第5話 悪女はサインする
--ツンツン
「返事がない。まるで屍のよう…」
「生きているわよ!!!」
悲壮感をたっぷりと醸し出していた百華の頬っぺたを男が木の枝で突いていた。
「アンタ、この前のブサイク……」
口を開くだけで全てが悪口に変換される百華だが、他者に出会えた事で理性と活力を僅かに取り戻し始めている。
それほど、百華は『孤独』が嫌いで、他者をナチュラルに見下す事に慣れているのだ。もはやアイデンティティと言っても過言ではないだろう。
「あの時の珍獣か……何故こんな所で寝ている?--いや、どうでもいいか」
「そんなに私が好きなわけ?!きもっ……言っておくけど、アンタみたいなブサイクってちょっと女子が優しくすれば好意があると勘違いするから扱いが面倒なのよね…」
「……?それは、すまなかったな。元気そうで何よりだ。では、さようなら」
同じ言語で話しているはずだが、百華の被害妄想と悪口によって全く会話が成り立たない。
「えっ……?」
心底、呆れたような視線を頭上から向けられ、百華を介抱もせずにブサ男はスタスタと去って行く。
「ま、まちなさいよ……」
本来であれば、「待ちなさい!このブサイク……っ!!!」と、大声で言いたい所だが、空腹と脱水症状によってそこまでの活力がなかったようだ。
聞こえるかどうかもわからない、か細い声で訴えるが、ブサ男は百華に視線を向けずスタスタとその場を後にしようと歩き進める。
(もう、こんな所に居たくない…此処であのブサイクが消えたら……)
--本当に死ぬ
眼前に迫る飢餓感と己の死を悟った百華は華族の矜持に背を向けて懇願する。
「お、お願い、しま…す。助けて下さい……」
細く、風で流されるレベルの声量ではあったが、男は足を止めた。
「まさか、珍獣が人間の言語を発することが出来るとは驚きだ」
「……っ お願い、します」
(大体のお願いなんて、女が涙目を浮かべておけば通るのよね。特にブサイクには刺さるはず……っ!)
「……わかった。何をして欲しいんだ?前みたいに出口まで案内すれば--」
「神秘薬100本と、30階のボスモンスターを討伐して宝珠を取って来なさい。ああ、その前に食事を用意しなさい!不味かったらアンタに強姦されたって、訴えるから!覚悟しておきなさいよ!」
百華は不意に背中を摩った。
(神秘薬100本で、あの
「……」
涙目から一転、他人を見下すような顔を向け、へりくだるどころか、あまつさえ脅迫で要望を叩き付ける厚顔無恥にブサ男は引いていた。
「お前、……まあいいや」
(性格ブスだと言えば癇癪起こしそうだし、黙っておくか)
「なによ!ハッキリしないオッサンね!どうせ、その見た目で女も抱いた事がないのでしょう?」
「……いや、別に何でもない」
「はぁ?!何にもないのに喋った訳?アンタの頭どうかしているんじゃないの?しっかりと頭で考えてから発言しなさいよ。顔だけじゃなくて頭もブサイクなわけ?」
--そっくりそのまま返したくなる発言である。
「言っておくけれど、これは華族である私からの命令よ……拒否したら死刑も覚悟しなさい!」
「……そうか」
(何処からどう見ても、一般人だろ)
華やかさとは遠く離れた囚人のような制服に、見るからに血色の悪い不健康そうな身体。
「ダンジョン内で食事の準備、ダンジョン30階の宝珠取得、神秘薬の入手となると無償では出来ないのだが」
「……ちっ 卑しい下民らしいわね。人助けに金を要求するつもり?」
「人助けならば、出口に送るだけでいいか?それなら無償だ」
「あー言ったら、こう言う。ガキじゃないんだからさぁ、さっさと食事を用意しなさいよ!」
もう、空腹で限界だった。
水が欲しくて堪らないし、妄想で高級ホテルのレストランすら思い浮かんで来るほど困窮しているのよ。
コイツも身の程知らずなのか、人助け、それも華族のお嬢様に対して無償で助けないなんて頭にウジでも湧いているのかしら。気持ち悪い。
「それなら取引、でいいのか?」
「ええ……家に帰れば金なんて腐るほどあるんだから、それで満足?」
「お金は宝珠の通常価格のみで良いが、もう一つ、色を付けて欲しい」
「まさか……私の身体?それは死んでも嫌よ!幾ら何でもブサイクとヤリたくないから」
「……は?別に興味もないからそれは不要だが」
(こいつ、人間界で云うビッチって奴か?見るからに不純なオーラが出ているな)
「まさに童貞臭いセリフね……まぁ、それ以外なら何でも良いわよ。だから、さっさと食事と水を用意なさい!」
ヤリモクでは無いとわかり、ブサ男が用意した契約書をほぼ見ないでサインした。
(最低でも3つ星レベルの食事でしょうね……違ったら此処で解雇してやるんだから!)
「席を用意しておくから、座っていろ」
「主人に命令するんじゃないわよ!使えないブサイクが!」
--あくまでもスポット業務なのでブサ男は使用人でない。百華が主人というのは間違いである。
パチッ
ブサ男が指パッチンをすれば百華は豪華な椅子に座っていた。
「……っ?!な、何よこれ!」
夜空のような美しい漆黒の石で床が埋め尽くされた『食堂』。
机は百華が暮らしていた屋敷の10倍以上はありそうなほど長く、透明な強化ガラスになっている。
それでいて、閉鎖的な空間を感じさせない、神秘的な窓ガラスはまるで大きな教会で使われているような物で、心安らぐ日射しが部屋を明るくする。
ドアや壁はダークオークの落ち着いた色を基調としており、シックな感じを醸し出しつつも、見る者に安心感を与える。
(この屋敷、私が欲しいわね……)
寧ろ、ブサイクには不釣り合いの代物。それを華族である私が使ってあげるのだから喜んで献上するでしょう。
椅子で待っている事すら出来ずにふらふらと装飾品や、価値のありそうな物を物色していく。--気分だけはスッカリここの主人だ。
「食事を持って来たぞ……はぁ、何をしている?」
ポケットをパンパンに膨らませて、両手に持っていた宝剣を隠す様子は誰が見ても、ただの盗人だ。
「遅いわよ……っ!私を餓死させるつもり?!」
10分も掛からずに一から料理を作ったのだから、寧ろ物理法則を超越して早過ぎる。
勿論、料理経験のない百華にはそんな理屈はわからない。お腹が空けば料理が出て来るのが当たり前の環境にいたせいで、百華に取って10分は途轍もない遅刻扱いになる。
「はい減点……これで味も悪かったら解雇するから、そのつもりでいなさい」
「はぁ、そうですか」
(解雇って、いつから俺の雇用主になったんだよ……)
大皿に盛られた鶏肉料理と光の粒が僅かに輝くサラダに始まり、スープ、パン、空色の飲み物など、次々とテーブルに並んでいく。
「お品書きは今回に限り、不要よ!有り難く思いなさい」
百華は空色の飲み物を惜しみなくゴクゴク飲み干し、ガチャガチャ、くちゃくちゃと音を立てて食べ物を胃に飲み込んでいく。
(空腹なのはわかるが、“味わう”ということはしないのだな)
--実は、これが普段の様子なのだ
華族会の開催する会食でこんな食べ方をしていれば、嘲笑の的になるが、そこは研究所送りとなった父親が
「……何でアンタも座っているのよ。使用人は後ろで控えていなさい!」
「はあ?」
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