第27話「病院の帯——救護の拍と“責めない終わり”」

朝、消毒の匂いが薄く漂っていた。

廊下は光をよく跳ね返す。靴音が重い。声は低い。

看板を撫で、閂に一滴。いつも通り。今日は病院を回す。


「救護は帯にする」

レイナが見取り図に矢印を置く。救急入口——受付——診察——処置——家族待合。

「塔は写しと補助。指揮は現場。紙は道具で、主人じゃない」


ベルクは救急口の柱を指で叩く。

「第三騎士団は担架路の空を持つ。楯は十五度で楔。剣は抜かない」


フィオは湯を回して器を重ね、声を落とす。

「余白の粥は待合の角。終わりの合図はチャイム一度。器はやさしい音で」


ミロは子ら……じゃない、今日は付添の家族に若草小旗と木の鈴を渡す。

「半は旗ひと振り。音が重い時は鈴一打」


僕は受付脇の柱に紙を貼った。


《病院の三行》

一:救護の帯(救急→空→診る/四・二・四刻)

二:家族の余白(椅子一つ空/水一杯/紙一枚)

三:責めない終わり(名で止める→静める→再開)


角は丸。黒地白字。赤枠二重。下に改めた名。

帯長は当直医ロウェン、余白番は看護師長ミナ、読み手ラース、見方停止路工房(ディオム)、歌い手は院内童会……名だけは少し笑ってくれた。


さらに二枚。


《見せ方 S-ShowH(病院)》

黒地白字/斜め十五/上段太・下段中/角丸/胸台本三行/眩光避け


《手術の半(オペ・ハーフ)》

一:止めの号令(執刀医の名)

二:半(若草/目線合わせ/鈴一打)

三:終わり(灯三瞬/器ひと重ね/チャイム一度)


「回せる?」

ベルクが短く聞き、僕は頷いた。

「回さない歌・救護版で合わせる」


午前。

救護の帯が静かに立ち上がる。担架が通り、受付が空を一歩空け、診る側の呼吸が揃う。

家族の余白には水と紙が置かれ、椅子の一つが空。

眼差しの高さが、少し下がる。

いい。今日は、いける——


青い箱が、処置室の扉をくぐるまでは。


「スループット最適匣(ベッド・ターン)」

商会企画長サーレン。黒革の手袋、声は低い。

箱の窓で針が踊り、側面に**『滞在短縮/終わり不要/余白=損失』。

「治療は切れ目なく流すのが最適**。空は外部ケアへ逃がす。名の手間は中央鍵で代替できる」


ベルクの眉がわずかに動く。

「停止路義務」

「鍵がある。現場は回すだけでいい」

返答は予想通りだ。


匣が管理卓に据えられ、救護の帯の上から自動指示が被さった。

休みがうすくなり、家族の余白が痩せる。

声が早くなる。

——そして謝りの声が増え始めた。

終わりが来ない時、人は謝りで穴を塞ぐ。


「半!」

ミナの若草旗。細いけど、まっすぐ。

届きにくい。アラームが拍の上に乗って、声をかき消す。


ベルクの声が落ちる。

「ベルクの名で止まる!」

楯が斜め十五度で楔になり、担架路の空を守る。

歌い手が低く回す。


《回さない歌・救護》

さきのな、とめ

あとのな、まつ

はん(若草/鈴いち)

こはく、しずめ

しろで、はじめ

おわり、いちど


僕は匣の背面へ。蓋。蝶番。逆刻み界面。

あった。だが、嫌な針。

「擬似終わり」——細切れの完了通知を高速で投げ、見かけの区切りで人の終わりを上書きする仕掛け。

終わりが終わりでなくなる。汚い。


「擬似終わりを外す。逆刻みを“静め”に結ぶ」

ディオムが工具を差し出す。

僕は擬似針を外し、静め針を入れ、逆刻みを半歩戻す。

名を太く残した。


「スループット匣・逆刻み:リオン/擬似針除去:ディオム」


若草半が通る。

こはく——静めの欄に、家族の名と看護師の名が並ぶ。

白で再開。チャイム一度。器ひと重ね。灯三瞬。

謝りの声が減り、ありがとうが増えた。

息が戻る。


サーレンは視線だけで笑う。

「速さは落ちた」

「責めない終わりは、最後に速くする」

喉は乾いていたが、言葉は出た。


昼の空。

フィオの粥が湯気を立て、家族の余白で器が重なる。

レイナが紙を一枚、柱に足す。


《家族の名の灯り》

帯長(当直医)/余白番(看護師長)/読み手(受付)/見方(工房)/歌い手(院童会)

