真昼の推理

早咲はやさき。俺に何か隠しごとがあるだろ」

「へっ!? にゃいよ!」

「噛んでるし。さっきからずっと挙動不審じゃないか」

「べつに私はいつもと同じですけど!?」

「違和感はそれだけじゃない。昨日の今日で神子上みこがみに頼む物事のスピーディーさだ。まだ自分で捜し回ってもいない状況なのに人にお願いするか?」

「明日は休日だから焦ってて……自分一人で見つかる気がしなかったし……」

「仮にそうだとしても、やっぱり神子上みこがみに頼むこと自体おかしい。あいつの部活は依頼を請け負ってはいるが、今のところ解決の実績がない、というかまだ誰も依頼に来たことがない。そんな信頼性皆無のところに頼むのは不自然だ」

「私が最初の依頼者だっただけのことでしょ!」

「真っ先に依頼してるのが変なんだ。普通なら、まずは仲のいい友達とかに相談するだろ」

「し、したんだけどみんな忙しいみたいで……」

「じゃあこの体育館に来た時に声を掛けてきた人たちはみんな仲のいい友達じゃないってことだな? 中には同じバド部のクラスメイトもいたけど」

「…………」


 早咲はやさきは目を泳がせながら黙り込む。確定だな。


 やがて俺の疑惑の目に観念したのか、どこか意を決した様子で重い口を開いた。


「その……隠しごとがあるのは事実で、たぶん気遣わせちゃうから言いたくなかったんだけど、実は失くしたペンダントって言うのがロケットペンダントなの」

「ロケットペンダント? チャームが開閉式になってて中に写真や薬を入れれるやつか」

「そうそれ。で、中にはお母さんと私が写った写真を入れてるんだ」

「お、お母さんの写真……?」


 何か突如として雲行きが怪しくなってきた。


 早咲はやさきは「うん」と頷いて、どこか憂いを帯びた顔をする。


「私が小学生の頃に病気で倒れてね。余命があと半年も無くて、そんな突然の出来事に当時の私はすごく不安で悲しんで、それを見兼ねたお母さんが(お父さんと協力して)形見として作ってくれた物なんだ。お母さんはもうすぐいなくなっちゃうけど心はいつも利音りねのそばにいるって。それで今でも癖で外に行く時はいつも御守り代わりに持ってるんだ」

「御守り代わり……」

「未練たらたらで恥ずかしいけど、すごく優しい人だったから。つらい時とか勇気がいる時に見ると、励ましてくれるような気がしてがんばろーってなるんだ」


 つまり友達に相談しなかったのは(友達はそのことを知っていて)大きく心配させることになるからで、事情を知らない俺たちにただの落とし物だと偽って手伝ってもらったのか。校則違反で着用できないのにわざわざスクールバッグに入れてまで持ってくる行動にも頷ける。


 少し考えれば容易に分かることを、俺は怪しさばかり捉えて早咲はやさきの気遣いに気づけなかった。


 瞬く間に心は罪悪感で一杯になり、すぐに早咲はやさきに向かって勢いよく頭を下げた。


早咲はやさき、ごめん! 俺の勝手な想像で怪しんだりなんかして! まさかそこまで大切な物だとは思わなかったんだ……本当にごめん」

「ううん! 私が嘘をついてるのは本当のことだし、明瀬あかせは何一つ悪くないよ! 謝らないで大丈夫だから!」

「いやこれは俺の落ち度だ。ただ詫びる気持ちだけじゃ足りないから、ペンダントを見つけることで贖罪とさせてくれ」


 話が変わった。保身のためではなく、早咲はやさきを一秒でも早く安心させるために見つけたい。


 それにペンダントがただのファッションアイテムじゃないことが分かった今、この用具室以外の場所で失くした可能性も視野に入ってくる。


「それで早咲はやさきに少し訊きたいことがある。普段ペンダントはスクールバッグの中に仕舞ってるって言ってたけど、首に提げる時ってあるのか?」

「え、ああうん。時たまにならあるよ。つらいことや苦しいことがあった時に力を貸してって意味でね。ロケット部分を服の下に隠して、外から見えるチェーン部分は私の肌に近い色でカモフラージュしてるから遠目からなら意外とバレないんだ」

