失くしたペンダント

 昼休みも後半。


 俺は早咲はやさきとともに体育館の用具室を歩き回ってペンダントを捜す。


 用具室は壁や床の内装が新築したばかりと言われても納得するほどに綺麗で、複数の卓球台や跳び箱、ボールカゴが収納されても余裕があるほどに広く、普通に休憩場所としても使えるぐらいの環境だった。


 そんなごちゃごちゃした中から捜す手間が無くなってホッとしたのも束の間。


 スチール棚の小さな隙間を捜していた俺は、隅々まで確認したところで四つん這いの体勢から立ち上がり、近くでこちらを見守っている早咲はやさきのほうに顔を向けた。


「──ダメだ、ペンダントどころか何も落ちてないな」

「……うん」

「そう落ち込むなよ。放課後も合わせればまだまだ時間はあるわけだし、三人で捜せばきっといつかは見つけ出せるって」

「え、そ、そだね! 二人が手伝ってくれて心強いよ! 気遣ってくれてありがと!」

「…………」


 相変わらず早咲はやさきの態度はどこか落ち着きがない。失くしたペンダントは凄く大切な物らしいから不安で気持ちが乱れているのか。


 非常階段で早咲はやさきが依頼してきた、あのあと。


 突然のことに逃げることもできず、仕方なしに三人で昼食を取りつつ詳細な話を聞いた。


 それによると、ペンダントを失くしたことに気づいたのは昨日家に帰ってからで、その日スクールバッグに入れて登校したのは確かだそうだ。どこで失くしたのかさっぱり検討がつかず、そういった謎(困りごと)を取り扱っているディテクティ部の神子上みこがみを頼った、という経緯だった。


 すぐに神子上みこがみは依頼を請け負い、昼休みと放課後の時間を使って捜そうということになった。


 となれば、次に決めることはペンダントを失くした可能性が高い時間と場所の特定だ。どこで失くしたのか本人が分からない以上、この広い学校内を闇雲に捜すのは愚行でしかない。


 早咲はやさきの昨日の行動は、いつもと変わらず登校して、午前中はスポーツテストを受け、昼休みは俺と図書委員の仕事をし、午後に普通の授業を受け、放課後は部活をし、帰宅したという流れだったらしい。


 それに加えて、普段ペンダントはスクールバッグのファスナーポケットに仕舞っている(派手なアクセサリー等の持ち込み着用は校則で禁止されているため)との情報を掛け合わせて考えた結果、ペンダントの紛失にはスクールバッグの移動が関係していることになり、放課後の部活に焦点を当てた。


 バドミントン部の練習場所は体育館なのでスクールバッグの置き場所はその女子更衣室になるが、聞けばどうやらバスケ部とバレー部も使うそうで(広さの問題的に三つの部が使うことができず)二つの部が体育館の更衣室を使い、残りの部が用具室を使う感じでローテーションしているそうだ。


