悪女の終章、そして——

第31話 悪女は終わりにされる

 ◇大宮 百華 視点


「“設定集”では裏ボス討伐には子供を連れて行けってあったけど……まさかアンタがフラグだったなんてね!」


「何を言って————」


「いや〜、モブ悪役令嬢と裏ボスって組み合わせ、なんかいいね。でも大宮 百華モブキャラが此処まで強かったなんて……アイツが手を出さなくて良かったよ♪」


 さっきまで下半身に刀が突き刺さっていたはずの美女が精霊王女アルネシアに介抱されながらケラケラ笑って立ち上がる。


「わーっ!ママだ〜!!!」


「まさか誰も攻略したことのない裏ボスを倒せるなんて……百華モブってその為にいたんだぁ」


「ママさん、ママさん、大丈夫なのですか?」


「チッ……ええ、大丈夫よ〜ありがとーねー」


 傷が瞬く間に治癒し、元通りになった完璧な容姿とそれに似合わない苛立ちを覚える口調が異質さを醸し出す。


「っ……」

 彼の鼓動が弱くなっている気がする。自分の荒れた息遣いのせいで正確にはわからないけれど……このままでは死んでしまう。


 唯一の救いはこの気味の悪い女のお陰で悲観している暇も与えられなかったこと。


 コイツの声は認めたく無いけれど、何故か私の耳に


「ごめんなさい……謝罪を口にする資格すらないとわかっているわ……ごめんなさい、ごめんなさい。それでも--」


 彼が私の腕を払おうと弱々しい、赤ちゃんよりも力のない抵抗をしてくる。


 どんな理由であれ、私は彼を裏切って殺そうとした憎むべき相手なのだから。この世で最も恨まれる人間なのだから。


「おーいっ、そこを退いてくれない?さっさと殺したいんだけど」

「どかない」



「はぁ?……あー、そっかぁ!自分が仕留めた獲物だから経験値は独り占めしたいってことね!」


「……」


「それが狩場のマナーだもんね〜ごめんって。けどさぁ、裏ボスって最終形態とか残しているのが定番だしぃ、サクッとヤッた方がいいよ?」


 卑しくニタニタと嘲り笑っていることが雰囲気でわかる。


 落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて、冷静に考える。考えないと……コイツは彼を殺してしまう。


 考える、考える、考えて、考えないと--バカな私のままではまた彼を不幸にしてしまう。


 精霊王女アルネシアはコイツの言いなりのようね。私の力……はダメ。あの時は衝動的に放ったとはいえ、ほぼ、威力はなかったはず。ちょっと突かれる程度の力がこの惨状。


 この力は『私の心を逆撫でする力』なんだ。現実を見て、ようやく理解出来た。


 --理解などしたくなかったけれど。


 あの女に放ったとして、彼に被弾する可能性も十分にあるし、恐らく殺したいと強く願う相手ほどする。


 逆に愛して、幸福に生きて欲しいと願う相手ほど……致命傷を与えるんだ。


「つーかさぁ、さっきは助けてくれてありがとね♪マジで死ぬかと思ったよ〜ってか、ほぼ死んでたけど」


「……ぁ」


 左胸も焼け焦げているのに辛うじて息はある。


「うぇ……うな」


「うぇうな?ぎゃははははっ……!何言ってんのコイツー。ゾンビみたいでキモイんだよ!ブサイクのクソ雑魚野郎が!あはははっ」


 多分、『触れるな』って言いたいのね……



 ごめんなさい。



 ここで看取ることになっても———それはいや。


 殺して、殺してしまって図々しくても一緒にいる。裏切って、失望させてしまったけれど、一緒にいる。私は最低の人間で、生きる価値すらないけれど、一緒にいる。


「てか、……早く殺せよ。」


「殺さない」


「はぁ?何言ってんの?アンタがコイツをズタボロにしたんでしょ?!」


「……」


「まさか殺す気もないのに痛め付けたの!?……アンタ、ゲームでもリアルでも頭おかしいよ」


 ゲームの事は知らないけれど、この人の言う通りね。殺しかけておいて、死んで欲しくないなんて……愚者にも程がある。


「もう、2度と彼を不幸にしないように誓ったのにね」


「っ……オマエ、のいいから。“真の力を解放”する展開とかウザいし」


「もう、いいじゃない……貴女は助かって、彼は……ボロボロなんだから」


「……」


 彼女は何も発しなかった。

 その代わりに不気味な静寂が過ぎ去った頃、私の肩に激痛が走る。


「いっ……!!!」


「あはははははっ--ならテメーも死ねよ!仲良く一緒に串刺しにしてやるからよ!!!!」


 彼に抱き付いている私の背中を幾度も短剣のようなもので突き刺してくる。


「うっ、う……」


「泣いてんの?オマエってどのルートでも泣くわよね。悪役令嬢のくせにっ!」


 グサッ、グサッとストレス発散のサンドバッグにするかのようにひたすら刺され、激痛の余り“痛み”が鈍化して--ただ、死に向かう冷たい恐怖と彼を再び不幸にした自身の愚かさを呪い、懺悔する気持ちだけが心に宿る。


「おーい、死んだぁ?聞こえてますか〜?」


「……」


「嗚〜呼、死んじゃった♪」







これで、これが……こんなので終わりなの?


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