神子上の推理

 現れたのは、ナイスタイミングにも神子上みこがみだった。どうやら逃げたわけじゃなかったようだな。


 神子上みこがみはふぅーっと一度だけ息を整えると、俺たちの元までやってくる。


「二人とも、お待たせしましたっ。走ってきたので疲れましたよ?」

「一体どこに行ってたんだよ?」

「どこだと思います?」

「分からないから訊いてるんだ」

「よく考えてみてください。真昼まひるくんの頭脳ならきっと解けますよ」

「じゃあいい。お前と意味のない問答してる暇はない。それよりもペンダントは用具室に無さそうで、俺なりに他の可能性を見つけたから意見がほし……」

「ああそれでしたら────」


 ポケットに手を突っ込んで引き抜く。


 そして、俺は目を瞠った。


 なぜなら神子上みこがみの手には、ロケットペンダントが握られていたからだ。ベージュのチェーンに、銀色のロケット部分はヴィンテージ風で花柄の装飾が施されている。


「え? これは……?」

「もちろん早咲はやさきさんの物と思われるペンダントです。早咲はやさきさん、どうですか?」


 あっけらかんとした態度で早咲はやさきに手渡すと、早咲はやさきはロケットを開けてから「う、うん! 間違いなく私のだよ!」とどこか興奮気味に言った。


 神子上みこがみは満足したようにうんうんと頷いたあとで、パンッと両手を打ち合わせる。


「これにて、ペンダント消失事件は解決です。また一つ神子上みこがみ白愛はくあ名探偵の歴史に誉れを刻んでしまいました」

「ちょっと待ってくれ。どこで見つけたかぐらい教えてくれてもいいだろ」


 学校にあるということは俺の推理が間違っていたことになる。


 それ自体は全然あり得ることなので気にしていないが、途中で用具室を去って俺より得た情報(ロケットペンダントであること)が少ないはずの神子上みこがみがどうやって消失場所を特定できたのかは気になる。


「結論から言うと、陸上部の部室にありました」

「え? 陸上部の部室……?」


 予想外すぎる答えに思わず呆けてしまう。ペンダントとの因果関係が見つからない。


「なんでそんなところに…………もしかしてまた早咲はやさきが忘れてるだけで、実は昨日何かの用事で部室に行ったとか?」

「いえ、早咲はやさきさんは部室を訪れてませんよ」

「そう言い切れるってことは、闇雲に見つけたわけじゃなさそうだな」


 神子上みこがみは腰に手を当ててドヤ顔をする。


「当然、華麗な推理により発見しました。私は名探偵ですから常人には不可能な突拍子もない素晴らしい思考を……」

「勿体ぶらないで教えてくれ」

「分かりました。私の崇高なる推理過程を開示していきましょう」


 鼻高々にそう言って、ピンっと人差し指を立てる。


「まず私は、早咲はやさきさんから依頼された時点で疑問を抱きました。それは『そもそもなぜ早咲はやさきさんはペンダントを学校に持ってきているのか?』ということ。校則で禁止されて身に着けられないのに、わざわざスクールバッグに入れてまで持ち歩いていることに何かしらの意図があると思ったんです。ただの装飾品ではなく、それ自体が大切な物であり、御守り要素があったのではないかとね」


 そこまで自力で辿り着いていたのか。素直に褒めたい反面、ならその段階で早咲はやさきに答え合わせしてもらえば俺の思考も進んだのにと神子上みこがみの秘匿主義に呆れてしまう。


「たしかにこれは御守り代わりに持ってる物だよ! 私が何にも言ってないのに当たっててすごい!」

「でしょうでしょう。

 それで次に、失くした経緯を考えました。バッグのファスナー部分に入れている物を落とすなんてことはなかなかありません。(物盗りの線を考えるとキリがないので一旦なしとして)早咲はやさきさんの記憶があやふやなことを考慮すれば、早咲はやさきさん自身が一度バッグから取り出した線が濃くなり、つまりは身に着けたあとで外した時に失くしたというのがしっくりきます。

