超閑話 ブサ男の過去

第30話 中途半端な幸せ

 父親の顔は覚えていない。


 写真すらないのだから、誰が父親かなどわかるはずもないし、特別に知りたいとも思わない。


 母子家庭など珍しくもないだろうが、小学校では教師に気を遣われたものだ。


『皆んなと遊ばないの?先生が一緒に行ってあげようか!』


『お母さんは大変だから君がしっかりとしないとね』


『クラブ活動もしようか、先生が顧問の先生と話してあげるからね!』


 先生と呼ばれる職業でも、人間なのだからこの状況を好ましく思っていない人間もいた。


『甘やかされていてはカッコ悪いぞ。男子なら我慢も覚えろ!』


『足を捻挫した?ここ歩いてみろ……痛がっているふりはするなよ』


『そんなに周りからチヤホヤされたいのか?害児かよ。お前一度、特別教室行った方がいいぞ』


 高学年の担任は特別教室に俺を行かせ、それをクラス中に言い回した。ただでさえ、どこか遠く見られていたのが今度は障害者扱いをされ、余計にクラスメイトと溝が深まっていった記憶がある。


 中学時代は後輩や同学年の連中からイジメを受けていたらしい。


“らしい”とはイジメと気付かなかったからだ。例えば無視をされたり、居ないもの扱いをしたり、わざと野球のボールをぶつけられたり、いきなり殴られたり……それがイジメだと、当時の俺は気付かない。


