第二十八話「刈布の鎌、根を守る拍」

1 赤い布の宣告


 夜明け、赤の紙が石畳に落ちていた。血ではない。けれども誰もが、見た瞬間に「刈る」という音を思い浮かべた。


 > 「熟れの芽、見事だ。

 >  だが、芽は刈られる。

 >  刈布(りふ)。

 >  おまえたちの“生まれ”を、根ごと断つ。」


 停布が熟れを強いたあとに、今度は根を狙う。

 俺は砂時計を返す。落ちる砂が、ひと粒ずつ“芽”のように見えた。

 祖父の余白が、またひとつめくれる。


 〈刈られても、根は残る。根はまた芽を出す〉


2 最初の刈り込み


 朝、広場の中央で突然——パン屋の窯の火が根ごと消えた。

 薪はそこにあるのに、火は立たず、煤も煙も出ない。

 「……根が、刈られた」工匠が唸る。

 炎を呼ぶ癖そのもの——「薪に火を宿す」という、街のもっとも基本の癖が切られたのだ。


 次に、市場で赤子が泣こうとして、声が出なかった。

 母親が震え、「……この子、泣く根を刈られた……」


 刈布は、芽や葉ではなく、根に直接鎌を振るう。

 人の癖の根。呼吸、声、歩み、火、水。


 セレスティアが導線を握り、低く言った。

 「根を守る拍が必要だ」


3 根を探す稽古


 俺は砂時計を返し、砂の底を凝視する。

 落ちきった砂は見えなくなる。けれど確かに「根」が残っている。

 「……根は見えなくても、残っている」


 フロエが柄板を打つ。無音の返りが床下に沈む。

 「音が返らなくても、沈んだ余韻は残ってる」


 アリアは笛を吹かず、ただ管を握りしめる。

 「音がなくても、息の通り道は根になる」


 工匠は湿った板を叩く。

 「音が濁っても、木の年輪は生きてる」


 ミラは青い結びを握りしめ、解けない結び目を示す。

 「ほどけなくても、結びの芯は残ってる」


 封糸の女は沈黙札を重ね、声なく言った。

 「沈黙も、根だ」


 王はひざまずき、両手を石畳に置いた。

 「私は倒れても、膝で根を持つ」


 ——俺たちは「根拍」と呼ぶ稽古を始めた。


4 刈布の鎌


 正午、街の四隅から赤い鎌の影が現れた。

 目には見えないが、人々は一斉に「何かが切れる」感覚を持った。

 老婆が笑おうとして、皺が刻まれなかった。

 子どもが走ろうとして、足が一歩目を出せなかった。

 兵士が剣を抜こうとして、鞘から刃が出なかった。


 ——根が刈られている。


 だが、根拍を稽古した人々は倒れなかった。

 「笑えないなら、眉を動かす」

 「走れないなら、地面を蹴る」

 「抜けないなら、柄を握る」


 根を刈られても、根の残りかすが、次の拍を呼んだ。


5 根を守る拍


 セレスティアが広場で号令をかけた。

 「根拍の陣を取れ!」


 アリアが笛を抱えて胸で息を刻む。

 フロエが柄板を床下に打ち込み、響かぬ音を根に変える。

 工匠は石畳を剥がし、下の土を晒して「土の根」を示す。

 ミラは青い糸を地面に埋め、「結び根」を作る。

 封糸の女は沈黙を地の奥に送り、「静根」を育てた。

 王は膝を折り、「私は根でいる」と宣言した。


 街全体が、刈布の鎌に対して根を守る拍を刻んだ。


 赤い鎌は一斉に振り下ろされた。

 だが、刈られても、芽が遅れて生まれた。

 「刈られた……けど、生まれ直した!」

 人々が声を上げる。


6 次の布


 夜。紙は黒に戻っていた。けれど、黒は以前よりも濃く、重い。


 > 「根も守ったか。

 >  ならば、布そのものを覆い隠す。

 >  闇布(あんぷ)。

 >  おまえたちの“拍”を、光ごと呑む。」


 「……光を奪う布」アリアが息を呑む。

 「場も、癖も、根も、全部“闇”に沈めるつもりだ」セレスティアが剣を握った。


 祖父の余白が最後にめくれる。

 〈闇は終わりではない。闇は光を際立たせる〉


 次の稽古は——闇の中で光る拍。


👉 次回、第二十九話「闇布の帳、光る返り」。

拍そのものが闇に沈み、何も見えなくなる。だが、そこに光を際立たせる「闇返り」の稽古が始まる。

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