 そして御守り代わりのペンダントを身に着ける理由は、心配ごとから自身を奮い立たせる時などでしょう。昨日の出来事の中でそれに該当するのは部活かスポーツテストの二つだけ。しかし部活は長時間つ先生の目もありますからバレる危険性を冒してまで着けるわけがない。したがってスポーツテスト。始まる前に身に着け、終わったあとの着替えの時に外した。汗を拭く時に首に提げてると都合が悪いですからね」

「俺がした推理と同じだな」

「ってことは、女の子の汗を拭く煽情的な様を想像したわけですね」

「自分に置き換えて、だ。一々いかがわしいほうに話を持っていくな」

「ダメです。男女で体のつくりが違うんですから、細かなところまで正確に想像しないとその少しの違いで真相が変わってきちゃいますよ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ……」

「名探偵たるもの、羞恥心に翻弄されてはいけません。変人を恐れるなかれっ」


 説得力があるな。変人に於いてはだが。


「名探偵にも変人にもなるつもりがない常人の推理は、そこから無意識に体操着入れか体操着のポケットに仕舞ってそのままっていうのが結論だけど、何か間違ってるか?」

「無意識に、という部分は異論ないです。でも早咲はやさきさんは汗が付着した体操着を洗わずに放置しておくズボラさんではないですよね?」

「ないよ! 綺麗好きだから私っ!」

「だったらいくら何でも洗濯の時に見つけますよ。たとえ視認できないポケットの中だとしても、洗濯機に入れる前に確認するでしょう。ティッシュとか入ってたら大惨事ですし」


 俺もそうは思ったが、身につけたことをド忘れするぐらいの早咲はやさきならうっかり見逃す可能性もあり得なくないと思ったのだ。


 しかし実際に別の場所から見つかっている以上、俺の推理は間違いなのだから反論は野暮だ。


「でも消失点が更衣室なのに変わりはないんだろ。もしロッカーに置いたまま忘れてしまったのならさすがに後続の誰かが発見すると思うし、他に失くす方法が思い浮かばないんだけど」

「簡単なことですよ。早咲はやさきさんは無意識のうちに他の人の体操着入れに仕舞ったんです」

「そんなことあり得るか? スクールバッグと違って体操着入れは指定された物じゃない。それぞれデザインが異なってるのに誤って入れるか?」

「全く同じデザインの体操着入れだったんです」

「……偶然にそうだったとしても、やっぱり入れ間違うのはしっくりこないんだけど……」

「まぁまぁ。これを話すと長くなってしまいますので一旦措いておきましょう」

「……分かった」

「それで仮に早咲はやさきさんが『他の人の体操着入れに誤って入れた』で話を進めた場合、(先程の説が成り立たなかったように)当然、間違って入れられた側の人もどこかの時点でペンダントの存在に気づいたはずです。でもだとすれば『どうして未だに早咲はやさきさんの元に戻ってきていないのか?』という疑問が生まれてしまいます」


 たしかに自身の持ち物から他人の物が見つかればすぐにでも返そうとするのは当たり前だ。


「体操着入れを洗わず放置するズボラさんや他人の物を黙って盗む悪人さんの線を除けば、単純に『誰の物か分からなかった』というのが妥当です」

「失くしたのはロケットペンダントなんだから、中の写真を見れば持ち主を特定できそうじゃないか?」

「ペンダントの外装に傷がついていたりと年季が入っているところを見るかぎり、中の写真も小さい頃の物でしょうから特定は難しいですよ。それに早咲はやさきさんが高校デビューして昔と丸っきり外見が違う可能性も……」