「部活の時はどうなんだ?」

「長時間動くからさすがに着けないよ。顧問の先生と近場で話す時も多いしね」


 俺は「分かった。ちょっと推理してみる」と早咲はやさきに断ってから、跳び箱に背を預ける。


 早咲はやさきから聞いた情報と、昨日あった学校の出来事を頭の中で反芻していく。


 しばらくしてから、ある仮説に辿り着いた。


 俯けていた顔を上げると、こちらに視線を注いでいる早咲はやさきの姿に気づく。


「ごめん、待たせたな」

「……ああいや! なんか探偵っぽいな~って思って見てただけだから気にしないで」

「普通に考えてただけだけど探偵っぽかったか? ……それになんか顔が赤くないか?」

「気のせい気のせい。それよりも何か掴めたの?」


 はぐらかされた気がしてならないが、どうせ大したことじゃないだろうし、優先するべきはペンダントのほうだ。


「ああ。まず訊きたいことがあって、ペンダントを失くしたことに気づいたあとで体操服入れの中、もしくは体操服のポケットは捜したか?」

「えーっと……たぶん捜してないかな」

「じゃあ恐らくそこにある可能性が高い」


 早咲はやさきは小首をかしげる。『どうして?』と心の声がひしひしと伝わってくる。


「順を追って話すよ。

 まず俺はペンダントの失くし方を考え直した。これまでは何かの拍子にスクールバッグから落ちたと思ってたけど、よく考えてみればファスナーポケットから落ちることなんて滅多にないし、大切にしているロケットペンダントなら尚更だ」

「たしかに……そうだね……」

「だから落とした線はない。加えてペンダントは個人的な物だから物盗りの可能性も除外したら、残るは無意識のうちに自分でどこかにやったパターンしかない。よくあるのは二つの物事を同時進行してる時に集中力が散漫になってうっかりやらかす感じだな」

「あー、私よくやるかも……この前はテレビ見ながら身支度してたら遅刻しそうになったし、その前は友達と喫茶店を出て行く時に会話してたらスマホをテーブルに忘れてたし」

「今回もまさにそんな感じだろう。一旦それだと仮定して。

 次に『昨日のどのタイミングでペンダントをスクールバッグから取り出したか』だ。さっきつらいことや苦しいことがあった時に着けるって言ってたよな。昨日の出来事で(部活を除いた場合)それに当たる物事はスポーツテストしかない。だから始まる前にペンダントを首に着けたんじゃないか?」


 スポーツテストの中には持久走や短距離走があり、昨日の愚痴の中でちらっと走るのが苦手だと言っていた気がするからペンダントを着ける理由になり得る。 


 早咲はやさきは目線を上にして思い出すような素振りをする。


「えっと……着けたような着けてないような……」

「昨日のことなのに思い出せないのか? 正直ド忘れにも程があるぞ」

「き、昨日はスポーツテストであちこち移動して忙しかったから細かい記憶が薄れてるの! 友達と記録のことで常に話してた状態だったし!」

「じゃあ否定もできない以上、スポーツテスト前に着けたってことで推理を進める。

 次に考えることは『どのタイミングで首に提げたペンダントを外したか』だ。これも記憶にないんだよな?」

「ありません! ごめんなさい!」

「まぁ、あるないどちらにせよ無意識下で外したわけだ。それをしてしまう時なんて首に提げていると都合の悪い時ぐらいだろう。つまり着替える時だ」

「……服の下に隠してるわけだから、べつに着けたままでも着替えられると思うけど」

「ただ服を着替えるだけならそうだな。でも昨日はスポーツテストで体力を使う項目が多かったことから、着替える時にする動作が一つ増える」

「動作?」

「俺が思うに、持久走とかのあとは結構汗を掻いたんじゃないか?」

「へっ!? な、なんで知ってるの!?」

「昨日図書室で近寄られた時にシトラスの爽やかな香りがしたからな。この学校にはシャワー室なんて便利なものはないから、ボディーシートかなんかで体を拭いたと思ったんだ」

「~~~~っ」

「それで上半身を拭く動作をした時に首からペンダントを外した。その場は更衣室で、大事なペンダントを無造作に置くわけがないから近くにある体操着入れの中に入れたか、ポケットに仕舞ったかの二択ってことだ」


 ロッカーに一旦置いたまま忘れてしまった線は否定できる。ロケットペンダントなんて目立つものが長時間置いてあればさすがに誰かが発見するからな。


「ただ、これは想像の域を出ない推理だ。間違ってることも考慮して、早咲はやさきには汗を拭いた時のことをよく思い出してもらう必要があ……」

「も、もうそれで合ってると思うからこれ以上想像しないで! 明瀬あかせのえっち!」


 身を守るように体の前で腕を交差させる。


 単に客観的な視点を述べただけなのに、なんで変態呼ばわりされないといけないのか。


「俺はただ自分の考えを伝えただけだ。それよりも焦らなくていいのか?」

「……焦る? 場所が分かったんだから逆に安心してるけど……」

「昨日分からずに体操着入れを洗濯してたら大事おおごとだろ。……ああ、もしかしてまだ洗濯してないのか」

「すぐに洗濯したよ! 汗臭くなるでしょ! ペンダントは防水加工で丈夫だから焦ってないだけ!」

「なら俺の最終的な推理は『体操着のポケットの中に無意識に入れた』だな。これは家に帰ってから調べれば分かるとして、あとは神子上みこがみの意見を聞いてみ────」


 その時、用具室の引き扉が勢いよく開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る