第14話

夜の王都に、鐘の音が鳴り響く。


「これより告ぐ。クラリッサ・ローレンス、王国反逆罪により、即刻、国家最重要危険人物として認定。従わぬ場合、命をもって償わせる」


 その報せは、王都全域に響き渡った。

 誰もが知る、あの美しきローレンス侯爵令嬢が、今や国の敵として名指しされていた。


 だが、それを聞いた彼女は笑っていた。


「ようやく、名乗る価値のある敵になれたようね、王さま」


 クラリッサは、荒れ果てた旧貴族街にある一軒の館にいた。

 そこは、かつてローレンス家の別邸だった場所。

 今では瓦礫同然だが、彼女にとっては帰る場所だった。


 そしてその夜、彼女は宣言するために動いた。


「ミリア、手配して。必要なのはただ一つ。王都全域に、私の言葉を放送する術具」


「……放送を? まさか、本当に国に挑むつもり?」


「挑むんじゃない。宣戦布告よ」


 クラリッサの瞳は、恐ろしいほどに澄んでいた。


「私はもう、陰で復讐する令嬢じゃない。ここからは、表で正面から殴り返す悪役になるの」


 翌日、王都中央広場に異変が起きた。


 突然、空に魔術式が浮かび上がり、空間が歪む。

 次の瞬間、上空に巨大な魔導結晶。通称魔言珠が現れる。

 そこから、街全体に一つの声が響き渡った。


『民よ、聞きなさい。私は、クラリッサ・ローレンス。王家に捨てられ、罪をなすりつけられた元令嬢よ』


 人々がざわめく。


『私は言う。王家は腐っている。彼らは正義を名乗り、都合の悪い者を悪に仕立て上げる。民が知らぬところで、人を操り、感情を奪い、少女を道具に変え、そして正しさをねじ曲げてきた』


『……私は、そんな王家を赦さない』


 声が、確かな怒りを帯びていた。


『この国にとって、私は確かに災厄でしょう。でもそれは、嘘を壊す災厄よ。

 だからここに宣言する』


 魔言珠が一瞬、まばゆく光る。


『私は、王家に戦争を仕掛ける。この国の偽りの正義を焼き払い、本当の悪役令嬢として、幕を引かせてもらうわ!』


 そして、空が割れた。


 魔力の残響が王都全体に響き、

 クラリッサの宣戦布告は、

 全市民の記憶に刻まれた。


 王宮では、緊急会議が開かれていた。

 重臣たちは口々に叫ぶ。


「正気か!?あれはもはやテロ行為だ!戦争だぞ!」


「しかも、民の心を掴み始めている……!正義”である我々が、逆に問われる事態に……!」


 だが、王太子は冷静だった。


「……宣戦布告とは。王に刃向かうなど、狂気の沙汰。だが見せしめにはちょうどいいだろう」


 そして、第二王子・レオニスも、沈黙のままに微笑んだ。


(クラリッサ……本当に、ここまでやるとは。だがその先で、君はきっと気づく。悪役のままでは、勝てないってことに)


 一方、クラリッサはすでに動き出していた。


 魔言珠の放送直後、彼女は地下の旧ローレンス家領へと向かっていた。


 そこに眠るのは。


「かつて、父が封印した遺された兵力……名もなき護衛騎士たち。すべて王宮に殺された彼らの記憶と意志。」


 その地下に眠るは、ローレンス家直属の戦闘型魔人部隊、黒葬の騎士


 魔力によって再起動された兵士たちが、静かに起き上がる。


 その瞳に光が宿り、クラリッサの声が響く。


「貴方たちの無念、今ここで果たして差し上げる。さあ、起きなさい。もう一度、私のために戦って。この腐った国を、終わらせるのよ」


 その日の夜、王宮上空に黒き煙が立ち上った。


 黒葬の騎士による、王都防衛線への初撃。


 クラリッサは、もはや小さな令嬢ではなかった。

 王都の全兵を動かし、国家vs一人の悪役令嬢という戦争構図が、ここに完成する。

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