免除枠:救護/遠方/付き添い一名

——「返せるお願い」で名を出す。売買は無効。


ブラン(規格局)が頷く。「R1-医付録 RM1に家族の名の灯りを入れる」


午後。

**公開三分(救護フロア)**をやる。

条件は同じ。救急搬入、処置一件、家族待合。

A:スループット最適(擬似終わり)/B:救護帯+手術の半+家族の余白。

指標は四つ——停止/再開/怒号数/“謝り数(声質)”。


A。

擬似終わりで区切る。

——停止、なし(だから長い)。

——再開、乱れ。

——怒号、二。

——謝り数、多(肩の上で硬い音)。


B。

若草半→琥珀(静め)→白(再開)。

——停止、早い。

——再開、短い。

——怒号、ゼロ。

——謝り数、少(代わりにありがとうが増)。

廊下の音が柔らかい。


ブランが板を掲げる。

「B式優。救護帯/家族余白/手術の半/責めない終わりを必須に」


サーレンは鍵を持ち上げた。

ブランの声は短い。

「最終停止。名札穴は必須。名を先に」

サーレンは筆を取り、刻む。

「スループット匣・担当:サーレン——静め針/逆刻み口の採用に同意」

名は残った。


待合の陰で、別の紙の匂い。

「優先ベッド権」——先に入れる券。隅に小さな官印。

出たな。


取り立て番ルオが黒地太字の免除枠を叩く。

「救護/避難/破損。——名を出せ。返せるお願いで。売買は無効」

札束は掲示板の改めた名に吸い込まれ、名の列へ変わった。

ざまぁは、チャイムが一度だけ澄む音。静かで、遠くまで通る。


夕刻。

手術室の灯が落ち、半の札が入る。

そのとき、低い拍。

アラーム輪——緩衝の輪の医版。

注意と警告を途切れなく回し続け、現場の半を消す罠。


「回さない輪・医版」

僕は柱に紙を貼った。


《回さない輪・医》

一:止めの号令(執刀医の名)

二:半(若草/鈴一打/目線合わせ)

三:静め(琥珀:音量・灯・声)

四:放つ(白:再開)

五:終わり(灯三瞬/器重ね/チャイム一度)


ディオムが輪の側面に白い印を二つ。

「“鳴りっぱなし”の口を外へ。逆刻みは静めに結ぶ」

ユーンが短く添える。

「詩なら**『半、しずめる』**」


若草半。

琥珀で静め、白で放つ。

アラーム輪の拍は、息に吸われて小さくなった。


夜。

ブランの綴り本に新しい頁。


《R1-医付録 RM1》

必須:


救護の帯(救急→空→診る)


家族の余白(椅子/水/紙)と家族の名の灯り**


手術の半(止め→静め→終わり)


責めない終わり(名・半・再開の順)


逆刻み界面(スループット匣/アラーム輪)


終わりの合図(チャイム一度/灯三瞬/器ひと重ね)

推奨:


見せ方 S-ShowH(黒地白字/斜め十五/胸台本三行/眩光避け)


息の指標(怒号/謝り数→ありがとう数/終わり回数)

現場枠:


待合の広さ/椅子の材/静めの秒数


末尾の改めた名。

「規格局:ブラン」

「停止路工房:リオン/レイナ/ディオム」

「第三騎士団:ベルク」

「市民:看護師長ミナ/当直医ロウェン/取り立て番ルオ」

「監:ユーン(臨時)」


サーレンは匣の縁を撫で、低く言った。

「速さは、人の静けさに負ける時がある」

「負けた方が、最後は勝つ」

彼は筆で名をもう一つ増やした。小さいが、太い。


僕は自動扉の前の看板を撫で、閂に一滴……は無いから、指で縁を軽く叩いた。

今日を楽にする工房。

文字は軽い。

重さは小さく割って担ぐ。


明日は——役所だ。

窓口の帯、証の見せ方、待つ速さ。

紙と歌と名で、お願いの往復を短くする。


鈴を一打。

終わりの合図。

——回っている。

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