 高校受験のシーズンになると皆んなの態度が変わり、ことをして来なくなった事で気付いたレベルだ。


 我ながら鈍感というか、どこか人間に対する知識が抜けていたのだろう。確かに、小学教諭のいう害児だったのだろうな。


 高校では勉強をひたすらに頑張って、進学校でもないのに全国模試1位という快挙を成した。


 いじめもなく、先生との関係も良好になり、勉強面でクラスメイトとの交流を図れていたと思う。


 給付型の一時的な奨学金すら推薦で貰い、学費のリーズナブルな国立大学を目指して高校生活を順調に過ごしていた。


『あれ、2年って沖縄でしょ?何でこの教室の電気付いてんの?』


『知らね。誰か行かなかったとかじゃねーの?』


『そんな訳ねーじゃんw』


『だよなぁ〜流石にエグいって』


 ガラガラ



『『……』』



 勿論、修学旅行に行くお金がなかったので一人教室に残っていた記憶は鮮明に覚えている——先輩の申し訳なさそうな顔と一緒に。


 修学旅行のお金、奨学金、僅かなバイト代は全て母が使ってしまった。ちなみに母はこの時に何度も結婚と離婚を繰り返して、弟が何人か出来ていた。


 母は仕事もしていなかったので実家の祖父母を食い扶持に、“オマケ”の俺も生活させて貰っていたんだ。


『だから私は結婚するのは反対だったんだよ!また子供作ったらすぐ離婚して!!!誰が育てるの?!』


『だって、サトシくんが浮気したのがいけないじゃない……!私のせいじゃないわよ!』


『子供たちの為に働く気もないなら出て行きなさい……っ!』


『じゃあ、死ぬから!死ねばいいんでしょ!?』


 学校から帰れば祖母と母はいつも喧嘩をしていた。お金、仕事、親としての責務、ここら辺を言われるのが嫌だったようで母は自殺を仄めかしたり、手首を何度か切っていたな。


 初めて見た時は驚いて救急車を呼んだが……それが月に何度も続けば“慣れて”しまった。


 血塗れの包帯や台所にあるティッシュを見る度に『またか……』と思うようになっていたんだ。


 そして、明らかにそれを見せびらかしている様子には辟易していた。同時に小学教諭はこのことを言いたかったのだとも理解出来た。


 俺と何の関係があるのかは不明のままだが。


 月日が流れ高校の卒業式には同じクラスだった男子、女子から連絡先を聞かれ……嬉しかった、とは思う。


 今まで連絡先の交換というものをした事がなかったからだ。所謂、ボッチというやつだろう。


 ————仲は悪くないが、仲が良いとは言えない


 そんな中途半端な関係だったから、相手がよく思ってくれたことは嬉しかったのだろう。


 通学制の大学には結局、お金が無くて行けなかったが通信制の大学に入学し、弁護士になった。


 実家には居候している状態だったが塾のアルバイトをしながら頑張って取得し、弁護士会に入ったと同時に開業し、家を出た。


 大学時代があっさりしているのは、ブラックバイトの塾、単位取得試験の勉強、弁護士資格の予備試験、本試験の勉強をしているだけの日々だったからだな。


 勉強外で唯一、大変だったのは弁護士の登録料と入会金といった会費を用意したこと。


 弁護士などの八士業に幻想を抱いている人間も多いが、基本的には『依頼人の利益』の為に行動し、僅かに余った良心で社会貢献をする程度であって単なる個人事業主であることに変わりがない。


 企業法務メインではあったものの、個人のお客さんも対応したことがある。


 感情を吐き出して色々と言っていたが俺は頷いているだけで実際には全く聞いていない。こんなものを永遠に聴いていたらコッチがおかしくなるからだ。


 だから、根拠となる書類や法令だけに当て嵌めて、心情はオプション程度にしていた。


 そこから更に時が流れ、実家には金銭面の支援を続けながら事務所で仕事をこなして……“普通”に暮らせるようになる。


 事務所は一人、家庭はなし、趣味もなし、食べ物の好き嫌いもなし。


 その後は老衰で死亡。

 事務所に置いていたソファーか簡易的なベッドで安らかに光の差す道へと進んでいった。






 ————————ハズだった。





『……ごめんなさい。私達もどうすればよいのか--』


 天国は善性の生物が行けるらしく、俺もどうやら天国行きに搭乗出来たらしいが、天使曰くシステムエラーが発生したらしい。


 上司?父親?である神様にお願い出来ないかと思ったが、天使ですら神様という存在は未知らしい。


 天国の通常管理は名もなき天使が、緊急事態は名のある大天使が行うことになっているようで、神様は地上と同じく“創造主”だとされている。


 元・法律屋さんとしては『善性』であれば殺人や強奪、強姦をした人間も天国行きになるというのはシステムエラー以上に面白いところだが。


「なんか、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


『……っいえいえ、こちらこそ何と言えばよいのか。こんなことあるんですね』


 此処だけ切り取れば天使、それも大天使と会話しているなんて思えないだろう。


 ただ、大天使だけあって俺の歪さを見抜いたようで、“心からどうでも良い”と思っていることは見抜かれているみたいだ。


 先程から俺の目をジッと見て“何か”を覗いている。


「大天使様だけあって、容姿が言語に出来ないほど美しいですね……そんなに見られると恥ずかしいです」


『あ〜、なるほど……そういうタイプね。幸福を感じられないのではなく、幸福が中途半端なんだ』


「いえ、十分に幸せでしたよ?」


『うんうん、そういう社交辞令なのかな?本心から思ってもいない“取り敢えず耳障りの良いことだけ”を口に出すの、僕たちには意味がないからね!』


「……中々、大天使は面白いな」


『そう、それが君の本性にね』


「……」


『ふ〜ん。これは困ったなぁ。君はさぁ、“計算”したでしょ?』


「消費税とか源泉徴収税の計算はしてましたね……会計アプリが」


『……今どきの会計アプリは天国行きと地獄行きの区別すら計算出来るのかい?全く、人間とはつくづく末恐ろしいねぇ』


「それで、は何とかなりそうですか?」


『……』


 天国は人の幸せを永遠に体現する場所であると想定していた。そうでなければ死んで行った大量の生物達が絶えず争いを繰り返す地獄となるからだ。


 だからこそ必ず“幸せ”を創造しなければならない。幸せでない天国など、天国ではないからだ。


 俺は幸せとは、幸福とはどう言ったものか、それを知りたかった。


『まさか天界に挑戦状を叩き付ける人間がいるなんてね……君には申し訳ないけれど、困ったことに君の勝ちだ』



 --君は天国にも居場所はない。






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