第6話『いざ、紅葉狩りへ』


「あ、あの。惺流塞さま?」

「何だ」

「あああああの、ですね? 惺流塞さまは原画を誰かに売っちゃってたりします?」

「何故?」

「いえ、見たことがないなと思って……。もし私以外の誰かに渡しているのだとしたら悔しいなぁ……なんて」

「独占契約を結んだからな。お前以外とは取引はしていない。しようとも思ったが奴らの汚さに嫌気が差したから取りやめている」

「じゃ、じゃあ、原画はここにあるんですか?」

「ある」

「売らないんですか? きっと物凄い値段がつくと思うのに……というか、つけて見せるのに!」


 と、さりげなく売ることを勧めてみるが、惺流塞は鷹の絵の原画を取り外して新たな紙を用意しながらきっぱりと答えた。


「いらん世話だ」

「あうっ」


 そう言うだろうとは思ってはいたが、実際そうやって返って来ると二の句が次げなくなってしまう。


「原画は誰にも売らない」

「どうして!」

「別に金に執着心はない」

「でも!」

「原画は売り物じゃない。売るために描いているわけじゃない」

「だったら何のために描いてるんですか?」

「見せたい奴がいるんだ」

「見せたい奴?」

「そうだ」

「それって……、女の人ですか?」

「答える義務はない」


 本当に惺流塞との会話は取り付く島がないと宮乃は思う。時々本気で頭に来ることもある。だが、それ以上に惺流塞とその絵には離れがたい魅力があった。

 だとしても、そう思われている惺流塞は畳み掛けるように厳しい言葉を投げ付けて来た。


「複製は絵を描き続けるためだけに描いているものだ。それを受け取ることが出来るならお前の仕事には何の支障もないはずだな?」

「は、はい」

「だったら用はもう済んだはずだ。さっさと帰れ」


 とどめの一言。いつもいつも長居をすると突き刺さる一言だ。

 何度聞いても慣れることのない痛みが付き纏う。

 

 だが、いつもいつも泣きながら帰るほど愁傷な宮乃ではない。

 宮乃は今日、とっておきのネタを仕入れて来たのだ。


「いいえ、今日は帰りません」

「?」


 いつもは『帰れ』の一言で項垂れて帰る宮乃が、勝利を確信したような強気な笑みを浮かべて返して来たため、思わず惺流塞は顔を上げて宮乃を見た。

 惺流塞は座っていたし宮乃は立っていた。自然と惺流塞は見上げる形になるし、宮乃が見下ろす形になる。実際、宮乃は画板のまん前まで来て惺流塞を見下ろしながら言った。


「紅葉狩りに行きましょう!」

「………………………………」


 あまりに堂々とした発言に、惺流塞は考えた。

 自然と眼が柱に掛かっている暦へと向けられた。そこには水無月と描かれた字が見えた。

 世間は自分の知らない間に秋になったのかとも思ったが、勿論本気で思うはずもない。

 惺流塞はたっぷりと時間を掛けて答えてやった。


「さっさと帰れ」

「ああああ! 言うと思った! 言うと思いました! でもね、でもですね! 私は別にトチ狂ったわけじゃないんですよ! 今本当に紅葉狩りが出来る場所があるんだってば!」


 丁寧語と素の口調がごちゃ混ぜになって宮乃の口を吐いて出る。

 握りこぶしを作り、必死の形相で訴えて来る。

 だが、そうそう宮乃の戯言を信じる惺流塞ではない。心底冷ややかな視線でもって見詰め返してやれば、


「本当ですってば! いきなりこんな話したら普通の人だって鼻先で笑い飛ばす話ですけど! これは本当なんですってば。今すっごく話題になってるんですよ!」

「どうだかな」

「って、惺流塞さまは外に出ないから分からないんです! 今見に行かないと絶対に後悔するんだから! いいんですか! 緑の中にぽっかりと紅葉があるんですよ! 信じてくれないならもう誘いませんよ?!」

「…………」


 内心では「勝手にしろ」と素っ気無い返事が来るかもしれないと冷や冷やしながら惺流塞を見る宮乃。だが、意外にも惺流塞は視線を逸らして思案顔を作った。


 実際、惺流塞は考えていた。常識では考えられない非常識なことが起きている。

 長い間待ち続けても得られなかった情報が、まさか宮乃によってもたらされるとは思わなかった。

 それとなく小珠を見てみれば、小珠は三歳児の可愛らしい顔に戸惑いの表情を浮かべていた。明らかに動揺している。

 もし、宮乃の言っていることが本当だとしたら、それは貴重な手掛かりとなる。

 だが、もし嘘だったとしたら………


「嘘だったら、お前との取引自体を辞めるが……それでもいいか?」


 悩んでいる小珠を助けるために探りを入れて見る。

 宮乃はあの手この手で自分を外へ連れ出そうとしている人間だ。簡単には信じられない。

 だからこそ、この条件を出せば宮乃も本心を語るだろうと思った。

 あっさり泣いて詫びると高を括っていたが、宮乃は上等だとでも言わんばかりの表情を浮かべて答えた。


「どうぞどうぞ。こればっかりは嘘じゃないから。私なんか、もう二回も見に行っちゃいましたもんねぇ」


 その余裕綽々な態度に再び惺流塞と小珠は顔を見合わせた。

 付いて行けばすぐにでも明らかになる嘘を、今後の仕事を賭けてまで宮乃が言うはずがない。嘘だったら嘘で、それこそ泣いて謝罪の言葉を述べるはずだ。

 それをしてこないどころか勝ち誇って来るということは本当だと言うことに他ならない。


 そして、季節はずれの紅葉が現れたと言うことは、そこに探し物があるということ。

 惺流塞と小珠は互いに顔を見合わせて頷いた。


「いいだろう。そこまで言うなら行ってやろう。場所はどこだ?」


 刹那。宮乃は顔一杯に満面の笑みを浮かべ、飛び跳ねて喜んだ。

 宮乃が告げた季節はずれの紅葉の場所は、惺流塞たちが暮らしている山とは対角線上にある咲穂山さきほざんという、歩いて三日の場所だった。



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