第6話 悪女は蹴飛ばす

「ねえブサイク、あんたは私を殺すつもりなの?」

 机と床には百華の食べ残しやスープの汁が飛び散っていた。


 一通り料理を飲み込んだ彼女から発せられたのは、食事対する感謝ではなく、侮蔑を隠さない嫌味だった。


「殺す?何を言っているのだ」

「じゃあ、これはなに?」

「……?“これ”とは」


「……っ!このドブに決まっているでしょうが!!!役立たず!」


 --ガシャンッ


 彼女はヒステリーを起こしてテーブルに並べられていた食器を腕で薙ぎ払い、床に落とす。


 どうやら口に合わなかったらしい。


「不味いなんてレベルじゃなかったわよ!」


「そうか、全部食べていたように見えたが……」

(フェニックスの股肉と世界樹の葉は苦手だったのか)


「主人に口答えするなぁ!!アンタのせいで汚物が身体に入っちゃったじゃない!どうしてくれるの?!」


 鶏肉料理に使ったフェニックスの股肉は、それを食した日に限り死を回避出来るとされる伝説級の食材。サラダに使った世界樹の葉には光の妖精が宿っており、その日に幸運を招くとされている、同じく伝説級の食材だ。


 仮に、これを食したのが高ランカーのハンターや聖女、勇者クラスであれば感激のあまり嬉し涙を滂沱ぼうだの如く流していた事だろう。各国の首脳であれば莫大な金額で『買い取った』可能性もあるほどの逸品だ。


「損害賠償として、を渡しなさい。勿論、良いわよねぇ?」


 ニヤッと笑った百華は既に拝借していた宝石類を一瞬見せて、ポケットへ戻す。


「ん?別に構わないが」


 ブサ男にとっては、どれもこれも100均で買えるような品物なので、どうでも良かった--尤も、賢者が見れば全財産を散財する勢いで買うレベルの宝具だが……。


「ところで、お前の要望である神秘薬100本は既に用意してあるが、……どうやって持って行くつもりなのだ?」


 小瓶とはいえ、100本分も素手で持ち運べるはずもなく、かと言って魔法バックのような物も持参していないように見える。


「そんなのアンタが持ちなさいよ」


「……」


 私が荷物を運ぶだなんて、天と地がひっくり返ったとしても有り得ないわね。奴隷の真似事は下民がやるべきよ!


「返事は!!!」

「オプションサービスという事にしておく」

「サービス?アンタ、日本語を勉強し直した方がいいわよ?」


 荷物運搬は立派な業務だ。

 商品を仕入れ、納品し、販売する。そこには物流という仕事があって初めて成立するものだ。


 大学生、ましてや難関大学の学生が理解出来ないとは思えないが……百華の覇道(草)に掛かれば物流という概念自体が脳内からすっぽ抜けるのだ。


「ご助言、痛み入る。今後、取引がある場合に備えて日本語を勉強するとしよう」


「ふふっ……」


「何だ?」


「下民が勉強……ぶふっ!猿に数学を教えても理解出来ないでしょう?学問はねぇ、高貴な者だけしか理解出来ないほど難しいのよ!下民如きが本気にしてるんじゃないわよ」


 ゲラゲラ笑う百華は華族のお嬢様とは到底思えない醜態を晒す。


「そうか、わかった。人間の学問とはそこまで発展しているのだな」


「ぐふふっ……立場を弁えなさい!ブサイクで下民なんて生きている価値がないクズなんだから、私と話せるだけ光栄なことなの」


 上下関係を認識させた百華は腹も膨れ、安全が確保された事で普段の調子を完全に取り戻した。


 ブサ男は神秘薬100本を魔法のポーチへ入れると、指パッチンをして元の平原に戻す。


「……っ?! びっくりさせんじゃないわよ!次に変な事をして見なさい、今度は食事抜きにしてやるから!」


「……わかった。では、30階の宝珠を取りに行けば良いのだな?」


「いちいち言わないと行動も出来ないわけ?ねぇ、アンタの頭は飾りなの?自分で考えて行動しなさいよ!!!」


 顔を真っ赤にさせて癇癪をあげる珍獣を残してダンジョン30階へ向かうとするが、一人にされるのが嫌なのか『監視する』という名目でトボトボと後ろに付いて来た。


 ◇


「……チッ」


 目の前でぴょんぴょんしている白いふわふわを忌々しそうに睨む百華。

 実は、ダンジョン1階を抜けるにはこの『導きウサギ』が必須だったのだ。


 なんでも良いから野菜をウササに捧げれば2階へ続く道を案内してくれる。--正確には、出口から最も遠くの位置にある2階へ続く階段付近まで移動しているだけだが。


 出口に戻れなくなった資源野菜を持っている人間の心をへし折って簒奪する、“ 死への導き”ウッサーなのだ。


「2階に着いたらぶっ殺してやるんだから!」


「そうか。……ちなみに、このウサギを一匹殺すと10年、寿命が縮まるらしい」


「えっ?……ふふっ、つまらない嘘を言わないで。笑いのセンスすらないのね」


 勿論、事実だがそれを証明する事は出来ないので黙っておく。尤も、証明する日が命日になるから当人に言っても意味はないが。


 ごちゃごちゃ五月蝿かった珍獣は、喋り疲れたようで目の前にいるウサギの尻を時折蹴りながら進み、とうとう2階への階段まで来た。


 本来であれば階段付近で人間が絶望しながら戻って来るのを待っているウサギだが、余りの扱いに何処かへ行ってしまった。


(導いたというより、隣にいる珍獣から逃げていた、が正しいな)



 --???ダンジョン 2階--


「……」

「どうした、来ないのか?」


 階段を前にして珍獣は足を止め、動かなくなった。


「はぁ〜、何で言わないとわからないのよ……階段といったら男がエスコートするに決まっているでしょう?!」


「エスコートってなんだ?Sサイズのコートのことか?」


「死ね!」


 どうやら怒らせてしまったらしい。

 しかし、珍獣が言う通り人間の言語は難しいものだ。勉強か……。


 ドタドタと階段を下って行く珍獣だが、その先にはドラゴンが口を開けて待っているというのに豪胆な事だ。


「ぎゃああああああああ!!!」





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