補足:一対の箱での対話

「——嘆きには二種類があるのです」


 人ひとりだけが入れる小さな空間に、若い男性が立っていた。その密封された箱のような部屋には格子がはめられた小さな窓が一つだけある。それは換気や外を眺めるためにある窓ではない——格子窓は向こうを視認できるような作りにはなっておらず、声だけがそこを通り抜けられるようになっていた。通り抜けた先にはまた同じような空間があり、そこには男が一人静かに佇む。

 男は、低くくぐもった声で平坦に滔々と男性に語り掛ける。


「どう頑張っても幸せになれない自分を嘆くか、どう頑張っても幸せにしてくれない世界の方を嘆くか、です。嘆く者は皆このどちらかに別れるのです。こうして聞き手である私には、その判別が可能なのです——まずはあなたのお話を聞かせてください。私はあなたの嘆きに見合った救いを与えましょう」


 聞く者に底知れぬ寒気と同時に落ち着きを与える声に導かれ、男性は堰を切ったように話し始めた。


「お、俺は……憎いんですっ!……あいつのことが!」


 箱が割れんばかりに甲高い声で叫ぶ男性。感情があまりに高ぶっているのか、涙が溢れて止まらない。彼はそれを拭こうともせずに続ける。


「あいつみたいな! クズ同然の男が! なんで俺の女と付き合うんだ! ありえない! あいつがいなけりゃ、ヨリを戻せていたはずなのに!」


 そして口にする。


「——あのふざけた野郎に! を!」


 しばしの静寂が訪れた。呼吸の音だけが響く、静寂。

 その静寂の隙間にゆっくりと入り込むように、男はまた低い声で告げた。


「……承りました。その呪い、箱に込めさせていただきます」


「——ありがとうございます」


「ただし、今夜のことは決して口外しないでいただきたい。神は見ておりますよ」


 何も言わず、男性は部屋から出ていった。男はしばしの間そのまま部屋の中に残り、男性が完全に去ったのを確認してから部屋を出た。

 そしてそのまま廊下を歩き、階段を下りて地下へと下っていく。着いた先は、湿った光の届かない地下室。そこには、かすかに脂の匂いが漂っていた。


「さて、彼の恨みは——これくらいが妥当ですか」


 いくつかある扉のうち、保管室に当たる部屋を開き、数多収められている中の一つを手に取る——それは、一辺が十センチほどの黒い立方体——世がコトリバコと噂する箱だった。


「いつの世も恨みは尽きない——不合理なことだ」


 そう呟いて、彼は扉を閉めた。

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