「高校デビューしてないよ! ……けど、昔はオシャレに目覚めてなかったから外見が違うのは当たってる……」

「そうなんですか。冗談のつもりがまさか当たるとは…………よければ推理の信憑性を増すために見せてくれませんか?」

「……いいけど、茶化すのはなしだからね」


 そう言いながら、おずおずとロケット部分を開けて中の写真を俺にも見せてくれる。


 そこにはお母さんであろう女性に抱きつく、眼鏡をかけたおさげ髪の女の子が写っている。確かにこれを見て今の早咲はやさきとは繋げられないな。


「わぁ、すごく微笑ましい写真ですね~。お母さんに甘えて可愛いっ」

「この頃は極度の人見知りだったからね。クラスの人たちと目を見て話せなかったもん」

「今の社交的な性格を見ると信じられないほどの変わり様ですね……何か心境の変化があったんですか?」

「うん。小学四年生の時だったかな。同い年の男の子に人見知りの相談をしたら親身になってくれてね。その子の励ましが心に響いて、次の学年に上がる時に思い切ってイメチェンしてみたの。そしたら気持ちも明るくなって自分から人と交流できるようになったんだ」

「へぇ。甘々な香りがしますねぇ」

「べ、べつに恋には発展してないからね!」

「その男の子への好意は否定しないんですね」

「な、何だっていいじゃん! そ、それよりも明瀬あかせは写真について何か感想ないの?」


 急に話を振られても困る。


「普通に良い写真だなって思ってるよ」

「地味だなとか思ってない?」

「思ってない。そもそも他人の容姿をとやかく言えないほど俺自身が地味だしな。突き詰めれば人間大事なのは中身なんだし、自分が好きな格好をすればいいんだよ」

真昼まひるくんは本心を隠すのが上手ですね。素直に可愛いって言えばいいのに」

「可愛くない子供なんていないだろ」

「抜きん出てるという意味です」

「まぁ確かに小学生にしては整った顔立ちしてるし、モデルの依頼が来るのも納得って感じだな」

「~~~~っ。な、なんか恥ずかしくなってきたから、もう私の話はおしまい! 推理の続きをどうぞ!」


 早咲はやさきは素早くロケットの蓋を閉めて制服のポケットに仕舞った。


 神子上みこがみは頷き、「早咲はやさきさん、写真を見せてくれてありがとうございました」とにこやかにお礼を言って推理に戻る。


「脱線した話を戻しまして。

 まとめると、写真は幼い頃つ今と全く雰囲気が異なっており、ペンダントの発見者は持ち主の特定ができなかった。これで『誰の物か分からなかった』という私の推理が正しいことが証明されましたね」

「いや、まだだ。ペンダントの存在に気づいたということは、体操着入れの中から出てきたことにも気づいているはず。その場合、発見者は『体操着入れから出てきたってことは、きっと持ち主は自分と同じデザインの体操着入れを持っていて誤って入れたんだ』という思考に至り、同じデザインの体操着入れを捜して持ち主を特定できたはずだ」

「はい。それは私も考えました。ですが実際にまだペンダントが戻ってきていないことや持ち主を捜すような素振りをした人も見掛けないことから、発見者は自身の体操着入れの中から見つかったと思わなかったのでしょう」

「ロケットペンダントは結構な大きさだから気づかないわけなくないか……?」

「いえいえ。体操着入れから体操着を引っ張り出した時にペンダントも一緒に外に転げ落ち、その瞬間をちょうど見落として後に見つけたってことも絶対ないとは言い切れないですよ」

「絶対って付けるならそうだけどさ……」

「僅かな可能性を追ってこそ名探偵ですから。

 それで、洗濯する時はポケットなどを確認するので見落としが起こったとは考えにくいことから、再び体操着を着た時だと思いました。そして昨日は午後から体育の授業がなかったため、再び体操着を着る機会は部活のみとなり、普段ユニフォームで練習をしない女子のいる部活を考えた時に、陸上部が挙がったんです」

