始める。

そして、その横ではキャルはフードをかぶったまま手鏡を覗き込み、指先で前髪を整えていたがふと手を止める。

「……うーん、やっぱり筋トレが先かしら?」

キャルが手鏡越しに前髪の分け目をじっと見つめながら、ぼそりと呟いた。

ティナは思わず口に含んだ水を噴き出しそうになる。

「ちょ、そっち行っちゃうの!? 道を誤るな、キャル!」


その時、キャルの背後から声がかかった。

「お嬢さん方、ちょっと失礼。もしまだパーティが決まっていないようなら――」

キャルは鏡から視線を外し、声の主に振り向く。

そこに立っていたのは、青みがかった長髪を揺らす魔法剣士と、光沢のある銀鎧に身を包んだ青年だった。

どちらもギルドの空気には場違いなくらい整った顔立ちで、着ている装備は見慣れたものよりもはるかに高級感が漂っていた。

青髪の男が、落ち着いた声で微笑む。

「ご挨拶が遅れました。我々は《アークエンジェルス》。Bランクの冒険者です。私は魔法剣士のフェルナンデス。そしてこちらが――」

「聖堂騎士のルイスです。以後お見知りおきを」

キャルとティナが無言で見上げる。


フェルナンデスは、すらりとした体躯に濃紺のチュニック。胸元で揺れる宝石のペンダントが、一層その整った顔立ちを際立たせていた。

腰には細身の魔剣――魔法剣士の象徴とも言える武器が、美しく収まっている。

その隣には、重厚な鎧に身を包んだルイスが静かに立っていた。

栗色の短髪に柔和な目元、背中には巨大な両手剣が据えられている。

まさに理想的な騎士の姿であった。

(え、何?今一瞬、存在しないはずのキラキラとバラみたいなエフェクトが周囲に見えたような……)

ティナは口にフォークを咥えたまま思考が一時停止した。


「この雑多な喧騒の中で、まるで月光に照らされた花のような、清らかで美しい空気を感じました。その輝きに導かれて歩みを進めたら──そこにあなたたちがいたのです」

フェルナンデスは静かに視線を伏せながら、詩を朗読するように言葉を紡いだ。

(え、何? お芝居の練習?)

ティナは思わずキャルの袖を引っ張り、こっそり耳打ちする。

「なんか……少女漫画みたいな展開になったよ?」

キャルは淡々と返す。

「筋トレのコーチには向いてなさそうね」

キャルはぼそっと呟くと、話題を切り替えるように問いかける。

「……ところで、あなたたちはどのダンジョンに向かう予定なのかしら?」


フェルナンデスはうやうやしくお辞儀をすると、自信に満ちた視線をキャルたちに向ける。

「我々は《星喰いの坩堝(るつぼ)》を探索中です。最近、何かと注目を集めているダンジョンですね」

《星喰いの坩堝》という言葉にティナは敏感に反応した。

「あー、知ってる! 魔物がけっこう珍しいアイテム落とすって噂のとこだよね?」

「ええ、そのようですね。先日我々は、運よく《エリクシール》を手にすることができました」

フェルナンデスはそう言いながら恭しく小ぶりな壺を取り出した。淡い金色に輝く液体が、中で静かに揺れている。見た目だけでも、かなり高価そうだ。

「え、すごい……」

キャルが思わず声を漏らす。それを見てフェルナンデスはにっこりと余裕の表情でほほ笑んだ。

「ラッキーでした。あそこは魔物も強いですが、得られるものもそれに見合う価値があります」

ティナはちらりとキャルの横顔を見ながら、そっとつぶやく。

(ねえ、キャル。こっちのパーティも全然アリなんじゃ……?)

キャルは軽く視線を落として思案する。

(うーん……。でも私、イケメン枠ってちょっと苦手なのよね……)

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