生粋のオタク
鳥海 摩耶
生粋のオタク
アニメが好きと言えば、ひとときの
そして、私の場合、作品名を挙げると
「昨日の『
「見た! めっちゃアツいよね~」
「明日の『うちの子』も気になる~」
クラスメイトの会話には、最近流行りのアニメが並ぶ。私だって、そういったアニメの名前は知ってるし、どういう話かも知っている。
でも、どうしても好きになれない。『
最近放送されるアニメはどうも……、ハマれない。絵がきれいなのは良いことだし、ストーリーが分かりやすいことも良いことだ。けどなあ……。
めんどくさいオタクであることは自覚している。私の年齢で、20年も30年も前のアニメが好きな人なんて、ほとんどいないのだ。
それこそ、「OVA」なんて単語を知ってる人はいないだろう。周りのアニメ好きとは話が合わなくて当然。分かっていることだ。
でも、正直言って、自分の「好き」を共有できないのは寂しい。
ネットならこういう悩みは解消されると思いきや、そういう訳ではない。SNSで「好き」を共有できたとしても、それは
こういう私だって、好きな『マクラスマイナス』や『グランチャーパワード』の話をSNSで出来たときには興奮もした。初めてフォローしてくれたフォロワーが同じ趣味で、大いに盛り上がった。
けど、その会話の
私は直接会って、話したいのだ。
「おはよー」
明るい声がクラスに響く。クラスメイトの
「
「そうなんだ。昨日の回良かったよねー」
私は
一日の授業に耐え、帰る頃に雨が降り出した。
「……マジか」
カバンの中に入っているはずの折りたたみ傘は、どこにもない。今日に限って無いとは。この前の雨の日に干して、そのまま入れ忘れたのかもしれない。
ホームルームが終わると同時に教室を出てきたから、今から教室に戻るのはおっくうだ。それに、戻って傘を借りる友達もいない。こういう時、ぼっちの
「あれ?
どんよりした
後ろには、
「あ……えーと」
「傘ないの?」
「あ、ない……です」
「じゃあ私の使って。返すのはいつでも良いよ」
「え!?」
「いいから。
「えっ、いいよ」
どういう
「じゃあね。
そう爽やかに言って、
「あ、これって……」
カバンではなく、カバンに着けたキーホルダーのようだ。私の大好きな『
誰かに声をかけてほしくて、しれっとカバンに着けている。今のところ、気づいた人はいなかった。
「あ、これですか?『
そこまで言ったところで
「え!?
「え!?」
予想外の反応にこちらも驚いてしまう。
「
「またね」
「……え?」
一人残された私は、ただ困惑するしかなかった。
私はため息をつき、どうしたものかと考える。
「無理だ」
これじゃあ
クラスの人気者だから、自分なんかと接点はないものだと思い込んでいた。
傘どうしよっかな。借りパクはダメだし、いつかは返さなければならない。勇気を出して、自分から
「おはよー」
明るい声がクラスに響く。
傘を借りてから、ちょうど一週間が立ってしまった。傘を借りたのが先週の金曜日。返せないまま土日を
そのまま火、水、木と過ぎ、今や金曜日。タイミングをつかめないまま、
トイレか。それしかない。
私は
「こんなのストーカーじゃん……」
思わず
しばらくして、
「あ、
ゴクリと
「こ、これ……」
一瞬の
「この前貸した傘ね。ありがとう」
「い、いえ……」
うつむきながら返すのが精いっぱいだった。だから、そのあとの
「
「え?」
「一度、
「え、あ、はい」
「もし都合悪いなら、無理しなくても」
「いやいや! めっちゃ暇なんで。だ、大丈夫」
「よかった! じゃあ、また放課後ね。校舎の出口で待っててくれる?」
「あ、はい」
「じゃあね」
そういって、
放課後に言われた通り、校舎の出口で待っていると、
「待たせてごめんねー。じゃあ、行こっか」
「あ、はい」
誰かと並んで歩くことが久しぶりすぎて、足並みがおかしい。
「これから行くとこ言ってなかったね。駅前のカフェなの」
「あ、そうなんですね」
返事をするものの、正直頭が回っていない。こういう風に友達と帰る、というのが初めてで、どうすればいいのか分からない。
「安心して。今日は
「あ、はい……」
返事をしてから、
「ここよ」
顔を上げると、見慣れたものが飛び込んできた。
「あ、これって……」
『
思わず反応すると、
「好きなんでしょ?」
この前の件で、覚えていてくれたのか。
「とりあえず入ろっか」
「すごい……。
「でしょ。私も、ここ気になってたの」
「そ、そうなんですね」
しばらく並んで、二人席が空いたので座る。メニューを見ると、「
「高いね。知ってたけど」
「え、ええ……。どうしますか」
「とりあえず、これにしよっかな」
「あ、じゃあ、私も……」
「決まりね」
「さてと」
しばらくして、
「実は、めちゃくちゃテンション上がってるの、私。クラスメイトに『ファスナー』ファンがいたなんて思わなかったから」
「わ、私もです」
「
「いえいえ。私が勝手に緊張してるだけなんで……。こういう風に、友達と出かけるの初めてで……」
「そうなんだ! なおさら緊張しちゃうよね」
「大丈夫ですよ! 初めてが
何とか会話しようとするが、あの
「
「そうですね……、キャノンとかですね」
「あ、わかるー!あの子いいよね~」
同じキャラが好きで良かった。『ファスナー』のファンは比較的民度が高いと言われているが、キャラの誰が好きかで
作品自体が結構ドロドロ展開なので、キャラ同士の
その後も、橋本さんと『ファスナー』についていろいろと話した。先ほど感じていた緊張はだんだんほどけてきて、前から望んでいた、「リアルで熱く語る」ということが出来ている実感がわいてきた。
「そういや、
「そうだなあ……」
「親の影響かな」
意外な答えが返ってきた。
「親がオタクでね。子供の時から一緒にいろいろ見てるうちに、好きになったかなあ」
「そうなんですね」
「
「私は……」
意外と、パッと思いつかない。
「なんか……、気付いたらこうなってました」
「
その
「せっかくこうして話できたし、タメ口でいいよ」
「え、いいんで……いいの?」
「そうそう、その調子」
「それから、下の名前で呼んで。同じクラスなんだし」
「じゃ、じゃあ……
「いいね~」
呼んでみると、意外と気持ちがいい。つっかえていたものが取れた感じがする。
「で、
「……
「
「あ、ありがとう」
「じゃあ、
「あ、いいよ」
「ありがとー」
ピロンと通知が来て、
「あ」
プロフィールの写真が、ファスナーの聖地だった。
「この階段……」
「そう。ちょっと前に行ったの」
ファスナーのファンなら誰もが分かる、作品のキービジュアルによく使われる階段。後ろの古い日本家屋も含め、作品の象徴のようなものだ。
「いいなあ……」
「今度いつか、一緒に行こうよ」
「いいの?」
「当たり前じゃん」
「ありがとう、
今日、勇気を出して
生粋のオタク 鳥海 摩耶 @tyoukaimaya
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