「それで陸上部の部室に置いてあったってことか?」

「はい。陸上部の人に訊いてみたところ、昨日部活終わりにペンダントが部室の更衣室に落ちていたのを発見したそうで、部員全員に確認してたけど誰の物でもなく、どうするか困って一旦部室に保管していたみたいです。ペンダントは校則違反の物なことから、持ち主を気遣って落とし物ボックスや先生に渡すことは躊躇ったって言ってました」


 そして神子上みこがみは「以上がペンダント消失事件の真相です。ご清聴ありがとうございました」と大仰な態度で締めくくった。


 すぐに早咲はやさきが嬉々とした反応を見せる。


「なるほど、そうだったんだね! さすが神子上みこがみさん! 推理が的中してるじゃん!」

「まぁこの私にかかれば、失くし物捜しなんて赤子の手を捻るようなものです」

「ほんとに感謝だよぉ! めっちゃ大事な物だったから」


 万事解決でスッキリというふうな早咲はやさきとは違い、俺の心にはまだ蟠りが残っている。


「盛り上がってるところ悪いけど、ちょっと疑問を挟んでいいか?」

「なんです? 私の推理にイチャモンつける気ですか?」

「実際にペンダントは見つかってるんだから全面的に信じてるよ。ただ、話が長くなるからって途中で保留にした推理があっただろ。無意識のうちに別の人の体操着に入れたってやつだ」

「ああ、そのことですか。補足しておきますけど、その陸上部の人が早咲はやさきさんと同じデザインの体操着入れを持っていたのも確認済みですよ」

「そこはいい。俺が疑問に思ってるのは『体操着が同じデザインの物だとして入れ間違うのか?』ってことだ。更衣室には扉付きの縦長ロッカーが沢山あって当然一人一つ使用する。体操着入れだけならまだしも、脱いだ制服があるなら確実に自分のロッカーだと分かり、別の体操着入れに誤って仕舞うことはないと思うんだけど」


 仮にその人と隣り合ったロッカーを使用していても、やっぱり間違わないと思う。


 しかし、神子上みこがみは入れ間違ったと断定し、そこから推理を伸ばしていった。何かしらの根拠がなければそういう思考にならないだろう。


真昼まひるくん、もっと頭を柔軟にして。そしたら徐々に真実が見えてくるはずです」

「ここまで軽快に推理を披露しておいて、なんで今さら勿体ぶるんだよ」

真昼まひるくんはいずれ私の助手となる人ですからね。これぐらい自力で解けてもらわなくちゃ困ります」

「助手になる気はないし、自力で解こうとする意地もない。モヤモヤするから早く教えてくれ」

「短気ですねぇ。……はいはい、分かりましたよ。ご希望どおり教えて差し上げましょう。ですが、ちょっとややこしいので一旦頭の中で整理してから話しますね」

「べつに結論だけ話してくれればいい」

「いえ、たぶん過程がないとしっかり理解できないと思うので。……えーっとたしか、あれがこれで、それがあれで、これがこうなったから、それがああなって…………あ」


 ──キーンコーンカーンコーン。


 神子上みこがみの独り言は、不意に聞こえてきたチャイムに掻き消された。


 その直後、体育館でバスケをして遊んでいた上級生たちがボールを戻しにやってきて「鍵閉めるけど、まだここ使う?」と俺たちに訊いてくる。


 すぐに神子上みこがみが「いえいえ~、もう出ます~」と対応し、俺と早咲はやさきを促して用具室から一緒に出る。


 そして俺のほうを振り向き、


「残念ですが、推理披露はまたの機会に」


 それだけを言い残すと、俺の返答も聞かぬまま早咲はやさきの手を取って体育館の出入り口に向かって行ってしまった。


「…………」


 なんともコマーシャルを挟んだような気分でもどかしいが、時間なら仕方ないか。放課後に改めて聞くとしよう。


 神子上みこがみと会話しながら安堵した様子でロケットペンダントを握りしめる早咲はやさきの姿を見て。


 何はともあれ、無事に見つかってよかった。

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