第13話
王都西方の陽光広場そこは元々、季節の祝祭や騎士団の式典が行われる、国の象徴的な場であった。
だが今、そこには異様な緊張が満ちていた。
十重二十重に組まれた結界、遠巻きに集まる市民、そしてその中央に。
玉座に等しい高壇と、空虚な檻。
「これが……公開裁定」
ミリアがつぶやくように言った。
その声に、クラリッサは静かに頷く。
「ええ。正義の仮面をかぶった処刑劇よ。私たちを悪役として仕立て上げ、この国が正しいことを示すための舞台装置」
王宮は、国民に見せるための見世物裁判を仕掛けてきた。
クラリッサの真祖の力はもはや個人の範疇を超えた脅威とされ、
国王の名の下で、彼女は災厄指定対象として処断の対象となったのだ。
その裁きを執行するのは。
「……第一騎士団、光剣の英雄アルベルト・グレイヴ。そして、天秤の巫女……セレスティア=アル=オルトレイン」
ミリアの顔が引きつる。
「オルトレイン……って、王家の?」
「ええ。現王太子の妹、つまり本物の聖女。対となる存在。私という悪を討つために呼ばれた、正義の象徴よ」
午後三時。鐘の音と共に、場に動きが走った。
「陛下の御名のもとに、裁定を開始する!」
宣言と同時に、クラリッサは高壇へと歩を進めた。
結界の中、兵士たちに囲まれても、一切怯まず。
むしろ、姿勢すら誇らしくまさに舞台の悪役として完璧だった。
「……あなたが、クラリッサ・ローレンスか」
現れたのは、銀鎧に身を包んだ男。
騎士団長、アルベルト・グレイヴ。
かつて王国の辺境戦で数千の兵を率い、魔族を退けた英雄。
その剣は、一度振れば空気すら断ち、二度振れば大地を裂くと恐れられていた。
「災厄にしては随分と気品があるな。だがその力……我らの正義の前に、無力だと知れ」
クラリッサは微笑んだ。
「面白い言い方ね。正義って、誰が決めるのかしら?
王族?騎士?巫女?民衆?それとも、あなた自身?」
「……黙れ。お前は国を乱した裏切り者。問答無用」
「そう。だから私は黙らないのよ。私を殺して、国が浄化される?それは違うわ。真に腐っているのは、そちらだから」
空気が変わる。
王太子の命により、天秤の巫女セレスティアが召喚された。
純白の衣に身を包み、銀の髪を揺らすその姿は、まさに神々しいまでの威圧感を纏っていた。
彼女が開口する。
「クラリッサ・ローレンス。あなたの中に眠る真祖の血。それはかつて、世界を災厄へと導いた禁忌の力。今ここで、それを断ち切るため、我が天秤が動くのです」
手にした聖具の天秤が、クラリッサを量る。
魔力の圧が、全身を締めつけるように重くのしかかる。
(……なるほど。これが正義の重さ)
だが、クラリッサは膝をつかなかった。
むしろその場で、静かに扇子を開く。
「ならば、私は悪として戦う。
あなたたちの正義に潰されるなら、それで本望よ」
そして。
高壇に、雷撃が落ちた。
クラリッサがその身を翻し、結界を逆転させると同時に、
陽光広場の空が裂け、紫紺の空間魔術が暴走的に展開された。
「始めましょう。英雄と悪役の共演を!」
クラリッサ vs 第一騎士団と巫女。
多対一。
だが、誰もが一瞬で理解した。
彼女は、殺される側ではない。
裁かれる側でありながら、誰よりもその場を支配している。
「紅蓮舞扇・獄焔輪」
彼女の魔術が暴発し、結界を焼き、兵たちを跳ね飛ばす。
アルベルトが叫ぶ。
「巫女殿、聖域を展開せよ!奴の空間を押さえる!」
「了解。聖印・星環(せいかん)!」
セレスティアが天空に光輪を召喚し、クラリッサを封じにかかる。
しかし。
「浅いわよ」
クラリッサが放った一言の直後、魔力が反転。
天秤が傾く。
悪役令嬢の怒りが、正義すら打ち砕いた。
戦闘の果て。
広場は半壊、第一騎士団は沈黙、巫女は倒れ、
クラリッサは未だ、立っていた。
「……これが、私の答えよ。王家の正義とやらに、私は負けない。私は、私の正しさで進む」
その夜、王宮の奥。
「……失敗だ。まさか、正義まで敗れるとは」
影の男が呟く。
「もう、彼女はただの令嬢じゃない。象徴だよ。この国の腐敗に抗う存在そのものになってしまった」
別の影が笑う。
「面白い……ならば、次は国そのものを使ってみせよう。いよいよ、最終計画を始動するときだ」
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