第12話

白百合部隊が動き出した夜、王都の一角で火が上がった。


 旧温室は炎に包まれ、瓦礫と魔力の爆ぜる音が轟く。

 クラリッサは、ミリアの手を引きながら、濛々と立ち込める黒煙の中を走った。


「このままだと包囲される……!」


 追撃は容赦がなかった。

 白百合は、王家直属の対魔特化部隊。

 その目的は“捕縛”ではなく、再利用不能な排除。すなわち、殺処分だった。


「ミリア、魔力制御はできる?」


「少しだけ……でも、何かが……おかしいの……。私の中にある魔力、動きが違ってて……」


 クラリッサは一瞬迷い決断する。


「隠れていて。あなたまで連れていけない。私は、あいつらを引きつける」


「でも、そんな!」


「私は悪役令嬢よ。悪役は、いつだって先に舞台に立つの」


 それだけ言って、クラリッサは踵を返した。

 燃え落ちる温室の前、彼女は立つ。


「クラリッサ・ローレンス。投降を勧告する。従わない場合、戦闘行為をもってこれを制裁とする」


 四方から兵士たちが現れ、魔道銃と杖を構える。


 だが、クラリッサは一歩も退かない。

 扇子を開くと、そこから紫紺の光が溢れ出す。


「悪役を甘く見ないことね。私は王族が作った“お人形”とは違う。自分の足で、ここに立ってる」


 指を鳴らす。


 刹那、地面が割れ、魔力結晶が噴き上がる。

 ローレンス家代々が封じてきた、真祖の魔術。

《血契・反律(ブラッド・リヴェリオン)》

が解き放たれた。


「行くわよ……主役が登場するその前に、舞台を全部、燃やしてあげる」


 一方その頃。


 王宮・暗部塔にて、第二王子レオニスは報告を受けていた。


「……温室が壊滅?白百合が負けた?」


「現在、半数が行方不明、3名が即死。相手は真祖化した悪役令嬢……もはや規格外です」


 レオニスは天井を仰いだ。


「面白い。ようやく、俺を楽しませてくれる存在が現れたようだ」


 その声に、どこか狂気がにじんでいた。

 彼にとって、クラリッサも、王太子も、国家すら、ただの遊戯の駒でしかなかった。


「よし。ならば、舞台を変えよう。学園という劇場では足りない。今度は王都を使う」


「何を……?」


「国の英雄を呼べ。伝説の第一騎士団、そして天秤の巫女。この国が誇る最強で、あの女を倒させる。そうすれば、国民はこう言うだろう。『悪役令嬢クラリッサ・ローレンスは、やはり災厄だった』とな」


 それが、レオニスの計画だった。


 最強という正義で、正しさを上書きする。

 真祖の覚醒を、悪として封殺する国家の方法。


(でもそれは、あの女には効かない。彼女は……正義と悪のどちらでもない。ただ自分だけの真実を貫こうとしている)


 だからこそ面白い。


「クラリッサ。君がどこまで壊れていくのか、僕は見たい。悪役令嬢という役を、どこまで演じ抜けるのか」


 夜明け前、クラリッサは一人で立っていた。


 血と煤と、焼けた花の匂いが残る戦場で。

 誰の歓声も、拍手もない勝利。


 けれどその顔に、確かな誇りが浮かんでいた。


「……これが、私の道」


 震える脚で、ゆっくりと歩き出す。


 その先にあるのは、さらなる戦い。さらなる嘘。さらなる悪意。


 でも。


(私が悪役であることを、恐れはしない)


 なぜなら。


 本当に怖いのは、善人の仮面をかぶった連中のほうだから。

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