第4話 悪女は孤独

「11072番、どうした?ふらふらじゃないかぁ」

 ニヤニヤしながら華族たる私を見下すダンジョン職員。


「アンタ達の人生は、華族の私に嫌がらせをするためだけに存在するの?合理的に生きられない哀れな人間だこと」


「……は?何言ってんだ?」

(研究対象に嫌がらせなんてしてないが)


「さっさと用件を済ませて。アンタ達の下品な声を聞く一秒すら無駄よ」


「……まあ良い、昨日未達成であったに“神秘薬”を採取する事、そして30階のボスモンスターが守護している宝珠を奪って来い」


「30階?ああ、『異常性癖の強姦魔』の次は『誇大妄想の精神病患者』ね。私には1階の雑草しか見えないわよ--現実と妄想の区別もつかない低俗な人間に、私は従わない。失せなさい」


 私の理路整然とした口述に低脳な職員は口も開けなくなり、ダンジョンに入るのをただ見送っていた。


 --???ダンジョン1階--


「ひっ!……死ねぇ!!!キモいキモいキモいキモい」


 害獣のウサギ型モンスターに最初はびびってしまったけれど、アイツらは呑気にぴょこぴょこしているだけだと気付いた。


 --短剣を懐に隠し持っているとも知らずに、近寄るなんて知能のないバカな害獣ね。


「キュッ?! キュー」


「やったあ♪ キモい害獣には死体がお似合いよ!」


 ちっこいし、ぴょこぴょこ動いて狙いを定めるのが難しかったけれど、私の技能にかかれば顔にぶっ刺すのも容易ね。


「クソ雑魚モンスターが!私の邪魔をするなぁ!!!」


 キュッー!!!


 何度も短剣を刺して顔がぐちゃぐちゃになるまで害獣を仕留めていたら他のウサギ共は驚いて散っていった。


「最初っから、私に纏わり付かなければ良かったのよ……っ!」


 --このグニュッと肉を刺す感じ、ストレス発散に丁度いいかも。


 華族である高貴な私がスマホやテレビすらない生活を強いられている……男とも遊べないし、ストレス解消には丁度いいわね。


「害獣も私の役に立って心底喜んでいるはずだわ」


 それからは愚かにも近付いて来た害獣を夢中になって殺していた。暫くすると、害獣共は私に近付かなくなったけれど……私の実力に恐れ慄いたね。


 うふふっ今更逃げたって、もう遅い。

 初日に私を驚かせた罪は万死に値するの。


(視界に映った瞬間に片っ端から殺してやるんだから……っ!)


 モンスターを初めて討伐した百華は半ば、ハイになっていた。モンスター討伐と言えば、スキル持ちのハンターがなるもので、まさか戦闘経験のない自分がモンスターを倒せるとは思っていなかったのだ。


 ウサギモンスターが人間に好意的である事、華族の裕福な生活から一転、人並みの生活を強制されるストレスが噛み合い、自身を全知全能とまで思い始めている。


「ダンジョンも案外、楽勝ね……何が『命懸け』のハンターよ。大した仕事でも何でもないじゃない」


 悪態を吐きながらどんどんと平原を歩み続ける。


「はぁ、やっぱりこの雑草ダンジョンは1階で終わりじゃないの」


 見渡す限りの平原でもはや何も無い地平線に若干の恐怖すら覚える。


(何も無い……まるで世界から見放されているようね)


 前に進んでいるのか、後ろに戻っているのか、右なのか、左なのか、それとも斜めなのか、雑草のみが広がる大地で百華は一人、目的地の検討もなく歩み進める。


「一体、いつ終わるのよ……」

 開放的過ぎる空間で百華は不安から焦燥へ、そして2度と地上に戻れないという恐怖に心をじわじわと蝕まれていく。


(か、帰れる……わよね?出口は確か……)


 --どっち?


 天井にある光の塊は太陽ではない。この階層では常にハンターの真上にあるのだ。故に、朝、昼、夕方の概念がなく、方角の指標とはならない。


「おーいっ!だれかぁーーーー」


 不安と恐怖を払拭するために無闇矢鱈に叫ぶが、見渡す限りの平原に応える者もいない。


 --ただ、体力を失うだけの自殺行為。



 ギュルルル


「お腹すいた……家ではいつもシェフが作ってくれたのに!何で此処にいないのよ!この役立たず!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…」


 此処にシェフが居なくて良かっただろう。空腹と永遠の孤独という恐怖に呑み込まれた百華は正気を失っていた。


 歩かないと、2度と地上に出られないかも知れない。--でも歩くと飢餓感がさらに襲って来る。


 このジレンマがダンジョンの特徴であり、死亡者が最も多い原因となっている。モンスターは強いハンターが同伴すれば討伐出来ても、恐怖と空腹は高ランカーでも対処出来ない。


「あはははははっ……もう、やだぁ」

 百華は歩くことを諦めた。

 その場で雑草の上に倒れて奇声のような笑い声を上げ続け、非道な現実から逃れる。



 ◇


 眠りたくても、眠れない。


 太陽の如く輝き続ける光の塊は百華を照らし続け、まるで休息を妨害させるかのように体力を奪っていく。


「あ、ひゃひゃ……あはっ……」

 楽しかった思い出すら、思え出せないない。思い出す気力すらない。


「……」

 声を上げる力も尽きた。後はこの地面と同化して行くだけ……私の最期が、雑草と一緒なんて、最悪ね。


(久々にゆっくり寝れそう)


 広大な平原にたった一人、世界に置き去りにされた百華は静かに目を瞑った。

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