第4話

 毒の香りは、バラの紅茶に紛れていた。


 午後の貴族棟。

 クラリッサは、相変わらず優雅に、けれど慎重に紅茶に口をつける。


「ふむ……香りはアレッタ・ローズ、けれど、少し鈍いかしら」


 隣で椅子に座るのは、伯爵令嬢レティシア・ロイド。

 王太子派に寝返った貴族のひとりで、ヒロイン・ミリアを露骨に擁護していた者だ。


 そのレティシアが、今日は和解と称して、お茶会を開いた。

 参加者はクラリッサただひとり。


「クラリッサ様、いかがですか?王太子殿下の件、私、ずっと気になっていて……」


「まあ。お気遣い痛み入りますわ」


 クラリッサは柔らかく笑う。

 扇子で口元を隠し、ゆったりとした所作でティーカップを戻す。


 けれどその瞳は笑っていなかった。


(……この女、躊躇なくやったわね)


 紅茶に混じっていたのは、王都では見かけない微量の魔毒の「ヴェヌム」

 摂取してすぐには症状が出ず、数時間後に発作を起こすタイプ。

 しかも、診断時には風邪や疲労と誤診されやすい、極めて厄介な毒。


 そして、表で手に入れることはできない。


(つまりこの子……裏の流通に、コネがある)


 クラリッサは微笑を崩さず、ティーカップをもう一度持ち上げた。


「本当に……優雅な香りですこと。どちらの茶葉ですの?」


「ふふっ、南方領の友人にお願いして。今朝届いたばかりですのよ」


「まあ。それは素敵……ところで、少し話が逸れますけれど」


 クラリッサはティーカップをくるりと回しながら、柔らかく言った。


「昨夜、時計塔の書庫でおもしろい情報を耳にしたのです。裏市場で毒入り茶葉が出回っているとか。おそろしいですわね?」


 レティシアの表情が一瞬、わずかに引きつる。

 けれど、令嬢の仮面はそう簡単には崩れない。


「まぁ……まさか。そんなものが、貴族の館に入り込むはずありませんわ」


「そうですわね。そう信じたいところですわ」

 クラリッサはゆっくりと立ち上がった。


「……このお茶会、とても楽しゅうございました」


 そう言って彼女は、テーブルに残された自分のティーカップを。

 そのまま、レティシアの前にすっと滑らせた。


「え……?」


「お礼に、その香り高いお茶。殿下派の皆様にも、ぜひ振る舞って差し上げてくださいな」

 言葉と共に、クラリッサはにこりと微笑んだ。


 それはまるで、あなたが口にしたくないなら、それが証拠ですわよとでも言うように。


「…………っ」


 レティシアは顔を引きつらせたまま、何も言えなかった。


 クラリッサは一礼し、優雅な足取りで去っていく。

 その背中を見送るレティシアの額には、薄く冷や汗が滲んでいた。


 その夜、ヴァンディール邸。書庫。


「毒、ですか。思い切りましたね」


 クラリッサの報告を聞いたレオニスは、苦笑しながらワインを口にした。


「それだけ、こちらの動きが警戒されている証拠でしょう。私の排除を王太子陣営が真剣に考え始めたつまり、焦っている」


「だがレティシア嬢があそこまで直接的に仕掛けてくるとは」


「ふふ。あの子は優等生の仮面をかぶった脆い硝子。誰かに唆されたか、あるいは、ミリア嬢の……」


 そこで言葉を切り、クラリッサは静かに立ち上がる。


「明日、ひとつ演出をしましょうか」


「演出?」


「ええ。毒入り紅茶を飲んだ令嬢が、どうして無事なのか。周囲の人々が疑問を抱けば、それだけで疑心と恐怖が芽を出しますわ」


「君は……恐ろしい女だな、クラリッサ」


「よく言われますわ、殿下。……だからこそ、王太子には私が邪魔だったのでしょう?」


 月明かりの中、クラリッサの影が揺れる。

 微笑むその姿は、悪役でもヒロインでもない。

 ただ、強くて美しい本物の女だった。


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