That's Dungeon!

@Eviten

第1話 冒険の始まり/回復特化型僧侶アレク

ここはアルバタウンにある冒険者ギルド。

石造りの建物の中、昼の陽が斜めに差し込む食堂兼酒場には、香ばしく焼かれた肉と、湿った革の匂いが立ち込めていた。

木製の長卓を囲む冒険者たちが、がやがやと話し込み、どこからか笑い声が弾ける。

重たいブーツの足音に混じって、マグのぶつかる低い音が響く。

時おり誰かが立ち上がるたびに、木の椅子がギギ、と軋み床板を震わせた。


そのざわめきの片隅、石壁に打ち付けられた冒険者ギルドの掲示板がある。

そこへ向かって、ブーツの音をゴツゴツと響かせながら一人の男が歩いていく。

背丈は標準。戦士にしてはやや細身。

二十代前半。旅焼けした肌と、無精に伸びた黒い髪。

茶色いクロークの裾からは、やや短めの剣の鞘がちらちらと見え隠れしていた。


男は掲示板の前で足を止めると、そこに張られた無数の紙をゆっくりと眺める。

そして、一枚の張り紙に目を止めた。


【ナンバー115】

 《黒い口》に挑む仲間を募集する。

 当方、回復魔法特化型の僧侶 アレクシス・デュロワ。

 《黒い口》への挑戦は通算5回。 第2階層まで踏破済。

ー求むー

 ・前衛 1名以上

 ・支援系 1名以上  探索技能所有者 歓迎

 ※食事は各自持参のこと

 ※出発希望日:明後日・日の出の刻

 ◎参加希望者は、窓口担当のミリア=フォークまで。


語調は簡潔だが、言葉の選び方には妙な抑制と整いがある。

文末の“参加希望者は、窓口担当のミリア=フォークまで”という一行だけ、筆跡が異なっている。おそらく受付側の追記だろう。

それ以外は、本人の手によるものに違いない。

行間には、高い知性と繊細な気質が静かに滲んでいた。


男は張り紙にざっと目を通すと、迷いなく窓口へ向かった。

途中、すれ違う荷運びのドワーフの横を器用にすり抜ける。


冒険者ギルドの窓口では、事務的な面持ちの受付嬢が書類を束ねていた。

男は窓口に近づくと、カウンターに肘を乗せて、受付の女性に軽く挨拶をする。

「やあ、ミリア!今日のイヤリングも素敵だな」

「あら、ジョン。今日もどうでもいいところを褒めるのね。このイヤリングは最近飽きてきたところよ」

「ハハハ、そりゃ失敬。ところで、掲示板のナンバー115、アレクシスってのはどんなやつだい?」

ミリアは視線を上げることなく、淡々と答える。

「タイミングがいいわね。いま、あんたの後ろにいるわよ」

「え?」

ジョンは眉をひそめて振り返った。


そこには、背丈二メートルに迫る半裸の巨漢が立っていた。

鍛え抜かれた岩のような上半身、背には異常なほどに巨大な鋼鉄のハンマー。

歴戦にして無敵の傭兵――いや、野獣を相手に素手でも戦えそうなバーバリアンのごとき風貌だった。

大男は、黙ったままジョンをじろりと見下ろす。

ジョンは慌てて目をそらすと、もう一度ミリアに向き直る。

「ええっと…確か、回復魔法特化型の僧侶、だよな? どこにいる?」

ミリアが肩をすくめるように言った。

「だから、そこだって」


もう一度ジョンが振り返ろうとした、その瞬間。

大男が一歩、のしりと前に出た。床板がわずかに軋む。

そして、その分厚い手が、ためらいなくジョンの肩に置かれた。

「……俺が、アレクシス・デュロワ。回復特化型の僧侶だ。……あんたは?」

低く、響くような声。

肩にかかる手の重みが、じわりと筋肉に沈んでくる。

ジョンの思考が、数秒止まった。

(……こいつが? 回復特化型? の、僧侶? だって?)

目の前の男を見上げながら、脳内で全力の情報整理が始まる。

(いやどう見てもバーバリアンだろ。なんで上半身裸なんだ。ローブは着ないのか?もしかしてサイズがないのか? いや、いまはそこじゃない)

一拍遅れて、息を整える。

とりあえず、名乗るべきだ。そういうときだ。

「……俺は、ジョナス・リーフェル。こう見えても剣士だ。ジョンと呼んでくれ。《黒い口》には二度挑んだことがあるが、第二階層の途中で引き返した」


アレクシスは短くうなずいた。

「俺のことはアレクと呼んでくれ、ジョン」

アレクはそう言いながらジョンの全身を値踏みするように眺めた。

「うむ、申し分ない。あんたなら俺の背中を任せられそうだ」

(…おい、それ僧侶が剣士にいうセリフか? やっぱりお前、バーバリアンだろ。)

「アレク、無礼を承知で聞かせてくれ。あんたの回復魔法のスペルランクは?」

アレクは腕を組み、少しだけ首を傾けた。

背後の灯が、その鍛え上げられた肩の輪郭を淡く照らす。

「スペルランク? Bだったような気がする……が、違ったかもしれない。 使える回復魔法は――初級治癒、中級治癒、解毒、それと麻痺解除。 加えて、止血処置と薬草の知識、心肺蘇生法も取得している」

ジョンはゆっくりまばたきした。

(なんだこのスキルポイント全振りみたいな回答は……)

「……で、他の神聖魔法は?少しは使えるだろ? ほら、光でゾンビを焼き払うようなやつとか、神の祝福で攻撃力アップ! みたいなのとか」

「ない」

「……。」

ジョンはふと天井を仰ぎ、それから真顔に戻った。

「本当に、回復特化型なんだな……」

「そうだ。 ……試すか?」

「え? 試すって?」

「そうだ。お前に回復魔法をかける」

アレクはそう言うと、巨体をゆっくりと動かし、無造作にハンマーを担ぎ上げた。その動作に、場に緊張が走る。

「まてまて! まさか、そいつで殴ったら回復するとか言わないよな?」

「まさか、そんなわけはないだろう」

アレクはそう言いながらも、依然として構えを解かない。

どこにハンマーを振り下ろすかを測るように、じっとジョンを見下ろしていた。

「じゃあ、なんでハンマーを振り上げたんだよ!?」

「お前は今、無傷だ。だから、回復魔法はかからないだろう」

「ちょ、待てよ! 信用する! あんたの回復魔法、信用する! だから試さなくていい!」

「……そうか」

アレクは少し残念そうに、ハンマーを床におろした。

鈍い金属音が響き、木の床をわずかに震わせる。

一瞬静まりかけた食堂が、その音を合図にふたたびざわつきを取り戻した。


「ちなみに、回復魔法の頂点である《蘇生》を使える人はいないわよ」

ミリアは紅茶を片手に、涼しい顔でそう言った。

紅茶の湯気がゆらゆらと揺れるカウンター越しに、ジョンとアレクが、ほぼ同時に口を開いた。


「それができるのは──」

「“レジェンド”だけだ」


ぴたりと揃ったその一言に、ミリアは一瞬ぽかんとしたあと、コロコロと笑い出した。


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