本論9:教会
オカルトと宗教はどうして密接に関わっているのかについて考えたことがある。この場合のオカルトは、悪魔だとか悪霊だとか邪でマイナスなものをまとめた呼び方だ。
いつだってオカルトを祓うのは宗教、つまり聖なる者たちの誰かだ。エクソシスト、陰陽師、寺生まれのTだののetc.が人々をオカルトから守るのが定説だ。
どうしてこうなったのか。なぜこれらは陰と陽という背中合わせの存在になったのか、どうしてお互いがお互いを削り合うのか、僕はそれでレポートを書こうと教授に相談した。
すると。
「何もかもめちゃくちゃだ。そもそもオカルトと宗教という分け方自体が、君の無知を示している。そう安易にカテゴライズするのはやめたまえ」
自分のデスクから立ち上がり、イライラしているように右往左往と歩き出した。
「まぁ、いい。分かりやすいようにそう呼称しよう。だが、それでも根本的に間違っている。太極図のように、二つのパーツが偶然ぴったりと嵌って綺麗な円を奇跡的に描いている、それが君のイメージなのだろうがそれは大いに間違いだ」
教授は、傍らのホワイトボードに二つの勾玉を合わせた図を描く。だが、話しているうちにそれをぐちゃぐちゃと塗りつぶしてしまう。
「二つのパーツなんて元々存在しないんだ。こうして最初に円があった。それこそが正しい。本来は全て同じだ。聖も邪も、益も害も、陰と陽も、全て混ざり合っている。混沌だ」
今度は丸を描いた。フリーハンドで書いたとは思えないほどの綺麗な真円。その中に、彼は丁度一往復の波を描くように線を引いた。
「そこに人が区分を引く。そうしてオカルトと宗教が生まれるんだ。考えなければならないのはどうして背中合わせなのかではなく、どうして境界線が引かれたか、だ」
結局僕はそのレポートを書けていない。答えがよく分からなかったからだ。
真円にて示された混沌。その姿を全く想像できなかったからだ。
すべてが混ざり合っている。良いも悪いも全部混ざっている。そんなの、今の人間には想像がつかないはずだ。原始人だって彼らなりの善悪というものがある。その区分を全て取り払う? それは、超次元的な考え方だ。
きっと僕らではたどり着けない。
じゃあ、そういう教授はどうなのだろう。
この人は、その境地に辿り着けているのだろうか……
■■
「俺はE太に無性にイライラして……そして教会に行ったんだよ。それで、狭い部屋の中で神父に全部打ち明けた……そしたらその神父「その呪い、箱に籠めさせていただきます」って言ったんだよ。それだけだ」
不満気に話すG田。僕には反抗的にただ適当に言っているだけのように見えるのだが……教会? 神父? 俄かには信じられない話だ。
ちらりと教授の方を見る。嘘をついているならば分かると言っていたが……
教授——いつまでこの顔でいるつもりだろうか——彼女の顔は真剣で、嘘を耳に入れている顔ではなかった。真実、恐らくこれは真実であるという前提が完成してしまった。
「教会? 君のような罰当たりな人間が教会に行こうとするとは到底思えないね」
「あぁ!?」
僕はあえて挑発する。G田の反応を見たいのもそうだが、どちらかというと教授の出方を窺いたかった。
僕の言葉にどう乗っかるのだろうか。
「……それは私も気になる所だね。君は教徒ではないだろう? それなら神社に五円を投げてお祈りする方が自然だ。それなのにどうして教会に行こうと思ったんだい?」
「……噂だよ」
噂。また噂か。うわさの調査をしているのにまた噂に出くわすとは。
「どんな噂なんだい?」
「あの教会で憎い人の名前を言えば、神が罰を与えてくれるってやつさ。全然信じちゃなったけども、まぁ、イライラしてたからぶちまけたかったんだ」
「で、君は神に祈ったのかい?」
「いや。そんなことはしなかったな。禿げた神父のおっさんに連れられて……懺悔室って言ったけか、そこで話して終わりだった」
「なるほど……クサいのは神じゃなくて神父様みたいだね」
そう言って教授は立ち上がる。
もう終わりなのだろうか。
「ちなみに、教会って駅に向かう坂の途中にある教会のことか?」
彼は頷いた
一応、僕は場所の確認まで取ったが、教授にはまるで必要がないようだ。それももう見通しているということだろうか。
「さて、聞きたいことは聞けたし私たちは失礼しよう——ちなみにだが、今回の事を誰かに言いふらしても構わないよ。多分、誰も信じないから。アンジくん、行こう」
僕は、話のその不信感の原因となる箱を持ちつつ、教授についていく。
呆気にとられたG田は僕たちが出ていった後もそこから動く様子はなかった。
可哀そうにと思うと同時に、やはり彼は傲慢だと蔑む気持ちになる。E太に非はないというのに、神罰を願ったのだ。彼はどうしようもないエゴイストだ。きっと今回の件でも反省なんかしないで僕たちを恨むだけ恨むのだろう。
「……ん? ちょっとまずくないですか?」
それに気が付いたのは、研究室に箱を置いた時だった。
「どうしたんだ、アンジくん」
「呪いの手法を知っているG田に対してあんな恨まれるようなことしたら……僕たち呪われません?」
「そうだね。だけども心配することはない。箱がまずいことさえ分かっていれば対象のしようはいくらでもある。もし箱が届いたりでもしたら今日と同じことを決行するだけさ」
「……」
そうなるとまた僕は呪い希釈役になるのだろうか。
「そんなことはいい。明日、その教会へと向かおう」
腕時計を見ると、もう割と遅い時間だった。意外にもあの拷問は長いこと続いていたようだ。途中、彼が気絶してしまったせいで時間がかかったというのもあるが……
ふと、教授の姿に目を遣る。今はもう、いつもの中性的な容姿に戻っている。しかし、この人だって少なからずダメージを受けていたはずである。それなのにこんなにもケロッとしているのが不思議でならなかった。
改めて、この人の奇怪さに興味が湧いてきた。
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