 そして昨日バド部は用具室だったので、着替えか何かの拍子にスクールバッグからペンダントが落ちたことを想定して、今こうして虱潰しに捜している最中なわけだが……。


 俺は用具室の隅にある積み重ねられたマットに目を向け、


「おい。いつまでもだらけてないで一緒に捜してくれ」


 ごろりと寝転がる神子上みこがみに不満をぶつける。


 あれだけやる気満々で引き受けたくせに、用具室に入ってすぐこの様だ。ここまで再三促してきたものの、一向に改善する気配はないどころか、


「やだなぁ、ダーリン。私はだらけてるんじゃなくて推理してるんですよぉ。これは体の筋力を抜くことで、その分の力を脳に回して思考を活性化させる秘技なんです」


 毎回こうやって恋人演技を保ちながら意味不明なことを繰り返す。二倍増しでウザい。


「だから推理した結果、用具室を捜すことになってるんだろ。言い訳してないで早く手伝え」

「目先の物事だけに囚われちゃダメダメ。もしもの事に備えて複数の可能性を追わないと」

「それは用具室ここにないことを証明してから考えればいいことだ。ここは広いから三人で手分けして捜さないと放課後にまで跨がって余計に時間が無駄になる」

「そんな考えを抱いてるのに、手を止めてまで私に構っちゃって。ほんとダーリンってば甘えたがりさんです。でもそんなところも好きっ」

「……っ」


 ちょいちょい揚げ足を取って煽ってくるのがまた腹立つ。


 俺たちのやり取りが聞こえているであろう早咲はやさきは、会話に入っていいのかどうか悩むようにチラチラとこちらを見てどこか居た堪れない様子だ。


 こんな微妙な空気の中、捜索を始めてからもう二十分が経っている。


 ──できれば昼休み中に見つけたいのに……。


 それはもちろん早咲はやさきの気持ちを思っての部分もあるが、一番はこの状況を放課後に持ち越したくないためだ。


 二人の人気者と校内を彷徨く、目立ったこの状況を。


 すでに体育館にいる人たちから何度も声を掛けられるほどには注目されている。加えて、早咲はやさきはペンダントを失くしたことを口外したくないらしく、三人で何をしているのかの質問に対してお茶を濁しているので余計に関心を集めてしまっている。


 本来であれば早咲はやさきたちと分かれて一人で捜す算段だったのだが、現状の手がかりだけでは他に捜す場所を挙げることができず、仕方なくこうなっているのだ。


 すでに神子上みこがみとの恋人疑惑を持たれて大変なのに、そこに早咲はやさきまでも加われば面倒極まりない。これ以上変な噂が流れるのは勘弁してほしい。


 そもそも依頼されたのは神子上みこがみだから俺には関係ないのだが、あれだけ切羽詰まった表情で『明瀬あかせも手伝って! お願い!』と懇願されては無下にもできない。しかも今日に限って図書当番は別のクラスだから昼休みが暇なのは丸分かりだし。


 とにかく早咲はやさきのためにも俺のためにも、ペンダントを早く見つけることに越したことはない。


 しかし、やっぱり神子上みこがみの態度は鼻につく。


「推理は捜しながらでもできるだろ。隙間とかの細かいところは俺と早咲はやさきが見るから、せめて棚の上とかの分かりやすいところだけでも見てくれ」

「脳のキャパシティが超えるので無理ですね。あと手当たり次第は私の探偵美学に反します」

「お前ってやつは……捜す気があるのか?」

「あるから今必死に考えているんです」

「どこからどう見てもぐーたらしてるようにしか見えない。本当に推理してるってなら途中経過を話してみろ」

「全ての線が繋がるまで名探偵は語らないものですよ」

「頼りがいを見せるのも名探偵だ。今のお前は風上にも置けない」

「うわべはちゃらんぽらんなのに、実のところは深く物事を見据えている。そんな人を惹きつけるギャップのある名探偵に私はなりたい」

「現実と創作をごっちゃにするな。現実にいたらただの面倒くさいやつだろ」

「でもツンツンしてる女の子が急にデレデレしたら萌えるでしょう?」

「何の話だよ……論点をすり替えるな」

「ツンデレも現実世界では人気があるということを私は言いたか────あっ、ちょっと会話を中断! 今なんか素晴らしい推理が思い浮かびそう……!」

「またそうやって話を逸らし……」

「本当だから黙って」


 急な真剣さに俺が黙ると、神子上みこがみは目を閉じ、こめかみの横で指をぐるぐるする熟考ポーズを取る。


 程なくしてからパッと目を開き、手のひらにポンッと拳を打ちつけた。


 すぐにマットからひょいっと飛び降りると、そのまま用具室の出入り口に向かおうとする。


「おい、待て。どこに行く気だ?」

「私は少しやりたいことができたので、ここの捜索は二人にお任せします」 


 そう言うや否や、用具室の引き扉を開け、「アデュー」と二本指を立ててキザったらしく去って行った。


 勝手に何かを思いついて、勝手に出ていきやがった。もしかして俺との口論の旗色が悪くなったからテキトーこいて逃げたわけじゃあるまいな……。


 なんにせよ、無駄な時間を食わされただけで終わって損した気分だ。俺も俺で放っておけばいいものを、なぜあんなに突っかかってしまったのか。


 俺は自身の行動を反省しながら神子上みこがみが開けっ放しにしていった引き扉を素早く閉め、事の成り行きを傍観していた早咲はやさきに顔を向ける。


早咲はやさき、ごめんな。せっかく頼ってくれたのにそれが俺たちみたいな体たらくな奴らで……」

「え……う、ううん! 私は協力してくれるだけで十分だから気にしないで! 明瀬あかせが見つけようとしてくれる気持ちはすっごく伝わってるし、神子上みこがみさんだって何か思いついたのかもしれないし!」

