本論2:コトリバコと超常現象調査倶楽部
コトリバコとは、一言で言えば「強力な呪いを宿す箱」。都市伝説で語られるアイテムの一つだ。
丁度教授がいじっていたリンフォンに近しき何かのように、寄木細工で外側を作られ、その中に多大な怨念を籠められて呪物となった箱だ。中にはその呪いを作るために、獣の血や子供の体の一部が詰め込まれているのだという。
蓋を開けるまでもなく、コトリバコはそこにあるだけでその周囲の女子供を取り殺し、その家の血を絶やすことができるのだとまことしやかに囁かれている。
「そんなコトリバコが、二か月前くらいから生徒の間で噂になっているんですよ。それっぽい箱が存在するって」
「ふぅむ——しかし、あれは差別が根付いたからこそ生まれた地域の伝承だろう? 何故全く関係ない
「まぁ、学生間の噂なんで、多分それっぽいから当てはまりそうな名前を付けたんでしょうね」
「名は体を表すから重要だとあれほど授業で言っているのに……危険な名前を安易に付けおって……まったく。だがまぁ、それは仕方ない、そうなってしまったのだから何も言うまい。それよりも嘆くべきは生徒のクリエイティビティの欠如だな。もっとオリジナリティを出してほしいものだよ」
「噂を広めるにはある程度のインパクトと信憑性が必要ですからね。既にある名前を使うのは手でしょう」
オリジナルの都市伝説なんて大抵は根付かない。小説ならともかく、現実で噂として流すとなると特に厳しいだろう。だから、あやかるのだ。既に恐怖の基盤を作り上げている伝説の名に。
「最近の若い者は楽しむため——バズるというのだっけか、それのために噂を広めている節があるな。いつか痛い目を見るぞ」
「それが今の若者の芯ですよ。それを良い悪いと論ずるのは違うでしょう」
先ほどのアナログとデジタルのように、これも世の中の流れだ。歩みの結果だ。上の世代の人が否定するのは違うだろう。それはいつだって世界を形作っていく基盤となっていくのだから。これまでもそうだったし、きっとこれからもそうだ。
まぁ、僕は少し乗っかれないが……ちょっとそのテンションにはついていけない。
いわゆる……陰キャという立ち位置に僕は立っている、らしい。
「まぁ、いいさ。で、コトリバコと冠するからにはあるんだろう? 呪いが」
呪いと、それによる被害が。
「決して無害ではあるまい」
「えぇ。元の都市伝説ほどでは全然ないですけどもね。例えば、箱が届いてしばらくしたら高熱が出たとか、箱を開けたら嘔吐が止まらなくて学校をしばらく休んでしまったとか、その程度です。死人までは出てないですが、箱を手にした人は例外なく体調不良を訴えています」
「どうして開けようと思えるんだ、そんな怪しい箱を……」
「まだ噂が広まる前の事例でしたからね。あと、すぐに捨てても一定の効力はあるみたいです。だから噂が広まった後も被害は出続けているんですよ」
「そりゃまた厄介な話だな。いつの世も煩わしいものだな、呪いというのは」
物憂げに肩をすくめ、ため息をつく。どういう目線からの憂いなのだろうか。老人にだってこんな言葉は吐けないだろう。まるでゲームの老魔導士みたいなセリフだ。
しかし、そんな老練な姿勢を見せたのも束の間、何かに気が付いたように眉を顰めた。
「ん——ちょっと待て。箱は
「まぁ、それが活動だからですよ」
「あーそうか、君は確か、あの如何わしい同好会に所属しているのだったな。オカルト研究部とかいう——」
「超常現象調査倶楽部です」
強調して言っておく。オカルト部などという陳腐なものでは決してないのだ。
「そうだそうだ。超常現象調査倶楽部。そこが今、このコトリバコについて調査しているというんだな?」
「えぇ、そうです」
「……今日、その同好会は活動があるのかね?」
「はい、ありますけども」
「話の続きはそこでしよう。私も調査に参加させてくれ」
「——ぜひともお願いします!」
今日、この話をしに来たのは、先ほど授業でやった箱についての講義を受けて教授の意見を聞きたくなったからである。この先生なら何か面白い発見をしてくれるだろうという期待があった。
だから、調査に合流までしてくれるとは願ってもないことだった。僕はそれを快諾し、大急ぎでメンバーにメッセージを送ったのだった。
■■
「どうも
「
「
「如何わしき調査員たち。私はご存知禁地花太郎だ。よろしく」
「いつも授業受けてます!」
「ファンです!」
「先生の授業にいつも感銘を受けています!」
「それならこんな同好会は作らないと思うんだが……まぁいい」
少し棘のある言い方だが、ここの部員たちは大抵変わり者扱いされて喜ぶひねくれ者しかいない。多少の悪意は雲散霧消し、波乱もなく顔合わせは終わった。
ただ、一人を除いて。
「……で、一人自己紹介がないようだが、君は部員ではないのかい?」
怯えるようにして借り教室の隅っこで縮こまっている女性がいた。彼女は同じ学部の人間ではないために、この見慣れぬ奇妙な存在に対して耐性が全くないのだ。
仮名・D子さんである。この人はコトリバコの被害者の一人であり、情報提供者だ。
「あの……はい……今日は超常現象調査倶楽部の人たちに話を聞いてもらうことになってて……」
「そうかそうか、良かった。君の未来はまだ安泰だ。こんな奴らの仲間になってみろ、君の未来は猿の綱渡りより不確かなものになる」
