第四十六話「灰を超えて、新たな織布」

1 戦の余韻


 裏布の蜂起が鎮まった翌朝、王都は不思議な静けさに包まれていた。

 夜通し響いた沈黙の波は収まり、路地には鳥の声が戻っていた。

 だが、人々の胸にはまだ余韻が残っていた。

 座った者の膝は痛み、座れなかった者は唇を噛んでいた。


 「勝ったわけじゃないな」

 工匠が呟く。

 「蜂起は止めた。だが、灰布はまだ街のあちこちに残ってる」

 「奪われた拍も、すぐには戻らない」

 アリアの声は低かった。

 それでも彼女の呼吸には返りがあり、昨夜より確かだった。


2 新しい秤


 織議の間では、再び議員たちが集まっていた。

 だが昨日までのように立ち上がって叫ぶ者はいなかった。

 多くが膝に手を置き、座ったまま議論を続けている。


 「外の稽古を王都に組み入れるべきだ」

 「だが、名は刃にもなる。慎重に扱わねばならぬ」

 声はあったが、互いに返りを意識する声だった。


 壇上に押し跡の板が置かれ、秤のように人々の意見を受けていた。

 座を忘れれば、再び灰の影が動き出す。

 だが今は、秤が場を支えていた。


3 織り直しの始まり


 セレスティアは議席の中央に立った。

 剣は帯びているが抜かない。

 「織布は均整だけでは保てない。余計な拍を捨てれば、裏布が生まれる。

  ならば、織り直すしかない。捨てずに縫い込む布を」


 フロエが頷いた。

 「弱い拍も、遅い返りも、全部布の一部にする」

 ミラは糸を掲げ、「ほどけやすさも結びにする」と笑った。

 工匠は杭を打ち、「斜も強さになる」と言った。

 封糸の女は札を裂き、「沈黙も座に使える」と告げた。

 アリアは笛を吹かずに呼吸で示した。

 「吸って、吐いて。返りを織り込む」


4 灰を超える布


 議席の外、広場では市民たちが押し跡の板をなぞっていた。

 子どもが膝を折り、大人が真似をして座る。

 灰布の切れ端は燃やされず、押し跡の下で眠っている。

 やがて、それらの上に新しい布が織られていった。


 灰色と白。

 奪う布と守る布。

 異なる拍を同じ縫い目で結ぶ。


 「これが……新しい織布か」

 俺は砂時計を返し、胸の奥で返りを確かめた。

 粒は落ち、音は戻る。

 だがその音は以前より複雑で、厚みを持っていた。


5 灰の王の影


 その夜、夢の中で灰の王の声がした。

 「刃にもなる名を、布に縫い込んだか」

 「縫い込んだ」俺は答えた。

 「座を忘れなければ、刃にはならない」


 灰の王は沈黙した。

 だが、その沈黙は奪う沈黙ではなかった。

 返りのある沈黙。

 まるで遠くで誰かが膝を折って座ったかのような。


6 次の縫い目


 夜明け、王都の空は澄んでいた。

 議席はまだ続いている。

 街にはまだ灰布が残っている。

 やり足りないで終える。

 次の線が、次を呼ぶ。


 セレスティアが窓辺に立ち、静かに言った。

 「次は北だ。氷の布を縫いに行く」


 俺たちは互いを見て頷いた。

 砂時計を返す。

 粒が落ちる。返りがある。

 次の縫い目が、もう呼んでいた。


——第四十七話「氷布の境、凍る座」へ続く。

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