11.狂気的愛情

「……ただいま」


どこに行くにも車でいつも送り迎え。家に帰ったらそのまま倉庫の中。倉庫の床に荷物を下ろし、一息つく。……と、ガチャガチャと音がし、南京錠が開いて、扉から光が差し込む。


「仁?」


「兄さん……」


入ってきたのは、兄さんだった。兄さんは、にっこり笑いながらも、何か、少し不快に思ってるところがあるみたいで、少し不自然な笑顔を浮かべてゆっくりと歩み寄ってくる。


「帰ってきたときさ、いつもと少し、違ったよね?どうしたの?」


兄さんが歩み寄って来ると同時に、扉が音を立てて動き、パタンと閉まる。ぼくは右手で左腕をつねりながら言う。


「ぼくはいつもと変わりない……」


「嘘はつかないでよ。表情違ってるもん」


兄さんはぼくの表情を見て、にっこり笑う。


「表情の違いに気づかれてびっくりしてるんでしょ。いつも仁無表情だもんね。なんで気づいたと思う?」


「……わかんない」


兄さんは右手の人差し指を立て、嬉しそうに言う。


「仁のことが好きすぎて監視してるから!」


「え?」


兄さんは頬を紅潮させ、目を細め、少し興奮したような表情で喋る。


「前の家の時……仁の部屋に盗聴器とカメラを仕掛けてたんだ。今は残念ながらつけれてないんだけど……。ずっと監視してたから少しの変化でもすぐに気がつく。それに、仁がいつも持ち歩く母さんの形見にも盗聴器つけてたから。ただただそれだけの話。だからね、いろんな秘密、知ってるよ」


盗聴器?カメラ?なんでそんなもの……。

ぼくは、兄さんのことを、不思議と怖いと思った。初めて兄さんに恐怖心を覚えた。

何故かは分からない。でも、表情と、今の言葉で、何故か兄さんが怖いと思った。


「実は牧くんは多重人格で、二つ目の人格になると一人称がオレになって喋り方も性格も変わるんだよね?」


それは、ぼくが牧たちと暮らし始めたときに言われた……。


「仁は、嘘をつくつくときには必ず……」


「だめ!」


嘘をつくときの癖までバレてるなんて……。そんなの見抜かれたくなかったのに。それに、それを兄さんの口から聞いたら嫌になる。怖くなる。バレてるのは分かってるけど、それでも、実際に口にされると恐怖は増える。

兄さんは少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻る。


「まあ、そういうわけなんだ。あのね、仁にどこかにいかれちゃ困るんだよ。なんで仁のことがこんなに好きかわかる?」


ふるふると首を横に振る。すると、兄さんはぼくの手首を、優しく、でもしっかりと握る。振りほどくことはできなかった。


「仁は、とにかくかわいいし、襲いやすいんだよ。特に、今はね。傷つけられてるから……」


そう言って兄さんがぼくの顎をくいとあげる。


「や……めてっ!」


「やめるわけないじゃん」


兄さんはにこっと微笑みながら、口を近づけてくる。どうしよう。逃げたいのに逃げられない。……と、そのとき。


「春ーっ!こっち来い」


父さんの声だ。きっと、父さんに感謝するのは今日が最初で最後の日になるだろうな……。

兄さんはしぶしぶといった様子で出ていった。何やらぶつぶつと喋っている声がする。

ぼくは、二人の会話を聞きながら決心した。



暴力を振るう父さん、怖いぐらいぼくのことが好きな兄さん。

ここにいると、危険だ。なるべく早く逃げないといけない。

なんなら、明日にでも……!


そうでもしないと、いつか、心が壊されてしまう気がしたから。

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