前からのことではあるのだが、どうにもこの先生は我々超常現象調査倶楽部に対して当たりが強い。民俗学の権威であるから、素人の集まりでどうあがいても同好会でしかない超常現象調査倶楽部に対して良くない感情をお持ちなのだろう。
「超常現象調査倶楽部超常現象調査倶楽部と、長ったらしいな。名前からしてセンスがない」
「地の文……もとい心中を読まないでください」
本当にこの人なんなんだろうか。やはり超能力か何かを持っているのだろうか。
「じゃあ、話を聞こうじゃないか。我々超常現象調査倶楽部、略して超調が力になる」
そしてこの言いようだ。我が物顔で勝手に略称を決めつつ、我先にとD子さんの前の席に彼女と向かい合う形で座った。この瞬間に、この同好会は禁地花太郎教授が先導を取ることになると容易に察しがついた。
「……ついこの間……一週間くらい前のことなんですけども」
躊躇いながらも彼女は語り出す。書記係である椎名がパソコンを開き、彼女の言葉を書き記していく。
「玄関のドアを開けたら箱が置いてあって、それを拾ってからすごく具合が悪くなって……」
「その箱はどんな形だった?」
「立方体でした……ルービックキューブみたいな形と大きさで、黒かったです」
「ふむ……じゃあ感触はどうだった?」
「今までにない触り心地でした。プラスチックみたいだったんですけども、どこか柔らかかったというか……」
「過去形だな。もう箱は捨ててしまったのかい?」
「はい。コトリバコの噂を聞いて、怖くなって捨てちゃいました……」
「そうか。君は何日間、その箱を取っておいたんだい——」
完全に我々など蚊帳の外に追いやったまま事情聴取を続ける。三人は教授を神格化している節があるのでうんうんと頷きながらその様子を眺めているが、僕は納得がいかない。これでは我々超常現象調査倶楽部の存在意義がないではないか。この人は話を聞いて情報を集めるために超常現象調査倶楽部をダシにしているだけだ。これはこれ以上ない侮辱だ。どうしてその状況を受け入れることができるんだ。
しかし内心の苛立ちに反し、話はスムーズに進んでいく。D子さんは教授を信用しているようで、箱や体調についてすらすらと口にしていた。僕たちと話している時は非常に口籠っていたのだが、話術が巧みなのか教授と話している時にはそんな様子は全く見せず、リラックスした表情でいる。
やっぱり、この人には勝てない。
そんな思いを抱きながら、今まで何人もの人間がこの人の元から離れていった。その気持ちは痛いほどわかるが——それでも僕は我慢する。
自然と、僕の教授を見る視線が険しいものになっていた。はっとした僕は気づかれないうちに表情を正す。
「——箱については大体わかったよ。次は君についてだ」
——嫉妬するくらいに完璧なコミュニケーションに、唐突にブレーキがかかった。それまでは箱についての客観的な事実、または主観的な感想を述べるだけでよかったが、急に話題の矛先を自分に向けられ、D子は戸惑いを見せる。
「私、ですか?」
「あぁ、そうだ」
教授は、胸ポケットから何かを取り出した。それは二十センチほどの棒で、教授がいつもスライドの重要箇所を照らすために使っているレーザーポインターだった。
それを二、三回試しに点滅させ、光を彼女の胸元へと向ける。
「君は、その箱が届いた日の周辺で誰かと揉め事を起こしたりはしなかったかい?」
「えっ……」
D子さんは大いに戸惑い——そして少しだけ嫌悪の表情を見せ始めていた。
「これこそ最も重要なことなんだ。ぜひともお願いしたい」
それでも構わずにそう言って、教授は光を浴びせ続ける。
「えっと……その……」
「ちょっと教授! あんまりプライベートを侵害するようなことは」
「君は口を挟むな、アンジくん」
だが、彼女は明らかに嫌がっている。そりゃあ、何かがあったとしても、それをさっき会ったばかりの教授になんか話したくはないだろう。しかも、先ほどから謎の棒を突き付けられ続けているのだ、警戒するのは当然のことだろう。
「さて、話したまえ。程度は低いが、君は呪われたんだ……誰かの手によって。それを聞かないことには話が進まないんだ」
「その……ご、ごめんなさいっ!」
「あっ、ちょっと……」
彼女は泣きそうになりながら、慌てて教室から出て行ってしまった。今ので完全に信用を失った、だからこの先コンタクトをとることはきっと不可能だ、そう思える背中を見送るしかなかった。
「教授!」
僕は教授に駆け寄る、が、しかし全く動揺しない。
「まったく、協力する気があるのかないのか……しかし、ようやく被害者本人の具体的なデータが手に入った」
レーザーポインターを眺めつつ、ある程度は満足げに言い放つ。
「さて、まだ今日の客人は残っているのではないか? お見通しだぞ。この調査を終わらせたいのならさっさと出したまえ」
まだ、続ける気なのか。僕は言葉もなく立ち尽くした。
他の三人、先ほどまでのテンションはないものの、二人目の情報提供者に連絡を入れた。
教授のこの蛮行は、今繋がっている情報提供者のストックを全て使いつぶすまで続いたのだった。
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