「だと言いけどな。……まぁ俺たちは引き続き用具室を捜そう。俺はあの奥のネット付近を調べるから、早咲はやさきはそこの棚の上を頼む」

「う、うん。分かった」


 他の用具の間を縫って奥に行き、見落としがないよう床に顔を近づけながら丁寧に捜す。


 そうして五分も経たない時だった。


 早咲はやさきがこちらに近づいてくるのを視界の隅で捉えて、俺は立ち上がった。


「もう見終わったのか?」

「うん、大体は」

「そうか。まぁ自分で置かないかぎりはあるはずないもんな。こっちを重点的に調べよう」

「……その前に、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

明瀬あかせってさ。その……神子上みこがみさんのことをどう思ってるの?」


 やっぱりその質問が来たか。あの神子上みこがみの態度はどう考えても変人のそれだから気になるのも当たり前だ。


 他の人と同様に誤解しているならば正さなくては。


「たぶん勘違いしてると思うけど、俺と神子上みこがみは付き合ってないよ。朝の出来事や俺に対する甘い言葉は神子上みこがみのイタズラみたいなものだから」

「えっとそうじゃなくて。神子上みこがみさんに、だ、抱きつかれたりとかしてたじゃん。明瀬あかせ的には嬉しかったりしたのかなーって」

「むしろ怒りが込み上げた」

「ほんとに? めっちゃ恥ずかしそうな顔しててまんざらでもなさそうだったけど」

「家族でもない異性と体を密着させて恥ずかしがらないほうが異常だろ」

「じゃあ明瀬あかせ神子上みこがみさんのことを何とも思ってないってこと?」

「そうだ」

「……でも神子上みこがみさんのほうはどうなのかな。全然恥ずかしがってなくて反対にデレデレするほどだったから、明瀬あかせのことがそれだけ好きってことじゃない?」

「あいつは長年の海外生活でスキンシップが向こう色に染まってるだけだ。他意はないだろ」

「ふーん……」


 早咲はやさきの表情から怪しみが消えてくれない。


 恋バナが好きそうなタイプだとは思っていたが、ここまで深堀りしてくるとは厄介だな。


 このまま変な妄想されては敵わない。仕方ないがここは真実を話して納得させよう。


「本当に俺と神子上みこがみの間には何もない。今朝の件については、実は俺も神子上みこがみに相談していてその件を解決するためにやった芝居だ。相談内容は個人的なことだから言えないけど」

「逆に解決のためだからってあそこまでする?」

「疑い深いな……神子上みこがみは元から人目を気にしない性格なうえ、依頼を解決するためなら平気であのぐらいするって」

「そうだとしても特に明瀬あかせに対しては気を許してる気がするんだよね。この前までは毎日部活の勧誘に教室まで来てたぐらいだし」

「それは帰宅部が俺だけだからだよ」

「それだけじゃないでしょ。明瀬あかせと同小の人から聞いたけど、二人は一緒の小学校で探偵ごっこをしてた仲良しコンビだったらしいじゃん」

「五年も前の話だし、それを知ってるなら俺が事故に遭って記憶喪失なのも知ってるだろ。俺からすれば神子上みこがみはこの高校で初めて知り合ったぐらいの感覚だ」

「じゃあ委員ちょ……逢乃あいのさんとは幼馴染でずっと学校も一緒だって聞いたけど、どうなの?」

「なんで急に逢乃あいのの話になるんだよ…………早咲はやさきが何を求めてるかは知らないけど、俺のことよりもペンダントを捜すほうが先じゃないか? もう昼休みも終わるぞ」

「────っ! そ、そうだね! ……いやぁ無言だと気が滅入っちゃうからお喋りでもして明るくいこうかなってね! よし、捜そう捜そう!」


 そう言い、すぐ隣にあった跳び箱に近づいて隙間から中を覗く早咲はやさき


「そんなところに落ちてる可能性があるのか……?」

「えっ! い、いやほら床に落として気づかずに足で蹴っ飛ばしてるかもしれないし!」

「…………」


 なーんか怪しいな。


 最初はペンダントを失くしたことによるショックで取り乱しているのかと思ってたけど、俺と無駄話をするぐらいには深刻さが足りないし。


 それに実は他にも気になっていたことがある。

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